五 リンレイ・スー地域統治官

 ガイア歴、二八一〇年、四月。

 オリオン渦状腕外縁部、テレス星団フローラ星系、惑星ユング。

 ダルナ大陸、ダナル州、アシュロン、アシュロン商会本部。



「アントニオ監察官。前回の地域物流について話し合いたい」

 一週間後の朝、ウオルド監督官からアシュロン商会本部に3D映像通信回線が入った。


 アントニオは三階執務デスクで3D映像のウオルドを見て微笑んだ。

 監督官の目は血走り、顔は赤くむくみ、口元はだらしなく唇がたれて、唾液で濡れている。ウオルドの背後にいるババリエ採掘技術官も、ウオルドと同じ表情だ。

「昼食をともにしましょう。バロムステーキを用意しましょう。お待ちしていますよ」

 アントニオは冷静に伝えた。

「わかった。正午前にそちらへ行こう」

 3D映像通信回線が閉じた。


 ジョーはただちに3D映像通信回線で、ウオルドの3D映像を、惑星テスロンのテレス帝国国防総省帝国軍総司令官オラール中将の執務デスクへ送った。

 オラールはジョーとの3D映像通信回線を開いたまま、ウオルドの3D映像をテレス宮殿の、西の皇帝の翼の皇女クリステナの執務室の執務デスクへ転送した。


 皇女は3D映像を見て、ただちにオラールとの3D映像通信回線を開いた。

「ウィスカー。ババリエ調査官とウオルド監督官のこのざまは何だ?」

「麻薬の禁断症状です」

 オラールは、事がうまく進んだと確信した。

「麻薬に影響された者は処分しろ。麻薬服用は厳禁している。これでは調査にならん!

 採掘は組織に管理させろ!」

 これはウィスカーの作戦の一部だろう、と皇女は考えた。

「わかりました。陛下」

 オラールは皇女との通信回線を閉じた。



「聞いてのとおりだ。ウオルド監督官たちは処分される。

 採掘の管理監督は君たちに委ねる。他の鉱山でも同じように対処される」

 ジョーとの4D映像通信回線で、オラールは計画続行を指示した。


「了解した。オラール」

 ジョーは執務デスクのバーチャルコンソールで3D映像通信回線を閉じて、隣の執務デスクのアントニオに言った。

「アントン。続行だ!」

「予定より早いが、地域統治官のリンレイ・スーたちを昼食に招こう。

 昼食の準備が進行中だ。無駄にしたくない」


 テレス帝国政府の通達は早い。ウオルド監督官たちの処分と今後の方針は、即刻、地域統治官へ伝えられるはずだ。彼らの不満が我々に向けられる前に、手を打たねばならない。



 アントニオは地域統治官リンレイ・スーとの3D映像通信回線を開いた。

「スー統治官。突然ですみません。昼食にお招きしたいのです。いろいろお話ししたいこともあります。いかがですか?」

 アントニオはぎこちなく申し出を伝えた。

 アントニオはこの老獪が苦手だ。会談中も常に笑っているが、めまぐるしく何かを考えて次の手を画策している。ちょっとでも気を抜けば、揚げ足を取られて追求される。


 そんなリンレイ・スーもテレス帝国政府の権力には口先だけでは太刀打ちできなかったが、相手がアントニオとなれば話は別だ。

「あら珍しい。いいわよ。暇を持てあましてたの。

 いろいろ聞きたいわ。それでは昼食時に」

 3D映像通信回線が閉じた。


 統治権を奪われた私に、今さら何の用があるのだろう?

 統治体制に変化があったか?

 それならアシュロン商会が会談を申し込むのも頷ける。

 商会に利があることだけは確からしい・・・。

 リンレイはソファーに座ったままバーチャルコンソールを操作した。

 3D自画映像が目の前に現われた。リンレイは銀色の髪をポニーテールしてソファから離れた。室内着のチュニックからバトルスーツに着換えてアーマーを装着し、ヘルメットを取った。3D自画映像は常にリンレイの前にあり、変化する姿を映している。



 三時間後。

 リンレイは兵士三人をつれて、アシュロン商会本部三階会議室にいた。

「話とは何かしら?」

 ヘルメットを会議テーブルに置いて、リンレイはシートに座った。

「ここは安全です。警護の方も座ってください」

 アントニオは兵士をリンレイの左右のシートに座らせた。


 テーブルの向いにジョーとアントニオが座った。

「採掘管理監督官と採掘技術官が解任されました」

 アントニオ正直にそう話した。

 この女の私兵はアシュロン商会の勢力より優れている。他の地域統治官と結託して何をするかわからない・・・。


「で、後任があなたなの?」

 思ったとおり、アントニオは私と揉めないように辻褄を合わせようとしてる。

 ここに来ても私の立場はこれまでと変らない。採掘管理監督官の解任は帝国政府から正式に通達される。この場でアシュロン商会が私に説明することはないはずだ。アントニオが建前上の地域統治官の私に筋を通すだけとは思えない・・・。


「はい。私が後任になりました。

 帝国政府が通達する前に、地域統治官のあなたにお伝えすべきと思ってお招きしました。

 帝国政府はロドニュウム鉱石の増産を計画しています。理由は後ほど説明します。

 我々の利益に見合った分散統治資金を、スー地域統治官に提供したいと思います」

 アントニオは事実を話して、会議室の奥から現れた女たちがテーブルに昼食を並べるのを目で追い、リンレイに微笑んだ。

「食べてください」


「採掘管理監督官がアシュロン商会に代わるなら、地域統治の実質に変化は無いわね」


「実質変化はあります。地域統治官の権限を復活してください。

 食べながら話しましょう」

 そう言ってジョーは地下都市計画を説明した。

「近い将来、この首都アシュロンが、ロドニュウム鉱山跡地のフォースバレーかアシュロンキャニオンの地下に移されます。ロドニュウム鉱石増産の目的は地下都市建設のためです。これは極秘事項です。

 スー地域統治官は地域統治権をアシュロンキャニオンまで拡げてください。

 採掘を管理監督する我々は労働者確保に、ユンガを統治するスー地域統治官の権限を期待しています」


 アントニオはクラッシュを一口飲んで喉を湿らせ、アシュロンキャニオンの統治権を得るようリンレイに言う。

「ロドニュウム鉱石増産で利益が増加します。我々は利益に見合った分散統治資金を提供したいと考えています。スー地域統治官の権限を拡大してください」


 リンレイが統治権を持っているのは首都アシュロン周辺と近郊にあるのアシュロンキャニオン上流のフォースバレーまでである。下流のアシュロンキャニオンまで統治権を主張すれば、アシュロンキャニオンを支配している他の地域統治官と紛争になるのは必死だ。アントニオの狙いはそこにあった。


「なるほど、そう言う事なら、帝国政府から通達は無いわね・・・」

 リンレイはエルドラのグラスを取った。口へ運び一口飲んだ。うまい!この味は何?今まで感じたことのない味だわ!

 リンレイは感激の思いを抑えた。

「わかったわ。貴重な情報に感謝する。できるだけ早く統治権を拡大する。

 ああ、この三人は私の娘たちよ。いずれ三人に地域統治を引き継がせたいの。そのためにも地域統治域を拡げるわ!」

 リンレイは朗らかな表情で兵士たちを見た。そして、最初にここに現れた時と気持が激変している自分に気づいた。

 なんてこと!こんなに他人に気を許したことはない。エルドラに酔ったか・・・。

 リンレイは娘たちを見た。三人ともリンレイに微笑んでいる。


「ゆっくり食べてください」

 ジョーは料理を勧めた。

 リンレイたち四人の前には、それぞれエルドラが満たされた大きなピッチャーがある。


 その後、二時間ほど食事が続いた。

 リンレイたちは料理を全て平らげてお代りし、アシュロン商会本部から立ち去った。



「ジョー。あのエルドラは色素改変のクラッシュじゃない。

 本物のエルドラに変えたのか?」

 アントニオは会議テーブルのシートに座ったまま、朗らかだったリンレイを思いだした。


「色素改変のクラッシュだ。

 スー統治官と娘はカプラムだ。

 彼女はエルドラと思って飲んで、エルドラでないカプラム向けのビールに気づいた。

 クラッシュの禁断症状は出ないよ」

 リンレイがカプラムであった事に、ジョーは多少なりとも驚いていた。

 惑星ユングのカプラムは、アシュロン商会にしかいないと言われていたからだ。


「スー地域統治官の思考を読んだのか?」とアントニオ。

「我々を何も疑っていなかった。

 アシュロンキャニオンの統治権を得るために動くはずだ」

 ジョーは、これでリンレイたちはオラールに処分されないだろうと安堵した。

 できることならカプラムと敵対するヒューマやレプリカンの殺戮を避けたいが、現実はそうはゆかないだろう・・・。

「そうか」

 リンレイ・スー地域統治官は帝国政府と我々カプラムのどちらの立場に立つのだろうとアントニオは思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る