四 ウオルド採掘管理監督官

 ガイア歴、二八一〇年、三月。

 オリオン渦状腕外縁部、テレス星団フローラ星系、惑星ユング。

 グダルナ大陸、ダナル州、アシュロン、アシュロン商会本部。



 アシュロン商会本部ビル三階で、ソファーに座ったアントニオが呟いた。

「近いうちに、フォースバレーの監督官がここに来る。

 ジョー。テスラン(惑星テスロンのヒューマ)を惑星ユングから締めだす方法はないか?」


 ユンガ(惑星ユングのヒューマ)がロドニュウムの採掘技術を確立しないまま無計画に採掘したため、帝国は、「ロドニュウム鉱石を計画的に生産する」と言って鉱山所有者を騙して、テスランの採掘技術官と採掘管理監督官を惑星ユングに常駐させた。

 その結果、惑星テスロンから多数のテスランが惑星ユングに入植して、資源採掘に携わるユンガを管理監督している。

 帝国政府の指示で惑星ユングの物流はアシュロン商会を経由している。

 しかし、採掘効率が上がるにつれてテスランの権力が高まり、惑星ユングの物流と経済にその権力が及ぶようになった。今や、アシュロン商会の事業利益が制限されつつある。


 このままでは近い将来、アシュロン商会の収益が半減する・・・。

 なんとかしてテスランを惑星ユングから締め出さねばならない・・・。

 すでにユンガは、テスランの採掘技術官や採掘管理監督官から、採掘と管理監督のノウハウを学んでいる。独自に鉱物資源の採掘管理監督できる。

 だが、帝国政府は貴重な鉱物資源の計画生産を唱えて、ユンガのロドニュウム鉱山所有者が独自に採掘することを禁じている。惑星ユングの地域統治官は、帝国の鉱物資源政策に口出しできずに、常に苛立っている。この苛立ちを利用しない手はない・・・。

テスランの採掘管理監督官と採掘技術官を麻薬中毒にして解任させ、地域統治官を抱き込んでロドニュウム鉱石の採掘から物流まで、全ての利権を独占できないものか・・・。

 アントニオはそう考えていた。


「監督官に美酒をふるまうのはどうだ?」

「クラッシュか?テスランはエルドラだ」

 アントニオが希有な眼差しをジョーに向けた。

 エルドラは、テスランが愛飲する黄金色のビールだ。そして、クラッシュはアルコール十%のターキスブルー、カプラムが好むビールだ。


 クラッシュのターキスブルー色素は、ヒューマにとっては禁断症状を引き起す麻薬として作用する。一口飲めば、定期的に飲まざるを得なくなる代物で、帝国政府はテスランのみならず、カプラムを除くテレス星団のヒューマに、飲用を厳禁じている。

「味はさほど変らない。黄金色に見えればエルドラと思うさ」

 ターキスブルーに見えるクラッシュも、AIの能力を駆使して色素分子を改変すれば、見た目はエルドラに見せることが可能だ。

「極上のバロムのステーキを用意しよう」

 アントニオは納得した。



 数日後の正午前。

 アシュロンキャニオンにあるフォースバレー鉱山の採掘管理監督官と採掘技術陣が、ロドニュウム鉱石の物流に関する利幅交渉のためにアシュロン商会本部に現れた。

 アシュロン商会のロドニュウム鉱石の利潤は販売価格の三十%だったが、帝国がロドニュウム鉱石の採掘に介入して以来、五回の交渉で二十%にまで下落している。


「実はここだけの話だ。気候変動対策のため、フォースバレー鉱山やアシュロンキャニオン鉱山の跡地を地下都市にする計画が帝国政府で検討されている」

 採掘管理監督官のゲニーム・ウオルドは、三階会議室で会議テーブルのシートに座り、訪問の真意を語りはじめた。

 フォースバレー鉱山はアシュロン近郊だが、アシュロンキャニオン鉱山はアシュロンから(北西へ)五百キロメートル離れている。

「計画段階だが実現するだろう。その証拠に、帝国政府がロドニュウム鉱石の増産を指示してきた。鉱石の増産より、地下都市ニューアシュロン建設のために採掘を急げと」

 そこまで話して、ウオルドは採掘技術官のバーバラ・ババリエに目配せされた。


「ロドニュウム鉱石を増産するから、利幅を下げろとの指示ですか」

 アントニオはエルドラを飲んでくださいと仕草で示した。

 ウオルドと技術陣の前のテーブルに、ウオルドたちが日頃口にしない、豪華な昼食が用意してある。

「利幅の件もあるが、増産した場合、商業宇宙艦が運ぶ量は限られているだろう。

 アシュロン商会の物流には限界があるだろう・・・」

 ウオルドはグラスを取ってエルドラを飲んだ。ウオルドにつられて採掘技術陣もエルドラを飲んでいる。


「我々カプラムが交易のため商業宇宙艦で先方へ赴くのは物資のピンハネ防止のためです」

 アントニオはクラッシュのグラスを取って一口飲んだ。


「ピンハネは罪だ。即刻処刑される。この事は知られている・・・。

 このバロムはうまい!」

 ステーキを頬ばりながら、ウオルドはエルドラを飲んで続ける。

「スキップリングを利用して交易した場合、他の交易企業ではピンハネが絶えない。

 君の意見を訊かせて欲しい。今回の訪問は、その件もあるのだよ」


「他企業に物流を任せるのですか?」

「知ってのとおり、ロドニュウム鉱石は、アシュロン商会の物流によって、政府指定星域へ運ばれ、そこから政府指定地域へ運ばれる。ピンハネされるのはこの地域物流でだ。

 帝国政府は何とかして地域物流を管理したいと考えている。

 そこで、今回、アシュロン商会のロドニュウム鉱石の物流を増やす見返りに、地下都市建設までの間、利幅二%減を承諾して欲しいことと、ピンハネ防止対策を訊きたいのだよ」

 ウオルドと技術陣はステーキを食べてエルドラを飲んだ。他の料理に手をつけない。


 ジョーの精神思考域に加工処理されたレビンの冷凍ステーキパックが現れた。

 惑星ユングに入植したテスランたちは、テレス帝国政府から支給された食糧で日々を暮し、新鮮な肉に飢えているとジョーは思った。

「お代りしてください」

 ジョーが口を開くと同時に、ウオルドと採掘技術陣がお代りを催促した。ジョーはメガネ端末で、お代りを伝えた。


「ウオルド監督官。削減はせめて一%にしてください。利潤が二十%以下になると、我々の企業活動がかなり厳しくなるのです。それと、ピンハネ防止は、信頼できる組織を利用するしかありません」

「地域物流もアシュロン商会にしろと言うことか?」

 ウオルドは地域物流企業からの見返りを考えていた。


 ジョーは、ウオルドたちの思考から、ウオルドたちが地域物流企業から賄賂を得ているのを感じた。交渉内容は全て記録されているはずだ。迂闊な事は言えない・・・。

「我々がロドニュウム鉱石の地域物流を担当できれば、我々は、我々に対するあなたたち管理監督者の評価を確実に上げる、とお約束します」

 ジョーは、評価を確実に上げる、を強調した。

 これだけ言えば、どんなに鈍いヤツも、我から見返りがあるのを理解するだろう。


 ババリエ採掘技術官がウオルドに目配せした。

 即座にジョーはババリエの思考を読んだ。彼女が胸に挿したペン型のレコーダーでこの交渉を3D映像記録している・・・。ババリエは調査官だ・・・。


「いったん戻って検討させてくれ。帝国政府の指示を得なければならない」

 ウオルドの言葉を納得するようにババリエが頷いている。


 会議室の奥のドアが開いた。女たちがエルドラが満たされた大きなピッチャーと料理を運んできてテーブル置いた。

 女たちがウオルドたちのグラスにエルドラを注ぐのを見て、

「皆さん。いつでも物流打ち合せに訪問してください。データを揃えて待っています」

 アントニオは、データを揃えてを協調してウオルドたちに微笑んだ。データは物流データではない。賄賂だ。

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