三十四 狙撃犯

 理恵に支えられ、省吾は地下シェルターへ下りた。省吾は胸と背に理恵の手を当てられたままソファーに座り、佐伯との通信を再開した。

「佐伯さん、通信を中断してすまない。誰が俺たちを狙ってる?特務班はまだか?」

「田村さんたちに怪我はありませんか?」

 理恵が唇を省吾の耳に触れた。

『だいじょうぶ、と話してね』

「だいじょうぶだ」

「田村さんも状況を知る必要があります。この通信を我々の回線に繋ぎます」

 今さら狙撃に関して田村に隠す必要はない。話しながら佐伯は、省吾との通信回線を検警特捜局専用の複数同時通信回線に接続した。

「特務班とヴィークルの警護班は家の北西にいます。

 田村さんに、経済界の旧体制支持派が、狙撃者をさし向けた可能性があります」


「部長!狙撃犯を発見!追跡中・・・。男女二人だ!武装してるぞ!」

「全員、銃を使用しろ!」

 佐伯が指示した。

「了解!」

 と同時に五発の銃声が聞こえる。

「神社で二人の身柄確保!麻酔弾を被弾!救護員!診てくれ!」

「どうした?」

 スカウターに、息を切らして走る佐伯の不安が伝わってきた。

「部長!狙撃犯が二人とも心不全を起こしました!昨日の八人と同じです!」

「救護員、直接触れるな!注意して診てくれ!」

「わかりました!」


「田村さん、実は、昨日逮捕した八人が心不全で死亡しました。倉本や田辺と同じです。

 八人を検死した医師は、逮捕時から死んでいた、と言ってました。原因は不明です。未知の毒物か未知のウィルスかも知れません」

「どう言う事だ?」

「わかりません。他にも狙撃手がいるかも知れません。連絡するまで、安全な部屋に非難してください。安全確認後、連絡します」

 佐伯がメガネ端末の映像を、佐伯自身の視覚映像に同期した。

「わかった」

 省吾はスカウターに入る映像と会話に注意した。



「局長、他に銃器と人の反応は?」

 佐伯は走りながら本間に通信した。

「そこの四丁と二人だけだ。映像を検警特捜庁に送った。あとで見てくれ・・・。

 佐伯くん、自爆装置と狙撃銃に気をつけろ。狙撃銃はこっちでも調べるが、注意して調べてくれ」

「了解しました・・・。

 検証員!自爆装置を確認してから狙撃銃を調べてくれ!」

「わかりました!」

 佐伯は遺体の近くで立ち止った。

 バトルスーツに身を包んだ狙撃手は、長身の髪の長い目鼻立ちの整った若い女と、女より高い身長の、女より年上と思われる男だった。

 女の左頬に染みのような小さな点が三つ、小さな三角形をなしている。生きていれば男たちを魅了したであろう容姿だ。男は鍛えられた身体で贅肉の無い精悍な見覚えある顔だ。


 防護スーツを着た六人の検証員が防護手袋の手で、自爆装置やそれらに相当する装置の有無を確認しながら、二人の身体から装備を外した。

「他へ連絡した形跡はないか?」

 佐伯は狙撃犯の銃を見た。SAWや重要施設警護隊に装備された、長距離用無反動狙撃銃M2000ではない。特注の半自動装填無反動消音銃で、固定スタンドタイプの特注品だ。マガジンに7.62徹甲弾が十六発残っている。このような銃を製造できる企業は、軍需企業に限られる。


 防護服の一人が顔をあげた。

「通信機はありません。二人だけのようです。特注の半自動装填無反動消音銃です。薬莢回収装置に四発ずつ回収してます」

「回収装置?」

「これです。回収できるのは十発です」

 防護服の一人が、狙撃銃の下部に装填されたマガジンとは別に、銃の右横に装着された軽量のマガジンケースを示した。目標を十発以内でしとめる気なのか?


「部長っ!これを見てください!」

 救護員が、平たく変形し始めた女の遺体を示した。

「腐乱か?」

「いえ、崩れてます!」

 男の遺体も砂を崩すように崩れている。


「遺体に触れるな!

 救護員と回収員、遺体の下の土ごと遺体を回収して分析へまわせ!

 装備分析を急がせろ。

 特務員と警護員は、田村家周囲の警護だ。

 検証員!ここが終ったら、被弾した田村家を現場検証してくれ!」

「了解しました!」


「田村さん、聞いてのとおり、狙撃犯は二人でした。念のため、家の北西側と駐車場側に、特務班と警護ヴィークルの警護班を配備しておきます。

 一応、家の窓を外と内から現場検証させてください」

「わかりました」


「テロ被害は法律により全て補償されます。検証後、早急に施工業者に連絡してください。

 窓は遮光モードが壊れて内部が丸見えです。高性能の銃なら私でも狙撃できます。

 検証後に係員に応急修理させましょう。

 それでは後ほど」

 余計な事を言ってしまった・・・。佐伯は、高性能の銃なら私でも狙撃できる、と言った事を気にしながら通信を切った。



 佐伯との通信が切れた。

『もう少し待ってね。着換えがあるから、穴があいたシャツは着換えてね。

 血の汚れはマリオンが消したからね』

 省吾の胸と背に手を当てたまま、理恵は省吾の胸を見ながら伝えた。

 衣類の血も理恵の指から滴った血も消えかかっている。


『どうなってる?血液を分解したのか?』

『なぜ血が消えて傷が治るか、私にはわからない。治るのが先生と私の正義だ、とマリオンが言ってる。

 もうすぐ組織が再生する・・・。

 マリオンは、狙撃手から抜け出たクラリックを追ってる。

 佐伯さんが現場検証に来たら、タブレットパソコンをここに置けって言ってる』

『わかった・・・。

 マリオンはクラリックをどうする気だ?』

『消滅させるらしいよ・・・。

 壊れた組織が再生した・・・』

 理恵が省吾を抱きしめて省吾の唇に唇を触れた。

「血が・・・」

 省吾は唇に手を触れた。口の周りから血は消えている。マリオンが現れて以来、説明できない現象が起こっている。

『だいじょうぶ。マリオンと私がいるから』

『うん、わかった』



 玄関チャイムが鳴った。

「佐伯です。現場検証させてください」

「こちらへどうぞ」

 ジーンズに薄手の綿のセーター、ポニーテールの理恵は、検証機材を運ぶ三人の検証員を仕事場へ案内した。検証員は外にも二人いる。


「田村さんにお訊きしたい事があります」

「わかりました。こちらに」

 省吾は、佐伯をオープンキッチンの駐車場を背にした窓際のソファーに座らせて、テーブルにコーヒーを置き、省吾は仕事場を背にした居間側のソファーに座った。

「主人のパソコンは左です。私は右のを・・・」

 理恵は、穏やかな物腰で検証員に説明している。


 佐伯は理恵を見て、田村が通信で、愛妻、と言ったのを思いだした。

「チャーミングで、綺麗な奥さんですね」

 キッチンを見る理恵に会釈して、佐伯はカップを取った。

 N県公安検警局N公安検警部の情報で、佐伯は、省吾が四十歳、理恵が三十一歳と知ってる。実際に見る理恵は色白で若く初々しい。頬の三つのほくろが肌の白さを際立たせ、年齢不祥で妖艶な感じだ。あの狙撃手に似ている・・・。

 省吾は体形が狙撃手に似ている。顔の贅肉を取ったら、さらに似るかも知れない・・・。

 そう思いながら、佐伯はコーヒーを一口飲んで喉を湿らせた。

「ところで、経済界の旧体制支持派に恨まれる覚えがありますか?」


 旧政府は政党として掲げた政策を実行しなかった。二度の震災と二度の原発事故に適切な対処をせず、経済界と癒着して経済利益を優先した。国民生活を無視する経済界の代弁者に成り果て、原発稼動のために税金を搾取する詐欺集団に成り果てた・・・。

 省吾は佐伯がそう思っているのを感じた。

「旧体制に批判的な者は多数いたはずです。佐伯さんもその一人でしょう?」


「新体制に残ったのだから、そう言えますね」

 佐伯は愛嬌ある顔で微笑んでいる。

「今回の狙撃に、あの大政同志会の近藤が絡んでるんじゃないんですか?」

 省吾が質問している間に、理恵が省吾の横に座った。


 佐伯はカップをテーブルに置いた。

「田村さんは、加害者について知る権利があります。

 田村さんから情報漏れは無いでしょうから話します。奥さんも聞いてください。いずれわかることですから・・・」

 佐伯は、河本官房長官が副長官の村野に、統括情報庁長官の職務を任せきりにしている事と、村野が内閣官房情報局防諜センターの情報を、倉本の元秘書の近藤に流していた事実を説明した。

 パソコン型通信機について話そうと思ったが、今はその時ではないと判断した。

「早急に三人を逮捕します。それで狙撃の真相が知れるでしょう」

「大政同志会じゃなかったんですか?」と省吾。

「近藤と大政同志会の関係は調査中です」

佐伯がそう答えていると、検証員が佐伯に近づき報告した。


「現場検証を終了しました。

 徹甲弾を回収しました。ガラスの二箇所を貫通して床にめりこんだ弾が一発ずつ、それぞれの貫通箇所付近の合せガラス内の衝撃吸収樹脂から三発ずつです。確認してください。

 ガラスの電圧偏光モードは応急修理して稼動可能です。ガラスは穴が開いてますが、強化ワイヤーで形状を保っています。床は床板と床暖房が破損してます。窓、床、どちらも修理が必要です」


「わかりました・・・。

 田村さん、窓ガラスと床の施工は?連絡しましたか?施工業者はどこですか?」

「どちらもTONO建設です。これから連絡します」

「防災インフラのTONOは信頼できます。すぐに修理するよう、私が連絡しておきましょう」

 佐伯はコーヒーの礼を言って立ちあがり、近眼メガネ端末の複数同時通信回線でTONO建設へ連絡しながら仕事場へ歩いた。


 仕事場は壁一面の本棚と、窓に接した長くて広い机と、椅子が二脚ある。机の上はデスクトップパソコンが二台と、携帯端末が三個ずつと、左手の本棚の壁に設置されたテレビが一台とセキュリティモニターがあるだけで、整然としている。


 佐伯は検証員に撤収を指示し、検証員が検証機材を運びだすのを見ながら言った。

「ここは整然として、図書館のようですね・・・。

 奥さんも仕事をここで?」

「ええ、ここを使ってます。私の仕事部屋は玄関を入った左手ですが・・・」

「わかりました。近藤を逮捕したら、連絡します。それではこれで」

 佐伯は、説明しようとする理恵の言葉を遮って御辞儀し、 撤収する検証員の後を追った。

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