十二 クラリック降下

 その後。

 マナを失ったクラリックは、マナを出現させた一族に、マナに代るネオテニーをシャーマンとして君臨させ、一族を支配させようとした。なんども新たなネオテニーを出現させる試みをくりかえしたが、世代を重ねても、一族の進化は第二階梯と第三階梯の間で停止したまま、新たなネオテニーは出現しなかった。

 それは、我々がクラリックの行動を妨害したのではなく、明らかに、我々の存続を許している「存在」とガイアが、何らかの手段を講じた結果であり、我々には想像できない結果だった。

 選ばれて全生命の最上位に君臨していると自負して止まぬクラリックは、その事実に気づかなかった。

 クラリックは執着心が強く、その事も彼らの欠点だった。マナに代る存在を出現できなかったクラリックのいらだちは増大し、マナを失った憤りを抑制できなくなっていた。


 我々は、いずれクラリックがサキとマナの子孫に手を伸ばすと判断し、サキとマナの子孫の進化を多岐にわたらせるため、ケイト・レクスターの提案に従って二人の遺伝子情報を調査し、子孫が必要とする遺伝情報を遺伝子操作することなく、ガイアに生息する生命体の食物連鎖を経て、子孫の遺伝子情報に組み合わせた。


 かつて、サキとマナは、我々の助力を得ずに、みずから第四階梯から第五階梯へ進み、クラリックの意識投射や意識入射を排除した。二人が得た第五階梯の精神は獲得形質で、二人の子孫が第四階梯のままである可能性は高い。

 二人の子孫が第四階梯を維持してさらに階梯を昇るべく、子孫自身の精神と意識をガイアとガイアの自然に融合させた時、自分たちがガイアの管理者であると知った子孫が、階梯上昇にどのように対処するか疑問があった。世代が代るにつれ、積み重ねる知識が増えても、伝えられる第四階梯の精神と、受け継がれる精神的能力が希薄になる恐れが多分にあったからだ。



 新ロシモント暦五五〇〇年、ガイア時間五五〇〇〇年。

 我々は疑問を解決するため、サキとマナの子孫をガイアの広範囲に分散させた。環境に適応して進化を遂げた新たなネオテニーの個体数が増え、生息地が拡大拡散すれば、クラリックの干渉が手薄になる可能性があった。クラリックの性格上、彼らは執着心が強く、意識を一度に一方向にしか集中できず、一人のネオテニーの管理に、少なくとも一系列のクラリックを必要とするからだ。


 小惑星の衝突など、天体規模の環境変化を除外し、過去に生じたガイアの生物の絶滅は、様々な種の間で、複雑な遺伝環境が絡み合った結果、種の未来に関する遺伝情報とガイアの未来が相異し、ガイアとガイアの自然が、その種を、ガイアに生息する種と認めなかったにすぎなかった。仮に、ガイアがその種の存在を認めても、ガイア自体がその種によって滅ぼされる可能性があり、結果としてガイアの滅亡と種の絶滅が起こるからだ。


 未来の環境でより多くのネオテニーが生き延びるために、ネオテニーがあらゆる生命と友好的に接触する必要があり、クラリックのような独裁的特殊種を生みだせば、食物連鎖など、生命エネルギー連鎖を通じ、ガイアとガイアの種の存続を永らえないのは明らかだった。


 我々は、今後のガイアの変化に必要なネオテニーの特徴を見いだすため、ガイアの広範な大陸に分散棲息したサキとマナの子孫の遺伝情報を入念に調べた。重要なのは、二人の子孫とガイアの未来がどのように変化してゆくかにあった。



 新ロシモント暦五八〇〇年、ガイア時間五八〇〇〇年。

 ケイト・レクスターの功績により、サキとマナの子孫から自然環境に適した二種のネオテニーが出現した。新たなネオテニーの表面的変化は皮膚の色くらいで、体形も能力も過去のネオテニーと変らないが、今後の能力に多くの相違が現れる可能性があった。

 ネオテニーは世代交代をくりかえし、ガイアの熱帯域から温帯、そして亜寒帯域まで種を拡散させた。その後、我々の管理下に出現したネオテニーはガイアの地上を移動し、さらに進化を遂げた。



 新ロシモント暦六〇〇〇年、ガイア時間六〇〇〇〇年。

 ガイアへ送りこんだプロミドンによれば、サキの一族が出現するまでは、マナを出現させた一族が、血族全体で第四階梯まで進化を約束された種であり、生命エネルギー連鎖の最上位に立って、すべての生命と物質を支配するはずだった。

 しかし、サキの出現で流れは大きく変った。マナがいなくなった一族の進化は停滞し、クラリックのいらだちは頂点に達していた。


 かって、クラリックは彼ら自身を、選ばれた最上位の不変なる階級と自負して止まず、時々刻々変遷する時空間の基本原理を知っても、己の固執する絶対的地位に君臨し、己の立場も含めた時空間が常に変異している事実を認めなかった。

 プロミドンが伝えた情報についても、初期情報を唯一無比の不変な事実と思いこみ、我々や有能な生物学者であるレクスター系列に見解を求めず、自己の概念に埋没した。クラリックの状況はその時から今も変っていなかった。


 マナの出現後、マナの一族はクラリックから遺伝子に大幅な手を加えられ、種の進むべき方向を強制的に変更されてガイアの進むべき未来にそぐわなくなっていた。ガイアが望まぬ進化を無理に早めようとするクラリックの行為は、ネオテニーの階梯を進めるどころか、個体数を激減する結果を招いていた。



 新ロシモント暦六五〇〇年、ガイア時間六五〇〇〇年。

 マナの子孫を除き、マナを出現させた一族の子孫がガイアの地上から姿を消した。その光景は、大都市の一部が突如廃墟と化すような、寒々とした印象を我々に与え、ガイアの意志と時空間の流れに逆らうクラリックへの見せしめと映った。大きな犠牲を払った見せしめだった。

 しかし、ネオテニーの一亜種を絶滅させたクラリックは、その事実から多くを学ばねばならなかったが、選ばれた階級として自負して止まぬ驕りから、彼らはみずからの行いを省みず、時を経て支配と君臨をはびこらせるべく、新たな時期を待っていたにすぎなかった。


 クラリックが惑星アーズからこのガイアに手を伸ばした理由は、単に、生命エネルギーに溢れた若い身体を手に入れ、ガイアに君臨しようとした結果だけではなかった。

 当初、彼らはアーズの環境を変えて、みずからを実体化し、アーズで生活する事を本気で考えていた。しかし、アーズで得た身体は、かろうじてロシモントで維持していた過去の身体を維持するに留まり、若返りも身体の変異も不可能なのを知った。

 ロシモントの物質は、ロシモントの高エネルギーで構成されていた。ロシモントの物質を再生するには、ロシモントで得たような高エネルギーを用いねばならない事実を、クラリックはアーズでまざまざと見せつけられたのである。


 アーズの物質をエネルギーや他の物質に転換するにも限度があった。その結果、クラリックは、アーズで得られなかったエネルギーを、第五惑星ヤプトゥールに求め、マナに意識内侵入する試みと、プロミドンを使ってヤプトゥールをエネルギー化する計画を同時進行させた。

 しかし、エネルギーに飢えた彼らは、マナに意識内侵入するより、惑星エネルギー化を緊急目的とし、マナに近づく我々を無視した。その事は我々にとって幸運だった。すべての時空間の流れが我々に味方した。この時からヤプトゥールの悲劇がはじまった。



 マナからヤプトゥールに矛先を転じたクラリックは、ヤプトゥールの物質をエネルギー化してアーズへ送りこみ、大気を合成して都市を創り、ガイアからアーズに動植物を運びこんで、アーズの地上に新しい世界を創りだした。だが、新世界が未未来永劫つづくように見えたのは一瞬でしかなかった。

 ヤプトゥールをエネルギー化したため、アーズのエネルギー場は上昇し、ヤプトゥールは破壊されて巨大なガス天体に姿を変えた。クラリックは、ヤプトゥールの最もエネルギー効率の高い物質で、アーズに新世界を創りあげていたのである。


 恒星系の秩序は犯してはならない時空間の定めである。惑星構成物質や生息生命の基本であり、変えてはならない真理がある。たとえ、我々精神生命体が個体レベルでその運命を変えたとしても、時空間にエネルギー平衡が存在するように、在るべき物は、在るべき所へ、おのずともどってゆく運命にある。物質としてもどるのが不可能なら、物質を超えたレベルで変異する。これらを止めるには、時空間の定めを超える大きな力が必要だが、精神生命体の我々はこのような大きな力を持っていない。



 クラリックがガイアからアーズの新世界に持ちこんだ動植物は、しだいに生気を失った。都市を構成する物質は崩れだした。他時空間からアーズに持ちこまれた物質と生命、アーズ外のエネルギーから物質化された全てが、時間経過とともに変化した。時空間のエネルギー平衡を乱した急激なエネルギー集中、その後に訪れる拡散の開始だった。


 クラリックの暴挙の影響はガイアにもおよんだ。破壊されガス天体と化した第五惑星ヤプトゥールの残骸は、小天体に変化して軌道上を漂いながら他の惑星へ飛来した。ガイアに飛来する小天体は増加し、ヘリオス恒星系の惑星運動全体が変化した。過去からつづいたガイアの氷河期は回数と期間が増え、気候変動はあらゆる種に絶滅と進化の機会を課した。



 新ロシモント暦八四〇〇年、ガイア時間八四〇〇〇年。

 ヘリオス恒星系の惑星運動が安定し、ガイアの氷河期が終った。ガイアに安定した気候がつづき、最も肥沃な地帯は、後に、オリエントのメソポタミアと呼ばれた地域だった。


 カミーオとキーヨは、メソポタミアとその周辺域に生息するネオテニーに意識投射し、石器に代る青銅器の使用を教え、狩猟採取生活の家族社会を栽培飼育の農耕牧畜生活の血族による氏族社会に変えた。


 カミーオの意識投射は、氏族社会を構成する血族集団の統率者に、集中して行われた。

 統率者は、カミーオから夜昼を問わずになされる意識投射の情報を神の声として聞き、みずからを、神の言葉を伝える、血族集団の王とした。


 キーヨは血族集団の長たちに意識投射して神の声を理解させ、氏族社会を変革した。

 氏族社会は文字を使用して記録を正確化し、数学と天文学は、農耕の時期を周期的に定め、治水潅漑工事に必要な測量技術に発展した。その結果、農耕牧畜生産は飛躍的に高まり、生産物に余裕が生まれた。農耕牧畜生産には分業が生まれ、原始的な商工業と呼べる産業へ分化した。


 血族を基本とする氏族社会の集団は、余剰生産物を交換する村を、商工業を中心とする都市へ成長させ、都市間を結ぶ道路や都市建設技術を発展させた。

 車輪の発明による馬車など交通機関が発達し、都市は商工業をさらに発展させて、独自の工芸品や農産物を交易するようになり、メソポタミアの肥沃な地域に、多くの都市が生まれた。

 メソポタミアにつづき、意識投射は各大陸の大河流域に生息するネオテニーになされた。ガイアの地上に文明らしきものが出現し、繁栄を求めるネオテニーが周辺地域から都市へ移動した。


 クラリックはこの時になってようやく、惑星が有する生命エネルギーの本質と、精神生命体が生命エネルギー溢れる惑星にしか生息できない事実を理解した。そして、三隻の副艦とアーズにある、計四基のプロミドンを使い、アーズからガイアの都市へ転送降下した。



「奴らの意識内侵入を阻止しますか?」

「好きなようにさせろ。

 ネオテニーの最高レベルは第五階梯だ。

 現在のクラリックは単独で空間に存在できない。

 意識内侵入したネオテニーが死ねば、二度とアーズの艦艇にもどれない。

 空間に拡散したまま消滅する・・・」

 かつてクラリックは精神エネルギーレベルの低い生物に意識内侵入して、マナに意識内侵入を試みたが失敗し、精神エネルギーレベルの低い生物の中に埋没し拡散した。


「でも、ヨーナ・・・」

 不満を主張するカミーオに、キーヨが忠告する。

「カミーオ、ヨーナの指示どおり、しばらく様子を見るんだ」

「ネオテニーを進化させて知識を与えたのは、我々ですよ。

 そのネオテニーを奪われるんです。みすみす・・・」

 私はカミーオの言葉を遮った。

「カミーオ。計画通りなんだ・・・」


 現状のニオブとトトが自己精神エネルギーレベルを下げて、他の精神エネルギーレベルが低い生物に意識内侵入した場合、いったん下げた精神エネルギーレベルを、単独で高めるのは非常に難しい。

 クラリックが現状のネオテニーに意識内侵入を強行すれば、ネオテニーの精神エネルギーレベルがクラリックレベルに達するまで、クラリックはネオテニーの身体から出られなくなる。つまり、意識内進入は精神生命体の精神エネルギーレベルを、ネオテニーの生体エネルギーに同調したレベルに変異させるのである。クラリックは、マナに意識内侵入を試みて失敗した過去の事実を理解していなかった。


「叩くなら、今です!」

 艦隊のパイロットの多くが、クラリックとの果てしない戦いが始まると考えていた。

「様子を見るのだ、カミーオ。

 クルーにも、そう指示してくれ!」

「わかりました・・・」


 サキとマナの行動で明らかなように、ネオテニーが第五階梯に進み、階梯に応じた本質的精神エネルギーを持てば他の精神と意識を排除できる。そのようになればクラリックはネオテニーに意識内侵入できない。

 しかし問題があった。欲望に対するネオテニーの精神は他者の影響を受けやすく、特に激しい物欲と、集団に対して手の平を返すように変りやすい意識は、クラリックにとって格好の餌食だった。



 過去、サキとマナが生涯にわたって第五階梯の精神を持ちつづけた事実は、マオトの大いなる功績だった。常にマオトのような存在が地上にいれば、我々はネオテニーに対するクラリックの攻撃を気にせずに、ネオテニーの精神教育に全力を注ぎ、精神的進化を急速に進めるのが可能だった。


 その事について、メソポタミアの氏族社会を統率したカミーオとキーヨは、サキとマナを祖先とするネオテニーを精神エネルギーマスごとに系列化して、祖先崇拝をさせる独自の考えを持っていた。

 私はカミーオとキーヨに大いに賛同した。彼らとレクスターに考えを実行するよう指示し、我々ニオブとトトがガイアに降下してネオテニーに意識内入射する時に備え、シンに、地上を充分研究するよう指示した。


 ガイアのネオテニーの容貌は頭髪があって身体の一部に体毛があり、かつてのトトの種に近い。

 一方、かつての我々ニオブの種は無毛で、脳の大きさはネオテニーやトトの種の二倍近くあり、身体は硬いケラチン質の鱗片状皮膚でおおわれ、腕から脇腹にかけて翼に似た飛行膜があり、頭部に触角状の突起が二本あった。

 ネオテニーの二足歩行と手を自由に使う点は、かつてのニオブやトトの種と変らないが、ネオテニーとの類似性は、我々ニオブよりトトの種が多かった。

 注意すべき事実が二つあった。

 一つは、外見がトトの種に似ていても、ネオテニーの精神的進化の方向が一方向に定まっていない事と、もう一つは、クラリックが意識内侵入したネオテニーが精神を変貌させて、他のネオテニーを支配しようとしている事だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る