十七 ローラン㈢ 交渉

 時がすぎ、夕日が地平線に近づいた。

 私とカイオスとカミーオ、そして十人の兵士が、都から馬で西の城門に駆けつけた。


「パルティアの商人は外か?」

 カイオスが、城壁のカシムを見あげた。

「はい。柳の樹の下にいます。

 カイオス様と商いについて話したい、といってます。

 交換市のように、品物を並べてます。

 武具もあります」


「鉄か?」とカイオス。

「剣や刃物の光りぐあいから見て、ありゃあ、青銅じゃないです」とカシム。

「わかった。小門を開けろ」

 カイオスは兵に小門を開けさせた。

 私とカミーオは兵を連れて、カイオスとともに城門の外へ出た。



「タタール様。小門が開きました」

 柳の木陰でうとうとしていたタタールは、部下のジーブに起された。

 小門から歩いてくる男も、男の後を追う二人の男も、武装していない。武装しているのは兵士だけだ。

 タタールと部下たちは帯びていた剣を外し、立ちあがった。


 長身頑強な体躯のカイオスが、タタールの前に立った。

「私がローランの国王カイオスだ。

 パルティアの商人と聞いたが、名は何という?」

「タタールだ」

 タタールは、目の前の宙から蚕の糸を巻き取るように右手をふってこうべをたれた。タタールの体躯はカイオスに見劣りしない。


「これが商いの品々か。武具はみな鉄だな」

 カイオスは、並べた品々の中から武具を手に取り、私とカミーオに見せた。

「そうだ。私は駱駝二十五頭で商いの品々を運んできた」

 タタールはそういって深々とおじぎした。


 一瞬、私は頭皮が引きつるような緊張感と警戒心をタタールに感じた。それは戦いのさなか、相手が次の一撃をどう放つか一瞬に判断する、閃きに似た心の動きだった。

 非常時でもないのに、何をこれほど警戒する・・・。

 我々を知ってのことか・・・。

 そんな思いが浮かんだが、私は深く考えずに、タタールの思いが私の中を通りすぎるにまかせた。


「今夜、ローランの都で商わせてくれ。

 それと、都に宿泊させてくれ」

 タタールは商人とは思えない鋭いまなざしでカイオスを見すえ、そういった。


「ここで商ったら、次はどこへ行く?」

 カイオスはタタールを見かえした。

 タタールは駱駝の背の荷を示した。

「駱駝二十五頭の荷だ。

 全て売れればパルティアに帰るが、売れ残ったら長安へ行く」

 タタルがひきいた隊商は総勢五人。皆、頭に布を巻き、日除けと防寒、砂嵐除けを兼ねた厚手の毛織の衣をまとっている。


 カイオスがふりかえって私を見た。私はカイオスにうなずいた。

「都での夜の商いは禁止だ。明日の昼の商いを許可しよう。

 今日は泊まりの隊商が多い。

 宿がなかったら、ヨーナの旅館へ行け。

 何とかしてくれる」

 カイオスはタタールに、ローランの都での商いを許可した。

 ローラン国内は治安維持のため、夜の商いが禁じられている。


「わかった。そうしよう」

 タタールがそう答えた。

 物見台からナムシが叫んだ。

「明後日は、日の出前に、東の城門へ行け!

 混みあうから駱駝を逃がすな!

 日が落ちると門を閉めるから抜けられねえんだ!

 開くのは日の出前だ!」

「わかった!気をつけよう!」

 タタールが話す間に、彼の部下は、拡げた荷を駱駝に積んだ。



 商人とタタールが駱駝に乗った。ナムシに笑顔で手をふっている。

「カシム!ヨシム!通してやれ!」

 物見台のナムシが、城壁から降りたカシムとヨシムに叫んだ。


 二人は兵士とともに城門の閂を外し、城門を片側だけ大きく開けた。

「明後日は、気をつけて東の城門へ行けよ!」

 物見台のナムシは商人たちに叫んだ。

「ああ、わかった!」

 タタールは駱駝に乗ってナムシやカシムに手をふった。

 商人たちと荷を積んだ駱駝は城門を抜け、ローランの都に入った。


 カシムは商人たちの声を聞きながら何気なく城門の外を見た。

 西の地平線へつづく街道が、いつになく赤茶色にくすんでいる。

「ナムシ!あれは砂嵐か!」

 カシムは物見台のナムシに叫んだ。

「そう見えるが、嵐はこねえぞ・・・」

 夕日が沈もうとする西の空に、雲は一つもない。

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