十二 戦況
ガイア歴、二八〇九年、九月。
オリオン渦状腕外縁部、テレス星団テレス星系、惑星テスロン。
首都テスログラン、テレス帝国政府テレス宮殿。
テレス帝国軍警察亜空間転移警護艦隊は、〈ドレッドJ〉からレールガンの連続速射とミサイルとビームパルス攻撃を受けて、いっせいに反撃した。艦隊が放つ多弾頭多方向ミサイル・ヘッジホッグが〈ドレッドJ〉から迫りくるミサイルの群を迎え撃つ。
〈ドレッドJ〉から放たれたビームパルスの群は、艦隊から放たれた位相反転ビームで消滅するか、放たれた高速のデコイで拡散反射されている。
だが、〈ドレッドJ〉のレールガンから放たれた十キログラムのロドニュウム高速運動量弾の連続速射は、旗艦〈タイタン〉の艦首から放たれる寸前の一トンのロドニュウム高速運動量弾を高速高熱のプラズマに変えて旗艦〈タイタン〉の艦体に襲いかかった。
一トン高速運動量弾を高速高熱のプラズマに変化されて、〈タイタン〉は巨大レールガンの次弾を放つことなく、巨大砲台を防御する厚さ三メートルのロドニュウム鋼隔壁はプラズマ化した。その高速高熱のイオン化された金属ガス流体は、〈タイタン〉の艦首から艦尾へロドニュウムの艦体隔壁を切り裂き昇華させ、周囲のあらゆる物体を焼き尽くして突き抜け、後続の戦艦に襲いかかった。
レールガンの連続速射で〈タイタン〉の駆動中枢は、スキップドライブ(亜空間転移推進装置)が捕捉しているヒッグス場の全エネルギーを解放して、巨大なヒッグス粒子弾と化した。
解放されたヒッグス粒子は、〈タイタン〉の駆動中枢防護隔壁はおろか、ドライブ格納区画、そして、艦隊全艦とスキップリングを分子に変えて、さらに原子から素粒子、そしてヒッグス粒子へ変えて、ダークマター空間へ消えた。
「アハハッ!豪勢な宇宙花火だ!
応戦するまもなく壊滅するとは、たいした艦隊だぞ!
無敵の亜空間転移警護艦隊が聞いて呆れる!
戦艦も兵士も、ろくでなしだ!」
皇女クリステナは大口を開けて笑った。
「まあいい。戦況はこれだけか?」
小謁見の間に投影された3D映像から、皇女がオラールに視線を移した。
「映像の先をご覧ください」
オラールは3D映像を切り換えた。レールガンによる艦隊爆発のエネルギー波を浴びながら、〈ドレッドJ〉とスペースコロニー・アポロン群に異状はない。
「これらは全て、静止軌道上の情報収集衛星からの映像です。
情報収集衛星同様、〈ドレッドJ〉もスペースコロニーもシールドに守られて、電磁パルスの影響さえ受けていません」
オラールはスペースコロニー・アポロン群の照明を示した。
「多重位相反転シールドだ。当然だろう」
皇女はオラールを睨んだ。
「問題はこのコロニー近傍空間です。爆発のエネルギー波が屈折しているのです。コロニーの大きさに匹敵する何かが存在しています」
オラールは映像のスペースコロニー・アポロン2000-1の数キロメートル近傍を示した。
「AIユリアの分析から結論付けたのか?」
皇女は不審な眼差しでオラールを見た。ヒューマの皇女とはいえ、ディノスの皇帝ホイヘウスの血をひく皇女の目は獲物を狙う野獣のようだ。
「ユリアは、何も無い、と判断しています。私はこの映像から、コロニー近傍に小天体に匹敵する質量を感じます」
「うむ。オラールがそう感じるのだから、何かあるのだろう」
カプラムは侮れない。AIユリアが感知する以上の事実を事前に関知して、ディノスやヒューマとは異なる、的確な判断を下す能力がある・・・。
オラールは、反体制分子の動向を探るために、レプリカ艦隊とレプリカン兵士を犠牲にすると話したが、他意があるのではないのか?こう考える私の思考もオラールは読んでいるのだろう・・・。
オラールが、皇女だけがわかるように、皇女の背後に立つオラール侍従を目配せした。
思わず皇女はオラールの碧眼を見つめて、空腹の獣が獲物を狙うように生唾を飲んだ。
「チャカム。まもなく昼食だ。ここに、オラールと私の昼食を運んでくれ。
昼食の準備を整えたら自室へ戻って昼休みにしてくれ。
私はオラールと世間話をする。気にせず休憩してくれ」
皇女はオラールの意を解して、獲物を狙う鋭い眼差しで侍従に命じた。
「はっ、はい。わかりました。ただちに準備します」
皇女の威圧的な態度に、オラール侍従は返す言葉が無かった。その場を去りながら、オラールを一瞥した。
早い昼食をウィスカーとともにするのは人ばらいの口実だ。私が居ぬ間に、ウィスカーは、私に聞かれて困る事を皇女に進言する気だ。
ウィスカーめ、いったいお前は何を考えてる?
お前は〈ソード〉の消滅に続いて、亜空間転移警護艦隊を壊滅されたんだぞ!
これで、帝国軍をロドス防衛大臣に支配される。
これ以上オラール家の恥の上塗りはするな!
オラール侍従は、オラール家とロドス家の対立を思った。
「それで、なんだ?」
侍従が小謁見の間から退出すると、皇女はオラールに問いただした。
「分散統治を変更したらいかがですか?」
「どう言う事だ?」
「陛下に以前も述べたように、表向きはテレス帝国がテレス星団を支配しています。
実質は、各惑星のヒューマが間接統治している状況です・・・」
テレス星団の各惑星のヒューマである、テスラン、ユンガ、ヨルハ、カプラムが各惑星の不動産を管理し、各惑星はヒューマによって間接統治されている。
皇女の侍従チャカム・オラールも、宮殿を出れば、首都テスログランの一郭を治める名士である。
テレス帝国がテレス星団を制圧した際、オラール家の曾祖父はテレス帝国に協力して、首都テスログラン北部一郭の管理権を与えられた。以来チャカム・オラール家がその地域を実質支配している。いわば都市国家のような存在だ。
皇女は椅子から身を乗りだした。隣席のオラールに顔を近づけている。
「現在、帝国政府下に、テレス帝国建設時に功績があった一族からなる地域統治官がいて、彼らが各地域を統治しています。
実際はテレス帝国政府が各地域を支配する地域統治官を間接的に支配しています。
地域統治官のなかには、テレス帝国に反抗的な者もいます」
オラールは淡々と話した。
皇女は、以前、オラールが会ったときと異なる、豪華な装飾が施された、見るからに座り心地の良さそうな玉座とおぼしき椅子に座っている。
権力委譲があったとみなすべきだろう。この点からみても、私の考えにまちがいはなさそうだ・・・。
オラールはそう思った。
「帝国に、人民の直接統治をしろと言うのか?」
「それでは、統治権を失った地域統治官が帝国に反抗します。
地域統治官を、テレス帝国に協力的な一組織に代えればいいのです。
地域統治官の反感はその組織へ向い、帝国には向きません。
帝国はその組織を管理して、これまでどおり分散統治するだけです」
「なぜそんな事を考えた。艦隊を壊滅させる大きな犠牲のもとに、反体制分子を探り出したんだぞ。捕獲すればそれで片づくではないか」
皇女は不審な眼差しをオラールに向けた。
「彼らを捕獲しても、第二、第三の反体制分子が現れます。また、多数の地域統治官のなかから、その地域の人民を率いる地域統治官の反体制分子が現れる可能性もあります」
「なるほど、察しがついたぞ。テレス帝国に代って一組織に地域統治官を管理させ、ひいては人民を管理させるのだな。チャカムが耳にすれば卒倒しそうな話だ」
皇女の頬に笑みが浮かんだ。
「では、陛下の許可のもとに、作戦を練りたいと思います」
オラールは皇女の表情から、進言が肯定された、と判断した。
「そうしてくれ。オラール、いや、ウィスカー。
その組織は人民をどう掌握する?」
「ここでは、まだ、詳細を・・・」
小謁見の間のドアが開いた。キッチンカートロボットが食事を運んで現れた。カートに搭乗しているのはオラール侍従だ。皇女専任料理官と給仕官もいる。
「ウィスカー。何事にも食事が大切だ。近頃、身体を鍛えている。この成長を見てくれ。
スーツとアーマーを換えねばならない」
皇女が話題を変えた。筋肉増強の効果を話している。
皇女の言葉に耳を傾けながら、オラールは思った。
皇女であろうと、この場で人民を掌握する計画は語れない。計画が露呈すればオラール侍従をはじめ、他の地域統治官も帝国政府に反抗するだろう・・・。
帝国政府が手をくだすこと無く、地域統治官から権力を奪わなければならない。ロドス防衛大臣からも、同様に権力を奪わなければならない・・・。
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