七 エルドラン
ガイア歴、二八一〇年、六月。
オリオン渦状腕外縁部、テレス星団フローラ星系、惑星ユング。
ダルナ大陸、ダナル州、フォースバレータウン。
カール・ヘクターはテレス帝国軍警察フォースバレーキャンプの早番を終えて、、昼食のために、フォースバレーキャンプから東へ数キロメートル離れたフォースバレータウンのパブ・マメイドにいた。
「新しいビールだ。エルドラと一字違いの、エルドランだ。飲んでみっか?」
マスターのロイ・マメイドが黄金色のビールを満たしたグラスをカウンターに置いた。
カールはグラスを取って匂いを確かめた。エルドラとの違いはない。
エルドランを一口飲んだ。口当たりは爽快。気分がすっきりする。どこかで飲んだことがある・・・。
新しいビールがあるなら、冷凍パックのレビンステーキも新タイプがあるはずだ・・・。
「レビンは、新しいタイプは無いのか?」
「新しいステーキだ!。冷凍じゃないぜ!」
ロイは野菜サラダがたっぷりのったステーキの皿をカウンターに置いた。
近くに寄れ、と仕草で示して、
「カプラムのレビンだ。直送だぜ!」
とカールに言った。
販売目的で製品を個人直送できない。発覚すれば星系間貿易法違反に問われる代物だ。
「並行輸入か?」
「アシュロン商会が直送品を提供してくれた。仕入れ条件は今までよりちっとばかり安い」
「それなら直送とこだわらなくていいだろう?」
「途中の流通経路が違うんだ。酒と食肉の物流を、商業ギルド抜きにしたらしい。アシュロン商会が独占したって噂だ」
それなら商業ギルドに入る利益分のコストダウンは可能だ。
「商品が変ったのか?」
「ビールは変った。すっきり爽快。ステーキもだ!」
カールはステーキを口へ入れて、何度か噛んで飲みこみ、エルドランを飲んだ。
「確かにな」
突然、天井のディスプレイが、
『ダナル大陸の各所で、地域統治官の拠点が攻撃され、壊滅した』
と緊急放送を告げた。
各地の地域統治官の破壊されたビルや軍事施設や基地要塞が店内に3D映像投影され、状況説明する音声が聞えていたが、首都アシュロン郊外にあるリンレイ・スー地域統治官の邸宅と近郊の軍事基地の3D映像が投影されると音声が途絶えた。リンレイ・スー地域統治官の邸宅と近郊の軍事基地は無傷だ。
緊急放送はくりかえして3D映像を伝えるが、リンレイ・スーに関する部分になると、なぜか、音声が消える。
これほどあからさまに報道すれば、視聴者はみな、リンレイ・スーが他の地域統治官たちを壊滅したと考える。そして、首謀者は自分に容疑がかかるような事はしないから、容疑をリンレイ・スーに仕向けた者がいたと思うだろう。大衆心理を逆手にとった対策だ。
やはり首謀者はリンレイ・スー地域統治官だ。
しかし、地域統治官は実質的な統治権を無くしている。今さら、なぜ抗争する?
「ちゃちな手を使ってるぜ」
カールは呟きながらステーキを食ってエルドランを飲んだ。懐かしい味だ・・・。
「帝国政府が介入したんじゃないんか?」
ロイもエルドランを飲みながら3D映像を見ている。
「何のために?」
「そう言われると理由がないな。アンタこそ実態を知ってるんじゃないんか?」
現在の地域統治官に実質的な分散統治権が無いのを、ロイも知っている。
「このオレが?まさか冗談はよしてくれ!オレは一介の私服警察官だ」
アシュロン商会が採掘労働者確保をリンレイ・スー地域統治官に依頼している。アシュロン商会が今回の事件に関与はしているか否か不明だ・・・。
カールはステーキを食ってエルドランを飲み、3D映像から目をそらしてロイを見た。
ロイの目がキラキラしている。表情が妙だ。ロイの眼光がエルドランを飲む前より鋭くなっている。肥った顔がテラテラ光って脂じみた汗をかきはじめている。この変化は覚醒反応だ。
「今日は上がりかい?」
ロイの表情が和やかになった。
「ああ、上がりだ。バレーへ戻ったら、実態を調べてみる。何かわかったら知らせるよ」
カールはステーキを食い終って、サラダを食いながらエルドランを飲んだ。
「ああ、わかったら、知らせてくれ。頼むよ」
ロイは陽気にエルドランを飲み干した。
「ロイ。会計してくれ。エルドラン三本を売ってくれ。耐圧ボトルのがあるだろう」
「いいいとも。全部で三千百クレジットだ」
「また来る。ステーキとエルドランを大量に仕入れておけ。明日から、客が溢れるぞ」
カールは耐圧ボトル入りのエルドラン三本を受けとってカードで支払いをすませ、気になった事をそうつけ加えた。
「ホントか?」
「オレの舌は格別だ。ウソは言わない」
カールはそう告げてパブを出た。
カールはパブの駐機場に係留してあるエアーヴィークルに搭乗してエアーヴィークルのAIユリアに指示した。
「フォースバレーキャンプに戻る。大佐につないでくれ」
大佐はテレス帝国軍警察総司令官ダグラ・ヒューム大佐だ。
「了解しました」
ユリアはヒュームとの直通3D映像通信回線を開いた。ヒュームの執務室は、アシュロンから二百キロメートル離れたダナル州ダナルにあるテレス帝国軍ダナル基地内にある。
「カール。何かあったか?」
ヒュームの3D映像がコクピットの隣席に現れて、エアーヴィークルが発進した。
「報道を見ました。アシュロン商会が関与してますか?」
「商会関与の情報は無い。商会はテレス星団の食肉と酒の完全物流利権を入手した。帝国の酒と食肉のギルドが消滅する・・・」
ヒュームは碧眼を曇らせた。ギルド解体が早まれば、ギルダーの不満がアシュロン商会へ向く。さらに商会に各惑星の地域物流利権を許可した帝国商務省へだ。
惑星カプラム対策は、反体制分子にスキップリングと惑星ラグランジュポイントを攻略されたまま、手付かずになっている。これ以上帝国軍警察の仕事が増えるのは御免だ。ヒュームは自身の気持ちが沈んでゆくのを感じた。
「酒類ギルダーと食肉ギルダーの不満は商会へ向くでしょう。
商会はそれらギルダーを商会に取りこんで、不満を解消するはずです。
ギルダーの雇用主がギルドからアシュロン商会に代るだけです。
心配には及びませんよ」
カールはアシュロン商会の動向を伝えて、ヒュームの不安を取り除いた。
「先ほどパブで、商会が販売したレビンのステーキとビール・エルドランを口にしました。
ロイがエルドランに覚醒反応を示しました。
ステーキにも覚醒作用を示す物質が入っている気がします。
エルドランを三本買ってきました。分析をお願いします」
カールは、現在起こりつつある現実の不安を説明した。
「了解した。分析を許可する」
ヒュームはエアーヴィークルの分析機能を遠隔操作した。
エアーヴィークルの操縦をユリアに任せ、カールはエルドランの耐圧ボトルのプルトップを剥がして、コクピットのセンサー先端をエルドランに浸けた。
ただちに、ヒューマにとって禁止薬物を示すランプが点灯して、成分がディスプレイに表示され、ユリアが感情のない口調で告げる。
「アルコールを除いた主成分はクラッシュです。
ヒューマには麻薬です。
大佐をはじめ、カプラムには嗜好品です」
「クラッシュの混入経路を調べてくれ?」
ヒュームが浮かない表情でそう指示した。
「流通経路を溯って捜査します」
「了解した。捜査結果で、物流原点へ潜入するか否か判断しよう」
ヒュームは3D映像通信回線を閉じた。
ヒュームは司令室の空間を見つめたまま、捜査が進まないのを実感した。
原因は人員不足だ。カール・ヘクターと数十名の重武装戦闘コンバットで、首都アシュロンの犯罪を取り締まり、反体制分子を摘発するなど絶対に不可能だ・・・。
テレス連邦共和国の再建を唱える反体制分子が惑星カプラムを攻略したため、帝国軍総司令官のロドス国防大臣は失脚した。
そして、オラールが中将に昇進して帝国軍総司令官になり、帝国軍警察総司令官のヒュームは惑星ユングのダナル州ダナルの帝国軍ダナル基地に常駐して、惑星ユングの犯罪撲滅と反体制分子を摘発するよう皇女から命じられた。
惑星ユングの経済統治は、地域統治官の分散統治から、テレス帝国政府直属の採掘管理監督官と調査官による直接統治を経て、アシュロン商会による間接統治へ変った。
ヒュームは理由を知らされていないが、テレス帝国政府は税収を増加させるため政治体制を変えたのは明らかだった。
アシュロン商会の酒と食肉の全てに、ヒューマにとっての禁止薬物が混入しているなら、目的はヒュームにも容易に理解できる。
「オラール中将から連絡です」
AIユリアーが知らせた。
「表示してくれ」
3D映像に、テレス帝国国防総省のテレス帝国軍総司令官執務室にいるオラール中将が現れた。
オラールは金髪碧眼の端正な容貌をほころばせている。
「ユングのコンバットを百名ほど増員する」
「ウィスカー。ありがとう。助かるよ」
「マリー・ゴールド太尉がコンバットを率いる。
潜りこませたレプリカン、カール・ヘクター中尉の上官だ。
近々バレーに赴任する」
「了解した。アシュロン商会が販売した酒と食肉から、禁止薬物クラッシュが見つかった。カールが捜査をはじめた」
ヒュームはカール・ヘクターとマリー・ゴールドの名を聞いて驚いたが、警察官カールが遭遇した一件を説明して、驚きを遠ざけた。
「捜査状況を逐一報告してくれ。ではまた」
3D映像通信回線が閉じた。
マリー・ゴールドはリンレイ・スー地域統治官の姪だ。
カールのレプリカンが潜入してるなんて聞いてない・・・。
ふたたび、ヒュームの意識に、カール・ヘクターとマリー・ゴールドへの驚きが湧きあがってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます