十一 臨戦態勢 その二

 ガイア歴、二八〇九年、九月。

 オリオン渦状腕外縁部、テレス星団カプラム星系、惑星カプラム、静止軌道上。

 商業宇宙戦艦〈ドレッドJ〉。



〈ドレッドJ〉がスキップリングを通過した。亜空間スキップ時の多重位相反転シールドを解除して、高度三万六千キロメートルの惑星カプラムの静止軌道上を微速移動している。

 ブリッジの空間とコントロールポッド内の空間に、スペースコロニー・アポロン群の一つ、アポロン2000-1の3D映像が現れている。〈ドレッドJ〉とアポロン2000-1との距離は二十キロメートルだ。


「ユリア。アポロン2000-1のドッキングベイに着艦申請してくれ」

「了解しました。艦長」

 キティーはコントロールポッドからAIユリアにそう指示した。

 現在、ブリッジのコントロールポッドにいるのは二人の航宙士とキティー艦長とAIユリアだけだ。


 AIユリアは3D映像通信回線を開き、コントロールデッキの空間とコントロールポッドに、アポロン2000-1のドッキングベイ司令室のアッサム・チェンバレンを呼びだし連絡した。


「こちらは商業宇宙艦〈ドレッドJ〉です。

 着艦を申請します」

「こちら、アポロン2000-1。

 ドッキングベイ司令室です。

 貴艦の着艦申請は却下されました。

 貴艦の着艦申請は却下されました」


「着艦拒否理由は何ですか?」

「星系間航路コンバットからの指示です。

 亜空間転移警護艦隊が監視しています」

「わかりました。アッサム」


『ユリア。通信回線を閉じてシールドしろ!

 亜空間転移警護艦隊を探査するんだ!』

『了解した。艦長』

 キティーの思念波がAIユリアに伝わると同時に、AIユリアは通信回線を閉じた。交戦に備えて〈ドレッドJ〉の艦体隔壁外殻シールド外部に多重位相反シールドを張り、〈ドレッドJ〉の周囲を4D映像探査した。


『ユリア。亜空間転移警護艦隊はステルス状態で隠れている。スキップリング付近を波動残渣探査しろ』

 ジョーは司令室のコントロールポッドに現れた探査4D映像を見て、ユリアに伝えた。

 帝国軍警察亜空間転移警護艦隊は惑星カプラムのスキップリングを警護して、常時、惑星カプラムの静止軌道上を探査している。〈ドレッドJ〉も探査されているはずだ。


『亜空間転移警護艦隊の波動残渣を捕捉しました。4D映像と5D座標を表示します』

 ユリアが伝えると同時に、ステルス解除処理した帝国軍警察亜空間転移警護艦隊の4D映像と5D座標が現れた。

 帝国軍警察亜空間転移警護艦隊はステルス状態でアポロン2000-1の静止軌道の、およそ二百五十キロメートル外方に静止して、〈ドレッドJ〉とアポロン2000-1を探査してる。


『亜空間転移警護艦隊は臨戦態勢だぞ!

 艦長。紅茶と香辛料が残っていないか、積荷を再確認しろ』

『積荷は惑星テスロンの野菜と惑星ヨルハンの穀物だ。紅茶と香辛料は、船内消費分だ』

 司令室のジョーの指示に、ブリッジのコントロールポッドでキティは安堵の表情だ。


『バカ言うな!

 紅茶と香辛料は、惑星カプラムの交易禁止品目だ!

 何トンあるんだ?』

『どちらも総トン数で二トンだ』

『紅茶と香辛料が、なぜ残ってる?

 ヨルハンで降ろさなかったのか?』

『船内消費分と言ったはずだ』


『四十年分は必要ないぞ!

 ユリア!戦闘態勢を伝えろ!』

『了解しました。司令官』

「緊急指令!戦闘態勢をとれ!

 緊急指令!戦闘態勢をとれ!

 二分後に空気を抜く!

 二分後に空気を抜く!

 全員、スーツとアーマー装着せよ!

 全員、スーツとアーマー装着せよ!」

 艦内3D映像通信と、クルーのコントロールポッドの4D映像に、緊急指令が響いた。


『なんで戦闘態勢なんだ!』

 とキティーが驚いている。

『亜空間転移警護艦隊は臨戦態勢だ!

 艦隊と話し合う余地は無い!』

 帝国軍警察亜空間転移警護艦隊のステルス待機は臨検ではない。完璧な臨戦態勢を意味する。


『何とかこの場を切り抜けたい』

 キティーそう思った。

 積荷はすでに探査されているはずだ。惑星カプラムの交易禁止品目が船倉にある限り、処分しても波動残渣は残る。穏便に事は進まない。黙って捕獲されるか、交戦して逃げ切るか。すでに司令官のジョーは交戦を選んでいる。


『亜空間転移警護艦隊は〈ドレッドJ〉を破壊して我々を捕獲する気だ。

 キティー!戦闘態勢をとれ!

 早くアーマーを装着しろ!』

 キティーはバトルスーツを着ているが、まだバトルアーマーを装着していない。


『ユリア。艦隊映像を拡大してくれ!』

『了解しました!』

 ジョーの指示で4D映像が拡大した。

『巨大レールガンです!』

 帝国軍警察亜空間転移警護艦隊の旗艦に巨大砲台が見える。

 AIユリアがクルーに緊急警告をする。

『二十秒後に、本艦の空気を抜く!

 二十秒後に、本艦の空気を抜く!

 空気抜きに備えろ!

 空気抜きに備えろ!』


 レールガンのロドニュウム弾は秒速一千キロメートルだ。〈ドレッドJ〉と亜空間転移警護艦隊の距離は約二百五十キロメートル。発射されれば〇.二五秒で〈ドレッドJ〉に着弾する。〈ドレッドJ〉から約二十キロメートルの位置にアポロン2000-1がいる。


『ユリア!

 全レールガンを、艦隊旗艦のレールガンにロックしろ!

 他の全兵器を、艦隊旗艦の亜空間スキップドライブにロックしろ!』とジョー。

『了解しました。全兵器、ロックオン完了!

 艦隊がステルス解除しました。シールド強化しています

 攻撃態勢です!』

 〈ドレッドJ〉の各コントロールポッドの探査4D映像がロックオン4D映像に変った。


『キティー!〈ドレッドJ〉を静止軌道外へ全速移動しろ!戦闘態勢を維持したまま、スペースコロニーから離れろ!』

『了解!右舷静止軌道外へ全速移動!』

 キティーの指示で〈ドレッドJ〉の艦首前方4D映像から、アポロン2000-1が左方へ去った。〈ドレッドJ〉は艦首を帝国軍警察亜空間転移警護艦隊へ転じながら、右舷方向へ全速移動している。


 艦首前方4D映像に帝国軍警察亜空間転移警護艦隊の戦艦群が現れた。

『艦隊がシールド強化しています』

 ロックオン4D映像が帝国軍警察亜空間転移警護艦隊の旗艦に急接近した。

『ユリア。艦隊の戦闘態勢を分析しろ!』とジョー。


『艦隊戦闘態勢ランク5!我々が武装解除すると判断しています。

 本艦戦闘態勢ランク7。攻撃態勢に移りますか?』

 ランク7は戦闘配置完了を意味する。AIユリアはにこやかにジョーを見つめている。


『キティー。ブリッジ隔壁を閉鎖し、シールドを確認しろ!』

『閉鎖完了!隔壁シールド完了!』

『ユリア!兵器管理は万全か?』

『兵器管理AIマスター起動完了。

 攻撃対象オートロックオン完了。

 各兵器と担当意識思考シンクロ完了。

 全兵器が司令官と艦長の指揮下です』


『了解!攻撃態勢に移る!』

 ジョーはコントロールポッド4D映像を確認した。

 各兵器担当の4D映像に、全クルーが配置完了して兵器管理AIとのシンクロを示す黄色表示と、帝国軍警察亜空間転移警護艦隊の戦闘態勢を示す緑色表示が出ている。


「こちら司令官だ。緊急指令とともにユリアが随時状況を伝える。

 亜空間転移警護艦隊がステルス解除してシールドを強化した。

 艦隊の戦闘態勢はランク5だ。艦隊は、我々が武装解除すると考えて、エネルギー充填を半数以下に留めている。

 気をつけねばならぬのは、旗艦のレールガンだ!弾頭ロドニュウム総質量は一トン。

 よって、本艦のレールガン主砲は、連続速射で旗艦のレールガンを叩く!

 同時に他の全兵器で艦隊旗艦の亜空間スキップドライブを攻撃する!」

 ジョーは全クルーの4D映像を確認した。

 全員がコントロールポッドのシートから、「了解」のサインを送っている。


「戦闘は一秒以内に決着する!

 本艦の防御シールドを百分の一秒解除する!

 この間に、ビームパルスとミサイルを放て!

 レールガン主砲は連続速射で旗艦主砲を攻撃する!

 以上だ!」

「ユリア!攻撃だ!撃てっ!」

〈ドレッドJ〉の全兵器が帝国軍警察亜空間転移警護艦隊の旗艦を総攻撃した。

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