三十五 黒幕

 十時過ぎ。

 研融油化学本社最上階役員室で、近藤はメタルフレームに手を触れ、メガネ端末の通信回線を開いた。村野官房副長官の映像が現れると近藤はゆっくり話した。

「失敗した。離脱してモーザを回収しろ」


「了解」

 近藤との通信が切れた。

 内閣官房庁舎、内閣官房副長官執務室で、村野はタブレット携帯端末の通信回線を開いた。

「河本、離脱だ」


「わかった」

 目白の自宅で、官房長官の河本はメガネ端末の通信回線を閉じてソファーに横たわった。

 鼓動が止まり、身体から靄がソファーに吸収されて背もたれから天井へ昇り、消えた。

 同時に河本の身体が砂のように崩れ、屋根から鳶らしい鳥が空へ舞いあがった。



 午後。

 N市M区のN県検警特捜局特務部で、デスク端末のディスプレイに、三脚に乗った狙撃銃を構える二人が映っている。情報収集衛星が発した特殊探査波の反射波を合成した時空間構成粒子再現映像だ。銃は熱を帯び、警護班が現れる前の狙撃直後であるとわかる。

「ここから逮捕後まで、よく見てくれ」

 本間は映像を低速再生した。


 映像の隅に銃を持った警護員が現われた。二人の狙撃手はスタンドに固定された狙撃銃を右手で掴んだまま左手で腰の銃を握り、発砲した。

 三人の警護員が被弾したが、防弾装備で怪我を免れ、男女に応戦する。

 女が脚に、男が肩に麻酔弾を被弾してふらついた。二人の身体から靄が狙撃銃へ流れ、体温が下がった。

 二人が地面に倒れ、警護員に逮捕される間に、靄は銃から空中へ舞いあがり、上空に白い大きな鳥が二羽現れた。

 死者の魂が天へ昇る映画のシーンのようだ。


「我々が捕まえたのは、魂が抜けたセル(身体)だ・・・」


 映像に烏の群が現われた。二羽の白い鳥が烏の群に囲まれて攻撃を受けている。

 W神社の森は烏の縄張りだ。烏の攻撃はやまず、二羽の白い鳥は逃げまどい、激しい攻撃を受けて樹木が無い岩場へ墜落した。

 二人は奴らだった、と佐伯は思った。

「二人は狙撃銃の何かを使って白い鳥に変異した。

 岩場に狙撃銃は無い。墜落して傷ついた二人は存在できない」

 本間はディスプレイに映る岩場を示した。


 二人が発射した徹甲弾は、椅子に座った田村と妻の頭部の位置を通過して床にめりこんでいた。内側の防弾ガラスに穴が開くまで遮光モードが働き、外から中は見えなかったはずだ。どうやって頭部の位置を確認したのだろう・・・。

 狙撃手がどうやって標的を確認したか、佐伯の疑問は消えなかった。


「狙撃の目的はタブレットパソコンと田村たちだ。これを見てくれ」

 考えこむ佐伯に、本間は、永嶋家の八月三十一日の情報収集衛星透視映像を再生した。

 省吾と理恵が帰った後、永嶋は八洲興業へ通信して八洲会長の妻と話し、その後、近藤と思われる人物に通信している。

「田村の妻の理恵がアルバイト学生だ。永嶋はその事を近藤に話していない」


 永嶋は特殊パソコンに気づいていながら田村にパソコンを販売し、パソコンにまつわる事件に無関心だ・・・。

 もしかしたら、永嶋は最初からパソコンに気づいていた。いや、最初からパソコンを田村に販売する予定だった。そうでなければ、特殊パソコン四台を田村に安く販売し、残り六台を自分で保有などしない・・・。

 誰が永嶋に販売を依頼した?田村の妻か?衛星映像の理恵と永嶋の脳波に、互いの記憶は無い。明らかに初対面だ・・・。

 佐伯の疑問はさらに深まるばかりだ。 


 本間が言う。

「彼らの警護と監視を続けてくれ」

「わかりました」

「狙撃銃の分析に時間がかかってる。河本たちの捕獲装置に使えるといいのだが」

「はい・・・」

 なぜ本間が河本たちを消滅させない?捕獲しようとするのはなぜだ?

 佐伯は疑問に思った。


 夕刻。本間に、河本内閣官房長官と村野副長官、研融油化学の近藤の行方不明が伝えられた。

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