十 交渉

 ガイア歴、二八〇九年、八月。

 オリオン渦状腕外縁部、テレス星団カプラム星系、惑星カプラム、静止軌道上。

 商業宇宙戦艦〈ドレッドJ〉。



 司令室の会議テーブルのシートに3D映像が座った。

「私はテレス帝国軍警察の総司令官ウィスカー・オラール大佐だ。

 私は帝国軍警察亜空間転移警護艦隊と軍警察重武装戦闘コンバット、軍警察星系間航路コンバットの指揮官でもある。

 私の訪問を受け入れてくれて感謝するよ、ジョー・ドレッド・ミラー君。

 隣りにいるのが艦長キティー君だね」

 オラールは〈ドレッドJ〉が多重位相反転シールドを解除して旗艦〈タイタン〉の3D映像を受け入れたことに謝意を述べた。


『〈タイタン〉の司令室から探査波を使って、〈ドレッドJ〉に投影してるわ』

 司令室のフロアから、クラリスがジョーと、ブリッジのキティーに精神波で伝えた。

『了解した』

 ジョーはコントロールポッドから会議テーブルへ移動した。キティーの3D映像とクラリスも会議テーブルのシートに着いた。


「ひと月ほど前〈ソード〉が我々を確認した。今さら確認しなくていいだろう。

 お茶を用意したかったが、必要なかったな」

 ジョーは3D映像で現れたオラールの小心を皮肉った。

 ジョーの左右にキティーとクラリスが座っている。三人ともバトルスーツにバトルアーマーを装着したままだ。


 オラールの視線がクラリスへ動いた。

 ジョーはオラールの視線を捕えて、さりげなくクラリスを紹介する。

「本艦の制御系統担当のクラリスだ」

「ポストは何かね?」

 バトルスーツを着ていても、この女はAIだ。ポストなどあるはずがない・・・。

 オラールはジョーの言葉を疑った。


 ジョーはオラールの思考を捕捉していた。

「制御管理士だ。それがどうかしたか?」

「どのような任務をこなしている?」

 オラールは威圧的にクラリスを見つめて、じかにそう質問した。


「〈ドレッドJ〉の司令官としてクルーへの直接質問を許可しない。

 いつから商業宇宙艦の検閲権が亜空間転移警護艦隊に移った?」

 オラールが帝国軍警察亜空間転移警護艦隊指揮官であろうと、商業ギルドの監察官ではない。

 軍警察の任務は犯罪の抑止と犯罪者の捕獲だ。商業宇宙艦の検閲は惑星テスロンのギルドのアシュロン商会に一任されている。アシュロン商会本部は惑星ユングの首都アシュロンにあり、検閲の全権が監察官・アントニオ・バルデス・ドレッド・ミラーに一任されている。


「私はテレス帝国軍警察の総司令官だ。私の一存で検閲権はどうにでもなるんだよ。

〈ドレッドJ〉のAIは誰かね?」

 オラールは不敵な笑みを浮かべた。

「私をお呼びですか?」

 バトルスーツとアーマーに身を包んだ黒髪黒眼の若い女のアバターが現れた。

「おっ、ユリア。君が〈ドレッドJ〉の機能をコントロールしてるのかね?」

 AIユリアが〈ドレッドJ〉に存在しないと思っていたオラールは息を呑んだ。


「ええ、そうよ。それが何か?」

 AIユリアはオラールに微笑んでいる。

「積荷リストを見せてくれ」

「司令官の許可を得てください。

 基本的に私は司令官の指示に従います。他の者の指示には従いません」

 AIユリアはオラールに微笑んでいる。


「良かろう。では、ミラー君の許可を得よう。それともミラー司令官と呼べばいいのかな?」

 オラールは慇懃無礼な態度でジョーを見ている。

「司令官と呼んでくれ」

 ジョーはさりげなくそう言った。

「では、ミラー司令官。積荷と〈ドレッドJ〉の搭載兵器リストを見せてくれ」

 オラールの態度が親しげになった。

「リストを用意してくれ」

 ジョーはAIユリアに命じた。

「わかりました」

 AIユリアは司令室の空間に積荷リストと〈ドレッドJ〉の搭載兵器リストを3D映像表示した。


 オラールはリストに目を通した。

 私はジョーの思考と意識を読めないが、こうしている間も、私の思考と意識はジョーに読まれているはずだ・・・。

 そう思いながらオラールが言う。

「どちらのリストも問題は無い。

 ニュカムの君は、すでに、私の考えを知っていると思う」

「ああ、わかってる。ユリア。ありがとう。もういいよ」

「またご用の時はお呼びください」

 AIユリアが消えた。


「アシュロン商会に所属してる我々は法律を犯していない。

 いかなる理由で捕獲する?」

 ジョーはオラールの思考を読んでそう伝えた。

 理由がなければ〈ドレッドJ〉の拿捕もクルーの捕獲もできない。

 捕獲なんて言葉を使うのは、ディノサウルスの収斂進化したディノスがテレス帝国を支配しているためだ。

 かつて、カプラム星系惑星カプラムに生息していたネイティブなヒューマノイドは、収斂進化した獣脚類のディノスとラプトとイグアノンだったが、全種族が、我々の先祖との戦いで絶滅している。

 帝国政府のディノスは惑星テスロンのネイティブではない。いったいどこから来た?

 ジョーに疑問が湧いた。


 クラリスが精神波で伝える。

『帝国政府のディノスは、皇帝ホイヘウスに率いられたデロス星系惑星ダイナスからの侵略者です。

 オラールの記憶では、すでに皇后テレスは、第二子皇女ユリアを出産して、皇帝の地位に着いています』

『ディノスがヒューマ支配を企んでるのか?』

 ディノスにとってヒューマは知能の高い家畜も同じだ。それがコンバットのレプリカンを多用する理由だろう。テレス星団の四惑星は惑星ガイアから入植したヒューマンが開拓した我々の惑星だ。ディノスに支配させない・・・。

 ジョーはそう思った。


 オラールが捕獲について説明する。

「旧テレス連邦共和国のヒューマは、帝国政府の者たちがディノスである事も、ヒューマを駆逐しようとしている事も知らない。

 帝国政府のディノスは、我々のレプリカンを製造して、旧テレス連邦共和国のヒューマを反体制分子として捕獲しようとしている。理由は何でもいい。捕獲処理したいだけだ」


「処理とは何だ?」

 捕獲されたヒューマがどうなるか想像できたが、ジョーはあえて訊いた。

「様々な用途がある。直接、食用にはしない。加工する」

 オラールが苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべた。


 オラールのディノスへの怒りを感じて、ジョーは沈黙した。

 オラールはこれまでの経緯を説明した。

「我々の艦隊は、反体制分子捕獲目的で惑星カプラムに駐留するように派遣された。

 艦隊の兵士は全員がカプラムだ。我々が反体制分子を捕獲しなければ、帝国政府は我々を反体制分子とみなして、我々と惑星カプラムを攻撃するだろう」


 ジョーはオラールの記憶と思考を読んだ。説明に嘘は無さそうだ。

「オラールと呼ばせてもらう・・・。

 オラールは、なぜ、ディノスの政権に尻尾をふる?」

 オラールは鋭い視線をジョーに向けた。

「私は帝国軍警察の総司令官だ。私の配下に多くのカプラムがいる。守らねばならぬ」


 ジョーは、オラールの意識下で、高速運動量弾を被弾したスペースコロニー群が炸裂するのを感じた。

 オラールは部下のカプラムを守っても、惑星カプラムのカプラムを守る気は無いらしい。

「それなら、ディノス政権を倒せ。テレス星団の全ヒューマから尊敬されるぞ」


「ミラー司令官。軽々しく発言しないほ方がいい。我々は帝国政府の探査に筒抜けだ」

「オラールは帝国政府をディノス政権として話している。私と同じ考えなのが明白だ。

〈タイタン〉がこの宙域を多重位相反転シールドしたから、そう話すのだろう」


 オラールはジョーに思考を読まれているのを感じて、堅苦しい態度を崩した。

「その通りだ、ミラー司令官。君に妙な駆け引きは無用だった。

 ディノス政権を倒すために、我々に協力しないか?」

「協力はいいが、捕獲は拒否する」


 オラールはジョーの左右、キティーとクラリスに笑顔を向けた。


 ジョーはオラールの思考を読んだ。

 オラールは〈ドレッドJ〉のレプリカとクルーのレプリカンを反体制分子に仕立てて、帝国軍警察の総司令官として返り咲く気でいる。

「捕獲はしない。〈ドレッドJ〉クルーとアシュロネーヤの全員に協力して欲しいのだ」

 オラールはジョーに思考を読まれているのを知りながら、ぬけぬけとそう言った。


 ジョーはオラールの思考変化を探った。

「部下を守るためだけか?テレス連邦共和国を再建するんじゃないのか?」

「私の部下が先だ。帝国に帝国軍警察亜空間転移警護艦隊を掃討されれば、共和国再建が遠のく」

 分かりきったことを質問するな、とオラールの思考が傲慢な意識に包まれている。


「なるほど、物事には順序があるか・・・」

 オラールの思考を読むにつれて、ジョーは背中を締めつけられるような不快感に襲われた。オラールはテレス帝国軍総司令官になろうしている。そのために、我々のレプリカンを利用する気だ。我々がオラールを利用する方法はないのか?


『今は、我々の遺伝子情報を与えて、オラールを退散させましょう。アシュロネーヤの遺伝子情報を渡す事と対策は、アントニオと相談せねばなりません。今後の事です』

 クラリスは〈タイタン〉の巨大なレールガン攻撃を懸念している。〈ドレッドJ〉やスペースコロニー・アポロン群やアシュロン商会の商業宇宙艦が高速運動量弾を被弾すれば跡形なく大破してクルーは全滅する。惑星は核攻撃以上の被害を受ける。

『わかった。遺伝子情報を渡そう』


「情報提供しよう。オラールの計画を説明してくれ」

 ジョーは笑顔でそう言った。隣席でキティーが浮かぬ顔をしている。

「では、計画を説明しよう」

 オラールの言葉とともに、司令室に計画の3D映像が現れた。オラールはテレス帝国軍内の勢力争いについて説明した。


「反体制分子勢力だけでは、テレス連邦共和国を再建できない。帝国軍組織を壊滅するために、軍警察の私の力が必要になるはずだ。

〈ドレッドJ〉は惑星カプラムの亜空間転移警護艦隊を壊滅しろ。艦隊が壊滅すれば、皇帝は亜空間転移警護艦隊は警護能力が無いと判断して、スキップリングの再建に帝国軍を派遣する。軍を掌握しているロドス防衛大臣はこの機に乗じて私を排除し、帝国軍警察を掌握する気だ。

 ロドスは皇帝の指示で動いている。皇帝はテレス星団の分散統治を軍事勢力で強行しようとしている。

 帝国軍艦隊が惑星カプラムに進攻したら、探査巡航戦艦〈ソード〉を壊滅したように、帝国軍艦隊を亜空間内で壊滅しろ。 

 我々は帝国軍を壊滅して、各惑星に民主的な政府を樹立する・・・」

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