十四  提案 降下

 メソポタミアの支配者がシュメール人(ウル、ウルク、ラガシュ)から、アッカド人(アッカド)、シュメール人(ウル第三王朝)、アムル人(バビロン第一王朝)、ヒッタイト人、アッシリア人(アッシリア)カッシート人(バビロン第三王朝)、エラム人、フルリ人(ミタンニ)、ヒッタイト人、アッシリア人と、めまぐるしく代った。


 その間に、キーヨの意識投射を受けたヘブライ人、ヒッタイト人、フェニキア人はオリエントの地中海沿岸で友好を深めた。オリエントの文化とヒッタイトの鉄の技術は、フェニキアの交易船とヘブライ王国ソロモンのタルシシ船によって海を隔てた地へ拡まった。


 他民族との交易と交渉で、オリエントのネオテニーの知識と思考能力は増したが、精神進化は第五階梯のまま進まなかった。

 我々の関心は、オリエントのネオテニーから離れ、新たなネオテニーへ傾いていた。



 キーヨに意識投射されたネオテニーにより、オリエントの文化は各地へ拡められ、いくつもの地域で文明が芽吹きはじめていた。

 これら新たな文明圏のネオテニーを精神的進化させる作業を副艦クルーと艦隊クルーに任せ、我々〈ガヴィオン〉クルーは、オリエントの文明を受け継いでいない、特殊な能力を持つネオテニーを探索した。


 我々の注意が他の文明圏に注がれている間に、クラリックが意識支配するカルディアがアッシリアを倒して、全オリエントを支配し、地中海交易で隆盛を誇ったヘブライ王国は、カルディア人の新バビロニアに支配された。実質的にクラリックのオリエント支配だった。


 カルディア人はヘブライ人を隷属化してバビロンに幽閉し、クラリックのアーク・ヨヒムはヘブライ人に、我々をケルラシュ神やバアル神として崇拝する多神教から、アーク・ヨヒムを絶対神とする一神教への転向を強要した。


 民族根絶か、あるいは主ヨヒムの教えのみに従うかを迫られ、バビロンに幽閉されたヘブライ人は精神的にも肉体的にも逃げ場を失い、民族の存続をかけてアーク・ヨヒムの一神教を選択せざるを得なかった。

 クラリックは、ヘブライ王ソロモンの隆盛期から、ヘブライ人の持って生まれた高度な精神的能力に気づき、我々の多神教を信仰する彼らに、意識内侵入を急いでいた。



 クラリックの介入で、ガイヤに残された精神共棲可能なネオテニーは少数だった。その問題を解消すべく、シンは画期的提案をした。


「シンの出した条件がここにある。これについて意見を求めたい」と私。

「その前に、条件を説明してもいいだろう。ヨーナ」とシン。

「もちろん、かまわない。シンの計画だ。充分に話してくれ」

「では・・・、当初の目的にもどっただけだ・・・」

 シンは説明した


 シンの説明は、物欲にも集団意識にも影響されないネオテニーを、精神共棲できる第六階梯まで教育して、その後に精神共棲するという我々本来の考えであり、私の考えの補足だった。


「我々は精神生命体である事を忘れてる。

 一対一の対応が必要と考えるが、一系列の精神エネルギーマスに、一人のネオテニーが必要とはかぎらないと思う。

 我々の精神エネルギーマスの数え方は概念でしかない。

 クラリックの離脱後、艦隊の全エネルギーマスは七百万程度だ。

 場合によって、〈ガヴィオン〉のクルー全エネルギーマスが一つになるのも可能だ。

 全艦隊のトトとニオブの精神エネルギーマスの系列なら、七百万が一つになれる。

 我々は、我々エネルギーマスの精神と意識を制御して、いくつかの精神エネルギーマスを一つにまとめれば、精神共棲するネオテニーは、一族や家族の少数集団でいいはずだ。

 我々がすべき事は、ネオテニーの精神と意識を、我々のエネルギーマス集団が精神共棲しやすい状態に進化させる事だ・・・・」


「・・・・」

 我々はしばし茫然とした。シンの考えは、完全に我々の思考の盲点を突いていた。

「よくそんな事を・・・」

 思いもよらぬ考えに、ケイト・レクスターが興奮している。


「私の考えはまちがいか?」

 シンの疑問に私が伝える。

「いや、事実そのものだ。

 よく気づいたね。我々の誰も気づかなかった事だ。

 大いに賞賛すべきだよ。

 だが、精神共棲の個体数が少ない。ガイアの管理者として適切だろうか?」


 私の疑問にケイト・レクスターが捕捉する。

「最終的に、我々が精神生命体から精神エネルギー体に変異して単独存在し、ガイアを管理するのだから問題ないでしょう」


 種の個体発生段階で超高分子が合成される時、その機能を我々が制御し、個体として意識を高め、我々の精神と個体本来の精神が共棲して高い精神エネルギーを得れば、個体の精神エネルギーは数十倍も高まる。その結果、個体意識は精神エネルギーと化し、我々の精神と意識とともに、他のエネルギーを必要とせずに、精神エネルギーとして単独存在し得る、精神生命体に成り得る・・・。


 私は、ロシモントを旅立つ当時の記憶を再確認し、ナムシに訊いた。

「シンの計画を進めよう。

 ヒッタイト人は小アジアのハットゥシャに帰ったか?」

「数部族が隊商を組んで小アジアを移動してます」

「皆に訊きたい・・・。

 ヒッタイトの末裔をどう思う?」

 ヒッタイトへの思い入れは、嵐神ケルラシュ神として崇拝されたキーヨが一番強い。


「ヒッタイトは優れた者が多いが、他種族にくらべ物欲が少ない。

 自分たちの都市を創らなかったのはそのためだ。

 他民族の物欲は精神的進化への一過程だ。

 ヒッタイトの精神的進化は、他民族より優れた概念思考によるものだ」

「では、最も進化の可能性があるヒッタイトの一族をターゲットにして良いだろうか?」

「異論はない」とキーヨ。

「いいよ、ヨーナ」とシン。

「地上には地上にふさわしい生命体が生息すべきね。

 ガイアの管理者になれないクラリックは、いずれ地上から消えてもらいましょう。

 この条件なら、私は賛成する」

 そうケイト・レクスターは強調した。

「良かろう。

 ではレクスターの条件で、シンの計画を進めよう」


 概念思考が可能なことと、概念思考する意思があること。これらは、ネオテニーが精神的進化を遂げるために不可欠である。概念思考を行うには、精神と意識が高度に進化せねばならず、また、精神と意識が進化すれば、概念思考は容易である。概念思考する意思がある事が、精神的進化を遂げるための必要十分条件だ。

 我々はネオテニーに、我々を導いた「存在」も含めた時空間概念を与えることにした。



 新ロシモント暦八四六〇年。ガイア時間八四六〇〇年。

 キーヨはヒッタイトの数部族に、我々を導いた「存在」も含めた時空間概念を意識投射した。この概念を理解できる部族は少なく、二部族が時空間概念を理解した。


 そのうち一部族はデカン高原へ移動し、都市国家の民と交雑したが、クラリックに意識内侵入されずに、我々に意識投射されて精神的に教育され、レクスターの条件を汲む、新たな精神と意識を有する第六階梯の部族が生まれ、ガイアの管理者として新しい宗教観を生みだした。


 もう一部族も意識投射され、ガイアの管理者になるべく精神的に教育されて第六階梯に進み、後に「シルクロード」と呼ばれる交易路に、部族の都市国家「ローラン」を築いた。


 我々は、精神共棲したネオテニーが息絶えた場合、ただちに、ヘリオス艦隊に帰還できるよう、後発で発進させた六隻の偵察艦を艦隊に収容し、ガイアに残ったプロミドンと先発隊として送りこんでいる六隻の偵察艦をガイアの各大陸の地下に格納して、我々の系列的精神エネルギーマスを集合して複数の精神エネルギーマス集団に変位させた。



 新ロシモント暦八五二〇年。ガイア時間八五二〇〇年。

 クラリックに介入されることなく、我々は我々ニオブを除いた、ロシモントの精神生命体をガイアの生命体に精神共棲させた。

 そして、我々ニオブはローランの部族に、シンたちトトはデカン高原の部族に降下して意識内入射して、精神共棲を果たした。


 不思議なことに、この時期、クラリックが降下したオリエントのネオテニーにも、レクスターの条件を汲む新たな精神と意識が生まれ、新しい宗教観が出現した。それは、自己の存在を保持し繁栄させようとするガイアの力と希望を、「存在」が認めた結果だった。


 この時、我々は知る由もなかったが、「存在」は、我々の他にも、我々の立場に代る者たちを模索しはじめていた。

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