十三 シュメール人

 シュメール人の都市国家ラガシュは、メソポタミアのティグリス河口にあった。アッシリアの樹齢を経た杉で造られた高い城壁で囲まれ、みずからを主神ケルラシュ神として、神権政治を行うラガシュ王ルーガルアンダの神殿を中心に、身分制度によって市民の居住域が区分けされていた。


 日没とともに、農耕地や牧草地を隔てる城壁の門は堅く閉ざされ、夜間は誰もこの城門を通れなかった。

 夜が明けると城門が開かれ、我先に、牧童たちと犬たちが羊の群れを追って、城門を通りぬけていった。


 日暮れまでに、牧草を腹いっぱい詰めこんだ羊を連れて、ラガシュにもどらなければならない・・・。牧童たちは、羊を追いながらそう思っていた。

 城壁の外には重く穂を垂れた小麦畑が拡がり、羊を放牧する草原は、黄金色の小麦畑のはるか彼方にあった。牧童は細く長い棒で、小麦畑に入る羊を制し、犬は、牧草地がある草原へ群れを誘導していった。


 数日後には小麦の刈り入れがはじまり、羊の放牧は休みになる。羊たちは城壁の内側に放たれて麦藁を与えられ、牧童たちも小麦の刈り入れで一日を終える・・・。

 そう思う牧童に、草原の彼方からのんびりした足取りで近づく駱駝の隊商が見えた。

 駱駝の背には白くゆったりした衣装に身を包んだ数人がいる。


 羊の群れが駱駝の隊商に近づくと隊商は羊の群を四方へ押し分けてゆったりした足取りでラガシュにむかって歩きつづけた。


 羊の群れから、駱駝の鈴の音が遠ざかり、駱駝の後姿を見送る牧童に、城門の灰色がかった色と駱駝たちの色が見分けられなくなっていった。



 最近、私は妻モーレや娘マリオンとゆっくり会っていなかった。久しぶりに居住エリアで家族と過した私は、ブリッジのコントロールデッキにもどり、妻と娘とともに、このラガシュの光景を4D映像で見ていた。


 系列内でまとまった我々の精神エネルギーマスに、妻も子供も一族もいる。クラリックとの対立に関し、私のエネルギー系列で最も有益なアドバイスと賛同を与える妻と娘の存在は、私の中で大きな位置を占めている。

 妻や娘と対話するのに特別な空間は必要ないが、時には完全に独立した精神生命体としての妻や娘に会いたい時がある。私は常に妻や娘の精神生命体に会いたのだが、私が思考中は、妻や娘の精神と意識が、私に独自の精神的時空間を持たせようと考えて、私の精神空間思考と意識から遠ざかっていた。


 ロシモントを発つ時、プロミドンによって精神生命体となったクルーの誰もが、精神エネルギー系列の代表として存在している。系列で世襲した家業の専門職について、ある時はその分野の代表者として意見を述べ、またある時は、先祖と呼べる精神エネルギーマスとして意見を述べるのだが、親しい家族に関しては過去の習慣のままである。

 精神生命体として、我々の妻も子供も同一系列の精神エネルギーマスに存在しているため、いつでも対応可能なのに、我々は系列内の個々の精神生命体に固有の時空間を持たせ、独立した存在の精神生命体として対応する事や、独立した存在の精神生命体同士が固有行動をとるのを望み、クルー全員がそのようにして家族に会い、他の家族と連絡しあっている。



「ヨーナ、アムル人がまた出入りしてる」

 家族で4D映像を見ている私に、キーヨがそう伝えてきた。

 都市国家ラガシュを監視するキーヨから、メソポタミアに異変が起きているのが読みとれる。最近、アラブのアムル人が頻繁にラガシュへ出入りしている。


 私から妻モーレと娘マリオンの意識が薄らぎ、私はジェネラルの意識になった。

「今度は何だ?」

「アムル人は駱駝と杉を交換するらしい。

 今までは青銅器だったが、最近は杉ばかりだ。

 それも細い物だけ求めてる」


「槍にするのだろう。

 カミーオ、確認してくれ」

「テントの支柱にする、といってますが、確かに槍の柄です。

 青銅器は穂先。

 全てが武器になるわけじゃありませんが、近い将来、武器に変ります・・・。

 目的はシュメール人の都市です・・・」

 ラガシュはここ何年にもわたり、アッシリアの杉で莫大な富を得た。他民族にとって、杉が繁茂するアッシリアの大地は宝の山に見えのだろう。


「ルーガルアンダは、アムル人をどう思ってる?」

「駱駝と羊を飼うくらいしか能がない、取るに足らぬアラブの遊牧民、と考えてます」

 カミーオが答えた。

「彼は最近、宮殿で何を祈る?」

「祈りません。

 昔は何かにつけて祈っていたので、そのたびに意識投射しました。

 最近は指導するきっかけがありません」


 キーヨが伝える。

「交易が富を生み、繁栄が支配力を生む、と考えてる。

 クラリックの影響だ・・・。

 繁栄を手にしたシュメール人は、さらに繁栄を求める。

 他の都市を支配するぞ」

「シュメール人同士の抗争か?」


 杉の交易で、メソポタミア北部の都市は裕福になった。杉を求めるアムル人のように、異民族がメソポタミアの各都市へ頻繁に侵入し、メソポタミアのシュメール人の都市は、ラガシュにかぎらず、農耕牧畜から杉の仲買交易都市に変りつつある。


「いや、ちがう。他民族との抗争だ・・・」

 メソポタミアのシュメール人の都市にはアッカド人、アムル人が多い。キシュより北はアムル人、ヒッタイト人、アッシリア人、カッシート人、エラム人、フルリ人、エジプト人、カルディア人が入ってきている。


 カミーオは、アッシリアの森林地帯を監視中の偵察艦から送られる、オリエント北部の情報を3D映像化した。

 ラガシュの映像の隣に、杉を大量に伐採されて禿山同然になったアッシリアの丘陵地帯が映像化され、偵察艦のクルーが、エブラの丘陵地へ移動すると伝え、アッシリア人のアッシュル村が3D映像化された。

「異民族の侵入で人口が二倍に増えた」

 そう私にキーヨが伝えた。


「異民族も杉を求めてるのか?」

「いや、それだけじゃない。

 ヒッタイト人は、アッシリア人に伐採を依頼されて来てる」

「クラリックは、彼らにも降下したのか?」

「降下してない。

 ヒッタイト人がアッシュルに来たのは、鉄の斧のためだ。

 アッシリア人やメソポタミアの人々の斧は青銅だ。

 ヒッタイト人の鉄の斧にくらべ、伐採能力が劣る」とキーヨ。



 クラリックが降下する以前から、我々はメソポタミアとその周辺の民に意識投射を行い、生活に必要な様々な知識を与えた。金属の精錬技術もその一つで、メソポタミアの人々は青銅の精錬技術を得ていた。


 ヒッタイト人の地、小アジアのハットゥシャに、銅の鉱脈はなかった。キーヨは彼らに鉄の精錬技術を投射した。銅の精錬にくらべ、より高温を必要とする鉄の精錬技術は困難を極めたが、キーヨは何度も意識投射して指導した。意識投射のたびに、キーヨは一瞬だけ声と姿を現して技術を授け、風の如く去った。

 その結果、鉄の精錬はヒッタイト人の独自な技術になった。彼らはキーヨを、鉄を授けた嵐神ケルラシュ神、として崇めた。

 ヒッタイト人のケルラシュ神に対する崇拝と畏敬の念は、精神エネルギーフィールドを構成し、ケルラシュ神に対する崇拝の念はゆるぎないものになっていった。


 我々は、クラリックがどのような手段を講じてもヒッタイト人に意識内侵入できない、と判断し、ヒッタイトに降下しなかった。これは過去に、サキとマナがガイアの大地と精神を一つにした時、クラリックが意識内侵入できなかった事実と同じだった。



「クラリックの指示で動いているのは、どの民族だ?」

「シドンとティルスのフェニキア人は、以前から地中海の交易で栄えてる。

 杉の交易権も昔から持っている・・・。

 ここにはクラリックの精神反応がない・・・。

 杉の伐採地はエブラとアッシュルに集中してる。

 この都市のアッシリア人とカルディア人にクラリック反応が一番高いな・・・。

 シュメール人の都市に移動してきたアムル人とアッカド人もだ」


「わかった。

〈ガヴィオン〉ソルジャーは、シンクロしている副艦と艦隊クルーに、

『我々ニオブとトトが降下するための調査だから、クラリックの影響がどの民族に現れているか、慎重に調べてくれ』

 と伝えろ」

 私はそうキーヨに指示した。

「了解しました」

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