十五 ローラン㈠ ガイア降下一年後
ヒッタイトの都市国家ローランは、タリム盆地東部に位置していた。この地はシルクロード北道と南道の分岐点の要所で、北をテンシャン山脈につづく丘陵地に、南をクンルン山脈の裾野に囲まれた肥沃な盆地だった。
我々はローランの一部族に精神共棲し、身体を持った。
感覚器官を通じて伝わる刺激は体内神経伝達物質を多量に放出させ、身体組織の全神経ネットワーク内に共棲する我々精神生命体をダイレクトに刺激し、そのすばらしさは言語で表現しつくせなかった。過去に身体を有していた記憶から、精神共棲していない我々が自己意識や思考によって類推する刺激とは明らかに相異していた。
我々精神生命体の多くがこの感覚に、特に愛し合う感覚に溺れ、中毒症状に陥りそうだった。ローランの部族の若い夫婦に精神共棲した私と妻は、飽きることなく何度も愛し合った。私たちにかぎらず、他のクルーも同じように愛し合い、そして、生まれてくる子供たちが、生まれながらに時空間概念を理解できるよう「存在」に祈った。
ガイア降下一年後。
私たちに誕生したのが、私たちの子供の精神生命体を頂点とする、私の系列の精神エネルギーマスを受け継いだ娘マリオンだった。
マリオン、彼女のイメージは翡翠の美しい緑だ。妻モーレの腕の中にいる娘を見て、私はそう思う。可愛くて愛しい。かつて実体を持って存在していたのに、記憶とは異なるこの思い。全てがマリオンの発する安定したエネルギー場の影響だ。
マリオンが、私と妻の精神と身体に与える影響は大きい。娘を見て、私は実体を持って生まれる事のすばらしさを痛感する。
「ネオテニーのが産める子供は、せいぜい十人。
ネオテニーの寿命はガイアの時間で三十年から四十年だ。
ネオテニーが我々の精神を受け継ぐのに二十年はかかる。
このまま世代交代を待っても、精神的進化を遂げるには時間がかかる」
キーヨは、ニオブとトトが精神共棲した部族は二部族だけでガイアの環境管理には人数が少なすぎる、と気にしはじめた。
「それで?」
「さらに、精神共棲できる部族を探すべきだ」とキーヨ。
「降下前に、精神共棲できるネオテニーの個体数が少ない事は、我々の目的達成に支障をきたさない、とレクスターが説明したはずだ」
私の説明に、キーヨは納得しなかった。キーヨが精神共棲しているネオテニーはローラン国王のカイオスだ。キーヨの系列の精神エネルギーマスは、カイオスの身体の分子記憶と精神に影響されていた。
「私もキーヨに賛成です。
今後のためにも、可能性のある部族を育ておく方が良いように思われます。
我々は身体を持ったために、精神生命体の能力を欠いています。
偵察艦を使うしかありません」
カミーオは、ローランの北にある丘陵地を示した。
ガイアの地下に格納した偵察艦の一隻が、テンシャン山脈につづくこの北方の丘陵地の地下にある。ローランの地下には、偵察艦のプロミドンを使って作った地下通路があり、ローランの地下から偵察艦の地下格納庫に行ける。我々が精神共棲したローランの民は、全員がこの事実を知っている。
「偵察艦を使えばクラリックに気づかれる」
偵察艦のプロミドンを使えば、一瞬なりとも、ガイアの時空間に微妙な非可逆的変異を生ずる。ネオテニーに意識内侵入しているクラリックが、これに気づかぬはずがなかった。
「では、思念波で探すのは許可されるか?」
「直接探査はクラリックに知られる可能性がある。
間接的にするしかない」
我々はキーヨの意思を、つまりローラン国王カイオスの意思を認め、ローランを通過する隊商にかぎって、思念波で受動的な意識内探査を試み、精神共棲できる部族を探索した。
だが、我々の行動は精神共棲できる部族を見いだすどころか、悲劇を招くことを誰も気づいていなかった。
「存在」は、その後訪れる悲劇について、私に何も示唆しなった。
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