十六 ローラン㈡ パルティアの商人
ガイア降下、六年後。
都市国家ローランを囲む城壁の東と西に物見台があった。
ローランの北方はるか彼方に、テンシャン山脈からつづく丘陵地があり、南の彼方にクンルン山脈の裾野がある。ローランからはどちらも遠く、それらがよく見えるのは、ローランを囲む高い城壁の物見台からだけだった。
まもなく小麦の収穫がはじまろうとする秋の夕刻。
西の物見台に登ったナムシは、西へ延びる街道の周囲に目を転じた。
小麦畑やその先につづく牧草地に、野良仕事をする人々や、羊の群れとそれらを追う牧童と犬たちがいて、街道にはローランへむかう隊商がいるはずだった。
街道の隊商と、小麦畑や牧草地からローランへむかう人々と羊の群れを見つけ、ナムシは一仕事終えたように安堵した。こうした確認を、彼が城壁の物見台に立つようになって以来、日課としてつづけている。
「カシム!そろそろ・・・」
ナムシは城門の外にいるカシムにそう叫んで向きを変え、街道のはるか西を見た。
カシムに、もうすぐ閉門だ、という気だったが、街道のはるか西の光景に目を奪われたまま身動きしなくなった。
「ナムシ!門を、閉めるかあっ!」
城門の外からカシムが物見台を見あげて叫んだ。
「カシム!見ろよ!あいつら、何を急いでるんだ?」
ナムシは街道の西を指さしている。
カシムは、ナムシが示す街道の西に目を凝らした。荷を積んだ二十頭あまりの駱駝の隊商が街道を走ってくる。駱駝に乗っている者は長い衣を身にまとい、旅慣れた様子で駱駝に鞭をいれている。腰に帯びた長い物は剣だ。
「妙な奴らだ!なにも走ることはねえ!
見たことのねえ格好してるな・・・。
ぶっそうじゃねえか!あいつら、どう見たって武装してるぞ!」
物見台のナムシが街道を走ってくる駱駝を見て叫んだ。
城門の外からカシムが叫ぶ。
「商人か?」
「そうらしい。あんな身なりの奴を見たことがねえ。
あの駱駝に積んでるのは何だ?」
ナムシは話に聞いた、パルティアを思いだした。
武装した商人はパルティア人だ。ヨーナがいってたクラリックかも知れない・・・。
「カシム、パルティアの商人だ!
城門を閉めて、小門から農民と牧童を入れろ!」
城門外のカシムに叫ぶと、ナムシは城門内のミーシャンと、カシムの弟ヨシムに叫んだ
「門を閉めたら、カイオスとヨーナに、パルティアの商人が来た、と伝えろ!」
閉まる城門の間から、カシムの声がする。
「奴らをどうする!」
「俺たちは決められねえ。
カイオスしだいだ!
ナムシは城門の内側を見おろした。
杉の大木で造られた城壁に、杉で作られた閂が四本立てかけてある。それぞれに麻の太い綱が括りつけてあり、木製の滑車を利用して持ちあげられる。
綱がミーシャとカシムとヨシムに引かれ、閂がしつらえた軌道にそって、一本、二本、と門の所定の位置に納まっていった。門は二本の閂でほぼ完全に封鎖できたが、安全を見こんで四本あった。
「ミーシャ、カイオスとヨーナに伝えろ!
ヨシムはここにいろ」
「わかった!」
ミーシャが馬に跳び乗った。ローランの都へ馬を走らせた。
カシムとヨシムが三本目の閂を納めると、カシムは、かろうじて駱駝一頭が通過できる小門から、農民と羊の群と牧童、そして、明らかに商人とわかる隊商を城壁内に入れ、小門を完全封鎖した。そして、城門内にヨシムを残したまま、西の城壁の物見台の梯子を登りだした。途中で、パルティアの商人を見せるのもヨシムのためになる、と思え、
「城門は開けねんだから、上にあがりな」
カシムはヨシムにいった。
カシムとヨシムは城壁の上に立った。城壁の上の物見台からナムシがいう。
「ヨシム、そこにある弓を取って、狭間に身を隠せ。
あの荷からすると、商いだが、何が起こるかわからねえ。
ヨシム、カシムを援護しろ」
見慣れぬ一行は、麦畑の先にある牧草地にさしかかっている。
「わかった」
ヨシムは弓に矢をつがえ、城壁の矢狭間から外を見ながら矢盾に身を隠した。
「カシム、奴らの目的を聞け。
俺は上から援護する。
言葉なんかそのまんまでいい」
物見台のナムシは、城壁の上であわてて口をパクパクしているカシムを見おろし、苦笑いした。
近づく駱駝の一行を見ながら、ナムシはヨーナを思いだした。ヨーナから、
『西域のパルティアが勢力を拡大して、シルクロードの西部を支配しつつある。
隊商にまぎれて都市国家を偵察し、襲撃するらしい』
と聞いたことがあった。
「どこから来たっ!」
近づいた一行にむかって、城壁の上からカシムが叫んだ。
城壁の下から、隊商の主人らしい、背の高い体格の良い男が、
「シルクロードの西だ!パルティアだっ!」
と答えた。どうやら言葉は通じるらしい。
カシムはナムシを見て、これから何を聞く?と目配せした。
ナムシはローランの都を指さし、商いをするのか、と物を交換する仕草をした。
カシムは隊商を見すえた。
「この都に、何しに来たっ!」
「ここは、ローランの都だな?」
「そうだっ」
「私はパルティアの商人だ!
名はタタールだ!
ローラン国王と商いについて話したい!」
駱駝の上の男が、引いてきた駱駝の背を指さした。
「そうか!ほかの四人はなんだ?」
カシムはタタールに訊いた。
タタールが答える。
「私の部下だ!」
「では、そこで待っていてくれ!」
「承知した!あそこで待ってる!」
タタールは、城壁から数十歩ほど離れた、柳の大木の並木を指さした。
街道ぞいの小麦畑に水を運ぶ水路にそった柳の並木で、強い陽射しと夜露をしのぐのに格好の場所だった。
「いいだろう。だが、木の皮を剥ぐな!」
カシムの言葉に、タタールの部下たちは柳の下へ移動しながら、眉をひそめている。
「知らんのか。木の葉は畑の土になる。
あれが枯れると、土になる物が草だけになるんだ。
それに・・・」
カシムが説明しようとすると、
「燃やす物を持ってきた!皮を剥ぐ気はない!」
といって、タタールが駱駝から降りた。商人たちは城砦から数十歩ほど離れた、柳の大木の並木の方へ移動した。
「いつになったら中に入れる!」
タタールは門の近くに一人残り、杉の大木で造られた、城壁と物見台を眺めている。
「入れるかどうかは、王が決める!」
カシムがいった。
「王が直々にか!
わかった。待とう!」
タタールは城壁から離れて、柳の大木の下へ歩いた。
柳の下で、タタールは部下たちに何やらいった。
部下たちは駱駝から荷を降ろし、商いの品々を並べだした。絨毯、布、壷、鍋など日用品から化粧品、香料、農具、そして、兜、短甲、剣などの武具まである。
「なんだ。ありゃあ?」
並んだ品々を、城壁の上にいるカシムは不思議そうに見ている。
兄の声に、ヨシムは引き絞った弦を緩め、矢をどけて狭間から下を見た。
あんな所で交換市もねえもんだ。俺たちしか見てねえのに・・・。
ヨシムはそう思った。
品物を並べて見せりゃあ、俺たちが城門から出て、品物を見にゆくと思ってるんだ。こいつらバカか?商人じゃねえぞ・・・。
物見台のナムシはそう思った。
タタールの部下たちは、城壁を見ながら、カシムに身ぶりで、品物を見に来い、と示したが、カシムが愛想笑いするだけで、応ずる気がないとわかると、部下たちは柳の下に座りこんだ。駱駝も木陰で草を食っている。
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