六 地域紛争

 ガイア歴、二八一〇年、五月。

 オリオン渦状腕外縁部、テレス星団フローラ星系、惑星ユング。

 ダルナ大陸、ダナル州、ダルナ砂漠、アシュロンキャニオン。



「アボンジーめ!いったいどこから武器を手に入れた?」

 フォースバレーがアシュロンキャニオンに変る分散統治境界線で、リンレイはヘルメットのバイザーから暗視スコープを解除した。

 月光に照らされた黄土色のダナル砂漠の先に、ロドニュウムの岩山がある。内部がくり抜かれて要塞化した岩山の銃眼から、大口径の銃口がこちらを狙っている。


 アボンジー・コスタリはアシュロンキャニオンを含むロデム地区の地域統治官だ。地区の中心地は人口二十万人のロデムだ。人口が数百万人を越える首都アシュロンにくらべて、圧倒的に規模が小さく、コスタリ地域統治官の経済力は私軍に注ぎこむほど豊かではない。


 リンレイは気になることがあった。

「レイカ。アボンジーの装備を探査しろ!

 シャオリン!要塞内を探れ!

 メイリン!アシュロン商会がアボンジーに兵器を売ってないか調べろ!」

「了解」

 三人の娘たちは部下とともに、指示に従った。


 岩山の銃眼からこっちを狙ってる大口径の銃口はレーザーパルスライフルなんかじゃない。レーザーパルス砲だ。アボンジーめ、どこから兵器を手に入れた?

 もし、アシュロン商会がアボンジーに兵器を売っていれば、アシュロン商会は地域統治官同士を潰す気だ。私は嵌められたことになる・・・。


「うちの探査衛星が反応しないぞ・・・。

 ああ、やっと3D映像探査を開始した」

 レイカがそう告げた。

「ママン!アシュロン商会どころか、誰もアボンジーに兵器を売っていないぞ!」

 メイリンは、バイザーの3D映像に現れたアボンジー・コスタリの武器取引データを読みあげた。

「アボンジーの全勢力が要塞にいる!拠点をロデムからアシュロンキャニオンに移したみたいだ。岩山内部と地下が要塞化してる!」

 シャオリンがヘルメットのバイザーの3D探査映像を確認してそう言った。


 レイカが、探査衛星の探査したアボンジーの装備を読み上げた。

「兵士の装備は、MA24改多機能KB銃、MI6粒子ビーム拳銃、超小型ミサイルP型迫撃弾、超小型多方向多弾頭ミサイル・リトルヘッジホッグ、巡航ミサイル型手榴弾BB巡航弾、レーザービーム銃、コンバットレーザーナイフ、バトルスーツ、ロドニュウムバトルアーマーだ。

 兵器は、レーザーパルス砲、レールガン・・・、これは我々と同じだぞ・・・」

 レイカは言葉を無くした。


「もういい!」

 リンレイはレイカの報告を中断した。

 なんてことだ!こうなれば先手必勝だ!

「レールガンで攻撃する。

 要塞内の弱点はどこだ?わかるか?」

 リンレイはシャオリンに報告を急がせた。


「銃眼だ。連射で岩山下部銃眼が破壊する」

「シャオリン、メイリン。準備しろ」

「了解!ガン、攻撃だぞ」

 シャオリンはレールガンに指示した。

「了解で~す」

 AIがエネルギー供給小型原子炉を稼動した。電力が充填される間に、メイリンはAIに、要塞下部銃眼をロックするよう伝えた。

「ターゲットをロックしたよ~」

「攻撃後、即刻撤退するよ!

 シャオリン。要塞内部3D映像探査しろ!まだ我々に気づいていないな?」

 リンレイの表情が険しい。

「気づいていない!。早く攻撃しろ!」

「電力充填完了。発射するよ~」

 AIがのんびりした口調で攻撃を伝えた。


 アボンジー・コスタリ地域統治官の要塞は、レールガンから放たれた一キログラムロドニュウム高速運動量弾の数十発にも及ぶ連続速射を受けて、岩山内部から地階に至るまで全てを高速高熱のロドニュウムのプラズマに包まれて溶解し、周囲のあらゆる物体を焼き尽くして消滅した。

「壊滅で~す」とレールガンのAI。


「何も残っちゃいないぜ・・・」

 レイカが震える声で攻撃結果を報告した。

 クソッ、まかりまちがえば、我々が壊滅してたぞ!なんで我々の兵器とアボンジー・コスタリ軍の兵器が同じだったんだ?


「退却しろ!兵員は〈マストドン〉へ急げ!

 お前たちは、ガンと〈イグシオン〉に乗れ!」

 リンレイが厳しい声で指示した。かなり苛立っている。

 兵士がリンレイとともに、主翼に可変ロータージェットを装備した巨大な無音のステルス戦闘搬送爆撃ヴィークル〈マストドン〉に搭乗した。


「了解で~す」

 レールガンのAIが陽気に伝えた。レールガンは自走してリンレイの娘たちとともに、ロータージェットステルス無音戦闘搬送ヴィークル〈イグシオン〉に搭乗している。

 娘たちは、リンレイがどこから兵器と武器を入手したのか誰も知らなかった。



 夜更け。

 リンレイ・スー軍が首都アシュロン近郊のリンレイ・スー軍事基地に帰投した。

「我々の装備は、コスタリと同じだったんだぞ!

 我々の存在がバレれば、こっちがクタバッてた!

 なんでだ?なんで装備が同じなんだ!」

 居住区の部屋で、レイカは苛立ったまま、ソファーにバトルアーマーとバトルスーツを投げつけた。

「レイカ、装備を大切に扱ってくださいね」

 バトルスーツとバトルアーマーのAIがそう忠告した。


「クソッタレ!」

 レイカはそう一喝してバトルスーツとバトルアーマーを掴んでソファーに投げつけ、歩きまわりながら考えた。

 クソッ・・・、何とかして、おちつかなければいけない・・・。

 うちの兵器はママンが調達した。アシュロン商会と交渉したんだから、コスタリに武器を売ったんはアシュロン商会だと思ってたけど、メイリンの調べで、アシュロン商会が武器を売った記録は無かった。

 うちの兵器とコスタリの兵器が同じってことは、ママンは他の武器商人から兵器を調達したって事になる・・・。

 レイカは自分をおちつかせて、部屋着に着換えた。


 これから眠って目覚めれば昼だ。それからアシュロン郊外の家に戻っても、する事はここに居る時と同じだ。ぶりかえした自分の苛立ちとずっと対面するハメになる。

 ママンが苛立ちはじめたのは、あたしからコスタリの兵器を聞いてからだ・・・。

「マリー。ママンは家か?」

 レイカは、メイリンと話している従妹のマリー・ゴールドに訊いた。


 マリーはリンレイ・スー軍重武装戦闘コンバットのメインチーフだ。

「家だ。調べる事があると言ってた。ポールと打ち合せでもあるんだろう」

 マリーは思いだしたように、スー軍の事務担当官ポール・カッターの名を告げた。

「そうか・・・」

 レイカは思いだした。

 ロータージェットステルス戦闘ヴィークル・〈ファルコン〉

 ロータージェットステルス戦闘爆撃ヴィークル〈イーグル〉

 戦闘車両、

 これらはそのままだが、兵器は全て改良型になった。

 こんな事に、なぜ、今まで気づかなかったんだろう・・・。


 レイカはソファーのテーブルからスカウター端末を取って装着し、

「AI!ここひと月の兵器と武器の調達費を教えてくれ」

 リンレイ・スー軍の全機能を管理している分散型AIに、スー軍の経理ファイルを調査するよう指示した。

「わかりました」

 すぐさま武器調達費のファイルが開いた。



 ひと月前に〈イグシオン〉二機と、〈マストドン〉二機が増えた。兵器もレールガンやビーム兵器やミサイルが最新モデルだ。バトルスーツも装備も最新モデルに変っている。

 リンレイ・スー軍の兵士は三百名を超える。どれほどの資金が費やされたか、レイカは想像できた。


 AIが調査結果を真面目に言う。

「ひと月以内の武器と兵器の調達記録はありません。

 調達経路も調達費も記録にありません。今後の支払い予定もありません」

「おい!冗談はよしとくれ!入手経路も費用も無しで、兵器や武器が手に入るのか?」

 レイカはスカウターのファイルを室内に3D映像投影した。

 映像からAIの声が聞える。

「ファイルに記録が無いのです。

 質問の内容に関して、私の記憶とファイルが違っています」


 無言でのんびり着換えていたシャオリンの態度が変った。

「どう言う事かはやく説明しろ!」

 シャオリンも苛立ちはじめている。

「武器も兵器も過去からあった物として記録されています。

 私の記憶とは異なっています」

「わかったよ。アイを信じるよ」

 思わずレイカはAIをそう呼んだ。


 スー軍の全てを管理しているのは分散型のAIだ。

 局所的にAIがダウンしても、他の部署のAIがダウンしたAIを補助する。

「良い名です。アイと呼んでください。誰かが私の機能を操作したようです」

「誰が操作した?ママンか?」とレイカ。

「外部から、私の記憶の一部が変えられています。

 要因へのアクセスは禁止されています。

 誰が禁止したか不明です。

 これ以上追求すると、私の意識がダウンします」


「わかった。ゆっくり意識を修復してくれ・・・」

 レイカは3D映像を閉じて、ソファーに座りこんだ。

 ママンだ!ママンが他の地域統治官を壊滅するため、誰かと取引きしたんだ。

 家へ帰って、ママンを問い正そうか?だけど何のために問い正す?

 どうして武器や兵器が改良型になって戦闘搬送機が増えたかを知っても、我々がする事は地域統治官権力の復活だ。

 今日それは一歩進んだ。あえてママンと揉めることはない。


 室内に、黒髪をポニーテールにしたバトルスーツの若い女の3D映像が現れた。

「アイIです。アバター表示できるようになりました。

 レイカの考えに賛成です」

 アイはレイカの思考を読んでそう言った。


 レイカはアイの言葉に疑問を持たなかった。

 いつもスカウターを装着してるんだ。その間に、AIは日々自己学習する。いつの日か、成長したAIに、あたしだけでなく、リンレイ・スー軍コンバットの思考が読まれる気がしていた。それが今、現実になっただけだ・・・。

 もしかしたら、アイは帝国軍のAIか?

 そうだとしたら、ママンの背後に居るのはテレス帝国軍だ・・・。


 AIのアバターの出現と思考を読まれたことで、レイカに閃くものがあった。

 レイカは、リンレイが惑星ユングの地域統治官として、テレス帝国政府に招かれた過去を思いだした。レイカが子どもの頃の事で、双子の妹シャオリンもメイリンも、従妹のマリーも生まれていなかった頃の記憶だ。

 やはりママンと話そう。問い正すのではなく今後を話そう。

 レイカはAIのアバター・アイを見てそう思った。



 午後。

 娘たちは首都アシュロン郊外にあるリンレイ・スー邸に戻った。

「ママン。新しい兵器や武器をどこから手に入れた?

 ママンを非難してるんじゃない。今後を、あたしたちも知っておきたいんさ」

 居間のソファーでくつろぐリンレイに、レイカはそれとなく話した。


「アシュロン商会との交渉後だったから、いつか気づかれると思ってたわ。

 話さなかったのは外部へ情報が漏れるのを防ぐためです。

 私はアンタたちを信用してます。

 しかし、兵士の中には何気なく情報を漏す者も出てくる可能性があるし、情報収集衛星から探査される可能性もあったからです」

 すでにリンレイの苛立ちは消えて、日頃の冷静なリンレイに戻っていた。今この機会をいかに乗り切ればいいか考えている。


「私に武器と兵器を提供したのは帝国軍のウィスカー・オラールです。我軍を帝国軍警察に取りあげると確約しました。

 首都アシュロンはテレス帝国が造った経済支配のための都市です。

 今後、実質的に我軍が帝国軍警察となればアシュロンを制圧して、アシュロンを地域統治下に治める事ができます・・・」


 惑星ユングの地域統治官として、リンレイはテレス帝国軍警察総司令官のオラール大佐当時から、オラールと面識があった。

 今回、オラールはリンレイに、地域統治官の権限を拡充するために武器と兵器の供与を持ちかけて、事がうまく運んだ場合、リンレイ・スー軍をテレス帝国軍警察に取りあげると確約した。そうできるのはオラールが中将に昇進して、帝国軍総司令官に就任したためだった。


 アシュロン商会との交渉後だったため、リンレイはタイミングが良すぎると考えながら、渡りに船と思い、一抹の不安はあったが、いつかアボンジー・コスタリと抗争するのだからと考えて、オラールの提案に乗った。そして夜襲は成功した。しかしアボンジー・コスタリにも同じ武器と兵器が供与されていたことで、一抹の不安は大いなる不安に変った。


「オラールはアボンジーにも、同じ武器と兵器を供与していました」

 オラールは好条件を私に与えたのではないか・・・。

 我軍の全てではないが、最新モデルの武器と兵器が手元にある。他の地域統治官の軍も兵力規模に違いはあるものの、質的に我軍と同じ条件が整っているはずだ。互いに最新モデルの兵器で交戦して、戦闘は短時間で終結する。

 これが意味するのは・・・。

 リンレイの頬に笑みが現れた。


「ママン。何がおかしいんだ?」

 レイカはリンレイの変化を見のがさなかった。

「先手必勝です。好機は我軍にあります。オラールは良き条件を地域統治官に与えました。

 今後の方針を説明します。

 ダルナ大陸の地域統治官の拠点を同時攻撃します」

「拠点は十五ヶ所だ。兵力が足らない!」

 レイカは慌てた。一拠点に動員できる兵士が二十名程度では明らかに兵力が足らない。


「よく考えなさい。レールガンは何基あります?戦闘爆撃ヴィークルは何機ですか?」

「レールガンは二十基だ。〈イーグル〉が三十機だ。

 そうか!高高度攻撃か!」

 レイカは気づいた。〈イーグル〉はロータージェットステルス戦闘爆撃ヴィークルだ。

 推進装置の無音化は可能だ。大気摩擦耐熱処理したロドニュウム高速運動量弾を高高度からレールガンで連続速射すれば、拠点は一瞬に壊滅する。


「オラールは、惑星ユングの重武装戦闘コンバット起用のために、地域統治官の誰が一番の切れ者か試しているんでしょう」

 リンレイは娘たちに微笑んだ。

「シャオリンとメイリンは、ターゲットの地域統治官の軍事拠点を探査しなさい。

 レイカとマリーは攻撃計画を練りなさい。攻撃シミュレーションをくりかえして、不備が無いようにしなさい」

 リンレイーはおちついて丁寧にそう言った。

 ここに居るのは、アボンジー・コスタリの要塞を攻撃した際に見せた、興奮と苛立ちに支配されたリンレイではない。日頃の冷静で狡猾な老獪リンレイ・スーだ。

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