四 画像解析

 翌日(五月十六日、火曜)。

 宏治は、帝都中央地区学術研究区域にある帝都大理学部古生物研究室の端末を使って、ローラの観察記録を作る名目で、アジア古生物研究所のコンピューターからローラの観察データーをメモリーチップに記録した。

 さらに自分専用のタブレットパソコンを使って、ローラが光を発した映像から映像データーを取り除き、残ったノイズを他のメモリーチップに記録した。

 観察データーによれば、宏治たちがローラを観察する前に比べて、ローラの質量が減少していた。三人がローラに接触していたため質量減少の原因を解明できなかった。


 夕刻。

 帝都大理学部画像解析室で、宏治は画像解析コンピューターのローラの観察データーのメモリーチップをセットし、解析を開始した。まもなく何本もの波形が絡みあう合成波形が現れた。

「これは一定波長の電磁波の集合だ」

 宏治は隣に座ったユリの耳に囁いて画像を切り換えた。それぞれの電磁波が示すエネルギーとそれら電磁波から類推される元素が表示されている。

「炭素、水素、窒素、酸素、リンなどの挙動を示すエネルギー波が絡みあった波形だ」


 ユリが目で問いかける。

『何なの?』

「分子挙動エネルギーが光エネルギーに転換したとしか考えられない」

「じかにこの光を浴びたらどうなる?」

 宏治の耳にユリが不安な顔でそう囁いた。

「分子エネルギーが転換したエネルギー波だ。まともに浴びたら、何が起るのか見当がつかない」

 何ごとも無いように囁く宏治に、ユリは、

『あなた、何もないの?』と目で問う。

「何もないよ。防疫気密防護服を着てたからだと思う」

『よかった!』

 ユリは宏治の肩に腕をまわして、宏治に頬ずりした。

 本当に何もないのか?あの光を浴びて医務室に戻るまでの記憶は今も蘇っていない。

 光を浴びたためにそうなったんじゃないのか?一瞬、宏治はそう思った。


 頬ずりしたままユリは宏治の耳に囁いた。

「そのエネルギーはあの質量とエネルギーの等価性の事?もしそうなら・・・」

 宏治はユリを制した。ローラの分子挙動エネルギーが消滅し、そのエネルギーが照射されたというあり得ない事が起きたとすれば・・・。

 そう思いながら、宏治はバーチャルキイボードを操作してメモリーチップを外し、フォーマットプログラムのメモリーチップをセットした。


 ユリは宏治に抱きついたまま宏治の指先の動きを見ている。

『さあ、終ったよ。データーはメモリーチップに記録した。コンピューターのメモリーは全てフォーマットした・・・』

 操作を終えた。宏治はフォーマットプログラムのメモリーチップを外して、ユリを膝に乗せて抱きしめた。監視システムの映像は、恋人同士の学生が画像分析しながら戯れているようにしか見えなかった。



 夕刻。

「そうか・・・」

 応接間で宏治とユリの話を聞いて、教授は窓の外を見た。庭の木立の間から夕陽がゆっくり移動するのが見える。空に靄がかかっている。

 教授が振り返った。

「明後日と一週間後に、君と僕のDNAと体細胞を調べよう。

 今後、体調に異変があったら話してくれ。

 かほりとユリは、宏治の行動に注意してくれ。

 何かあったらすぐに話すんだ」


「僕に何か起こるのか?」

 宏治は驚きいて教授に見つめた。

「特殊エネルギー波を浴びたんだ。一応注意した方がいい」

 教授は唇を噛みしめている。事態を深刻に考えているらしい。

「わかった」


「なら、今夜は身体を調べてあげるね」

 ユリが宏治を見つめている。

「えっ?」

「嫌じゃないでしょ?」

 ユリの目が笑って何かを誘っている。


「あなた。あなたも光を浴びたのだから、調べようかしら」

 かほりもいたずらっぽく教授を見ている。

 宏治は思った。妻たちが何か妙だ。それも悪くないが・・・。

「宏治もそう思うか・・・」

 教授も気づいて宏治に目配せした。



 二日後。教授は帝都大学古生物研究室の分子構造解析器で、自分と宏治の体細胞と血液を分析したあとで、ポケットから手帳を出して宏治と筆談した。

『宏治も私も大量のテロメラーゼの分泌が認められる。エクソンも変異している。

 テロメアはこの分析器で調べられないが、増えているはずだ。

 それと未分化細胞が現れてる。

 これらを全てトーマスに連絡するよ』

『オーケーです』

 宏治は目配せした。


 画像解析器同様、この解析器のコンピューターも独立型だが、データーを読もうとすれば読めてしまう・・・。ローラの発した光も我々の生体情報も、いずれ他人に知られるだろう・・・。

 そう思いながら、教授は手帳をポケットに入れて、コンピューターのメモリーを全てフォーマットした。


 夕刻。

 帰宅した教授は、これまでの出来事を暗号化ファイルでトーマスに連絡した。

 トーマスは、

「考えがあるので、ゲノムDNAの分子記憶についてモーリン・アネルセンに相談したい。

 修道士の大学の友人に連絡できるようにしておくから、何かあったら、彼に知らせて欲しい」

 と暗号めいた言葉で返信してきた。盗聴を気にしているらしい。


 夕食時。

 教授は家族にトーマスの返信を話した。

「モーリン・アネルセンの考えは我々の考えに近い。心配ないね。

 修道士の大学って僧侶の大学だろうか?宏治、調べてくれないか」

 モーリン・アネルセンはネイチャー誌に宗教と精神に関する論文と、精神と肉体に関する論文を発表したドイツの宗教科学者で精神科学者である。

「わかった。他人に気づかれないように調べるよ」

 宏治はそう答えたが、修道士の大学が何か、宏治は見当もつかない。

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