三 疑惑 

 大隅教授と宏治は古生物研究所を出た。

 宏治は横に並んで歩く教授の横顔を見ずに監視システムを意識して話した。

「何をする気だろう?」

 ローラを原形復帰させてはならない・・・。

「久しぶりに来た・・・。ユリも会わせたかった・・・。非常に寂しいね・・・・」

 大隅教授も同じように応対して、宏治だけにわかるよう目配せする。

「わかったよ、父さん・・・」


 古生物研究所は、アジア連邦政府機関が林立する上海中央地区北区域の政府研究施設が多い学術研究区域にある。随所に高機能探査装置を備えた監視システムがあり、人の移動が監視されている。通行人が反射または発する、あらゆる周波数帯の電磁波と音波を分析して、その人物の特徴を即座に判断する。監視システムは地上に配備されたスパイ衛星と同じだ。


「孫の誕生はいつかね?」

 大隅教授前を見たまま宏治を見ていない。

「こまったな・・・」

 宏治は大隅教授を見た。

「なあに、こんな話が無難さ」

 大隅教授は笑っている。

「時代が変っても、我々の民族はなかなか他民族に理解されないからね」

「どういうこと?」

「言語体系が印欧語族と異なる事と、他民族と異なる家族制度があるためだ・・・。

 一時期、若い夫婦が老人世帯との同居を嫌って核家族化したが、また元に戻った。

 民族の文化遺産が受け継がれれば、子孫が一から学ぶ必要が無いからだ」

「家族は多い方がいいよ」と宏治。

「人は集団の生き物だ。一人で生きてるわけじゃない。個人主義なんてのは個人の能力に頼るだけの馬鹿げた生き方だよ・・・。

 これは嫌味かな?」

 教授は宏治を見て思わせぶりに笑った。


「嫌味じゃないよ。一族や家族がいるのに、一人で何でも決めたら、それらの存在意義がが無くなる。何でも話すべきだ」

「そう思うかね」

 教授は頷きながら呟いている。

「思うよ」

「では、早く、家族が待つ我が家へ帰ろう」

 教授が顔を上げた。妻を思っている。

「うん・・・。父さんこそ、子供は?」

「かほりは、その気なんだが・・・」

 二人は学術研究区域の出口へ歩いた。


 監視システムのオペレーターが、医務室のコンソールに向っているラビシャンに伝えた。

「大隅は宏治の子供、つまり孫の誕生と、自分の子供の誕生を願ってます。家族の話をしてるだけです。異常はありません」

「わかった。ありがとう・・・」

 大隅はあの光に気づいている。どこまで知ったのだろう?

 ラビシャンは端末のディスプレイの片隅に現れた、監視システムの映像を見ながら思った。



 上海からの高速旅客用ヴィークルの機上で、宏治はローラから放たれたあの光が何だったか考えたが、思いつく事は何も無かった。

 大隅教授は古生物研究所を出てから、ローラに関する事を何も話さない。今は、宏治の横で仮眠している。機内のどこから監視されているかわからないからだ。

 家屋全体を電磁遮蔽した自宅に着けば、大隅教授は今回の結果を家族に話して、友人のトーマス・バトンに知らせるはずだ。



 夕刻。大隅教授と宏治は帝都西地区居住区域の自宅へ着いた。

「ローラはどうだったの?」

 食卓に着くと義母のかほりが宏治に訊いた。かほりはかつて教授の助手をしていた。古生物学に明るい。


 大隅教授は晩婚で、ユリの実母の玲と二十歳近く歳が離れていた。実母はかほりが十歳の時に病気で亡くなったため、ユリとユリより四歳年上の宏治は、教授がかほりと再婚するのを望んだ。当時のかほりは古生物研究室の助手で、時々、ユリの世話をしていた。その結果、教授はかほりと再婚して、かほりは、同じ居住区のジュニア・アカデミーの教師になった。宏治とユリに、ユリより十歳余り歳上の新しい母ができた。かほりは背が高く、髪はセミロング。今も、ユリの姉だと勘ちがいされる。


「ローラのカバーが開いた瞬間、ローラが青色の光を放ったように見えた」

 宏治は話しながら、大隅教授のグラスにビールを注いだ。


「正しくは、宏治に発せられただ。あの場で光を感じたのは宏治だけだ。僕は一瞬、静電気的な物を感じたが、ラビシャンは何も感じなかった。

 センサーは光を感知して、コンピューターは記録した。映像が光を発して乱れたのがその証拠だ。おそらく僕は散乱光を浴びて、ラビシャンは反射光を浴びたはずだ・・・。

 だが、ラビシャンはその事を隠した。ディスプレイに放射線や電磁波の表示が無かったのは、ラビシャンがコンピューターを操作したからだろうね。

 ラビシャンはエネルギー波に気づいてる。

 あの光が何だったか、調べる必要があるね」

 大隅教授はそう話して宏治のグラスにビールを注いでいる。


「所長が青色の光の事を隠した理由は、何だろう?」

 宏治はかほりのグラスにビールを注いだ。ユリのグラスに教授が注いでいる。

「ローラに異変が無い、と言いたいんだろうね」

「所長も原形復帰に賛成なのか?」と宏治。

「それはないだろう」

「どうしてそんな原始的な事をするの?」

 原形復帰にユリが驚いている。

「乾燥と酸化で破壊された細胞は元に戻らない。目的はそんな単純な事じゃないよ」

 と教授。


「研究所で何かするんだろうか?」

 アジア古生物研究所に限らず、各連邦政府の学術機関と施設は、常に、統合政府(地球国家連邦共和国・統合政府)の管理下にある。全ての学術研究が公表されて隠蔽は不可能だが、トーマス・バトンはローラのDNA解析結果を隠蔽した。

 そして、ラビシャンはセンサーの記録をコンピューターが表示しないように操作した。ローラが放った青色の光を公表しないなら、ラビシャンの目的はあの光の解析ではない・・・。

 そう考える宏治を教授が見た。

「あそこで原形復帰すれば全てが公表される。

 どこかへ移して原形復帰するなら、移すのが目的だ」


「移して何をするんだろう?」と宏治。

「ラビシャンはトーマスが報告した結果を疑問視してるんだ。

 おそらくローラのDNAを調べる気だ」と教授。

「彼らの真の目的は?」と宏治。

 かほりが怪訝な顔になった。

「ローラが十代とわかってしまうわ」

「十代に見える、実年齢が三十代後半の女が居たら、君は科学者として何をするかね?」

 教授は宏治を見つめた。

「・・・」

 宏治が答えに戸惑っていると、代ってユリが言う。

「目的はローラの若さだと思うわ」


「あの光を調べよう。

 僕たちがローラに会った時の記録を見れるから、明日、画像解析しよう。

 解析器は独立型だからメモリーを消去できる・・・」

 そう言ったもの、宏治はローラの放った光をアジア古生物研究所のコンピューターの記録から画像解析できるか疑問だった。


「私も解析を見たいわ」

 ユリが興味を示している。

「作業のじゃまにはならないの?」とかほり。

「かまわないよ、母さん。そしたらユリに約束して欲しいことがある」

 宏治はユリを見つめた。

「何?」

「解析室では耳元で小声で話すんだ。あそこにも監視システムがあるからね」

「わかった。ぞくぞくするわね」

 ユリは目を細めて宏治を見ている。

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