十八 ローラン㈣ 似非商人

 夜。

 パルティア商人タタールたちが一夜の宿を求めて私の旅館にきた。

 暗がりのため、タタールと部下は、夕刻に西の城門で会った私とカミーオに気づかずにいた。


「あいにく、宿はいっぱいだ。馬屋でいいなら、泊まってくれ」

 私は、長身頑強な体躯のタタールにいった。

「かまわない。暖かく眠れれば、それでいい・・・」

 タタールは探るように私を見ている。

 私とカミーオは旅館の門の松明を持った。

「馬屋は広場の向こう側だ」

 私とカミーオは広場を兼ねた大通りの向こう側にある馬屋へ、タタールたちを案内した。


 馬屋に入った。

 壁に松明をかけると、タタールと商人たちは馬屋を見まわしている。

「晩飯はどうします?

 ここに、かまどもありますが・・・」

 カミーオは、馬屋の隅にある竃を指さした。近くに薪が積まれている。麦藁で作った寝床もある。シルクロードのオアシスで野営するよりずっと過ごしやすい。


「竃を使わせてもらう」

 タタールがそう答えた。

 商人たちは馬屋を見まわり、竃と薪、藁の寝床や飼葉を見ている。

「お使いください。

 駱駝は、荷をここに降ろし、外の通りの柵につないでください。

 餌は、これを持っていってください」

 カミーオは商人たちに馬屋の飼葉と、外の大通りにある柵を指さした。

 駱駝の背には、絨毯に巻かれた剣らしい包みと、商いの隊商には贅沢な量の天幕の材料がある。


「わかった。いくらだ?」

「馬屋だから一晩で一人当たり二フィゲルだ。駱駝は一頭二フィゲル」

 私はそういって、五人と駱駝二十五頭の宿賃を求めた。


「・・・」

 タタールは何もいわずに黙ったままだった。

 商人五人の宿代は銅貨で十フィゲル、駱駝二十五頭は五十フィゲル、総額六十フィゲルである。銀貨のグリブで支払うなら、五フィゲルで一グリブだから、十二グリブになる。

「宿賃は前払いだ。今、支払ってくれないか」

 そういって私はタタールを見た。

「わかってるっ。いくらになるんだ?」

 タタールがいらだちを抑えてそういった。


 妙だった。宿賃の計算もできない商人などいない。

「銅貨なら六十フィゲル、銀貨なら十二グリブだ」

「金貨で払いたい。いくらだ?」

 そういってタタールは一瞬だけ、威圧的な目で私を見た。


 私は、タタールが放つ、攻撃的な意思圧力を感じた。

「三アルム払ってくれ。

 三アルムは十五グリブだから三グリブの釣りだ・・・」

 金貨一アルムは銀貨五グリブだ。銀貨一グリブは銅貨五フィゲルだ。つまり、通貨単位は五進法なのだ。

 タタールの部下ジーブが、カミーオに金貨三枚を渡し、カミーオから銀貨三枚を受けとった。

「それでは、ゆっくり休んでくれ」

 そういって私とカミーオは馬屋を出た。



 私とカミーオは旅館へ歩いた。

「あいつら商人じゃありませんよ。

 いつものように、思念波で探りますか?」

 馬屋から遠ざかると、大通りの先に旅館を見たまま、カミーオが小声でいった。

 歩きながら私も小声でいった。

 歩きながら私も小声でいう。

「あの意思圧力と気配の探り方はただ者じゃない。

 思念波で意識内探査すれば気づかれる。

 商人でないのがわかっただけで充分だ」


「あいつらから思念波を感じませんでした。クラリックでしょうか?」

「クラリックなら宿賃くらい計算できる・・・。

 皆に、通路を確保しておけ、と伝えろ」

 ローランのあらゆる住居と旅館、東西の城門に隣接した門番の住居に、偵察艦の格納庫へ行く地下通路の入口がある。ローラン宮と嵐神ケルラシュ神の神殿にもある。


「了解しました」

 カミーオは旅館へ走ろうとした。

 私は小声で、走りだそうとするカミーオを止めた。

「走るな。こんな時にかぎって、泊り客がいつもの二倍だ。

 妙だぞ」


「商人たちが柳の下に並べた武具の他に、武器はなかったか?」

 私は、タタールの隊商が柳の下に並べた品々を思いだした。

「駱駝の背に、商い用の剣がありました。

 天幕用の材料と・・・」

 カミーオは、五人の隊商には多すぎる天幕の材料を思いだした。


「弓矢と槍だ!

 急いで皆を偵察艦へ非難させろ!」

 私は旅館へ急いだ。

「宿の客はどうします?」

 小走りに歩きながらカミーオが訊いた。

「半分はパルティア軍だろう。晩飯はすんでる。

 商人は無事に逃げるだろう」


「戦わないのですか?」

「戦えば死者が出る。我々の精神共棲者を失いたくない」

「わかりました」

「走るな、気づかれる」

 また走りだそうとするカミーオを、私は止めた。

 我々の背後で、パルティア商人を名乗る男たちが、駱駝から荷を降ろしている。カミーオが走りだせば、彼らは異変に気づく。



 死者が出るから戦わないという考えは、大いにまちがっていた。

 私はキーヨ同様、精神共棲したネオテニーの影響を受け、精神生命体の精神と意識を忘れていた。そして、

『我々は支配者ではなく、管理者である』

 との考えをまちがって定義づけしていた事実に、まだ気づかずにいた。



 過去、我々精神生命体は、防御エネルギーフィールドの役割を果たす住居や艦体の隔壁内部に、さらなるエネルギーシールドを構成して、その内部に生存した。

 現在も、我々とトトは、単独で時空間に存在できる状態ではなかった。我々は精神エネルギーが不足なため、自己の精神エネルギー領域に精神エネルギーフィールドやシールドを構成できず、何らかのエネルギーフィールド内、つまり、シールドされたエネルギーフィードや、エネルギーバリア内でなければ、我々の精神エネルギーが拡散する状態にあった。


 ネオテニーの身体組織細胞内には、身体細胞の生体エネルギーと精神エネルギーによって神経ネットワークが構成されている。精神共棲では、この神経ネットワークのサーキットが構成する精神エネルギーフィールドがシールドとバリアの役割を果たし、これらの内部に、我々は共棲している。

 ネオテニーが死亡すれば、ネオテニーの身体細胞の生体エネルギーも精神エネルギーも消滅し、神経ネットワークも、ネオテニーの精神エネルギーフィールドも消滅する。エネルギーシールドとバリアを失った我々は、外部空間に拡散する。


 死亡したネオテニーに代り、我々の精神エネルギーでネオテニーの神経ネットワークサーキットを維持し、細胞自体の精神エネルギフィールドと生体エネルギーフィールドを増殖すれば、身体組織細胞は回復し、我々は自己の精神エネルギーを使い果たすまで、ネオテニーのネットワーク内に存在できる。

 だが、第七階梯の我々は、肉体が消滅するまでネオテニーの内部に閉じこめられ、ネオテニーの人生を肩代わりするだけである。

 つまり、我々精神生命体が単独で存在可能になるのは、精神共棲したネオテニーが我々とともに、精神エネルギーレベルを第八階梯まで高めるしかないのである。

 過去、マオトはガイアの力を得て、単独でこの過程を進んでいたのは驚くべきことだった。そのことが、なぜ、可能だったのか、現在は不明だ。

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