九 臨戦態勢

 ガイア歴、二八〇九年、八月。

 オリオン渦状腕外縁部、テレス星団カプラム星系、惑星カプラム、静止軌道上。

 商業宇宙戦艦〈ドレッドJ〉。

 スペースコロニー・アポロン2000-1。



 テレス星団の商業宇宙艦は、亜空間スキップドライブ搭載を許可されていない。

〈ドレッドJ〉は時空間スキップドライブを搭載しているが、建前を装って、惑星カプラムの惑星ラグランジュポイントにあるスキップリングを通過した。


 現在。

〈ドレッドJ〉は惑星カプラムの静止軌道上の、スペースコロニー・アポロン群の一つアポロン2000-1に接近し、二十キロメートルほどの距離を保ったまま、惑星カプラムの静止軌道上にいる。 


 ジョーが〈ドレッドJ〉の司令室のコントロールポッドからクラリスに精神波で伝える。

『コロニーのドックに異状はないか?』

『シールドを維持したまま探査するわ』

『波動残渣も探査してくれ。亜空間転移警護艦隊がステルスで隠れている可能性がある』

 コントロールポッドに現れた4D映像を見て、ジョーはテレス帝国軍亜空間転移警護艦隊が惑星カプラムのスキップリングから意識記憶探査している可能性が高いと判断した。帝国軍警察亜空間転移警護艦隊がステルス状態を維持しても波動残渣を消滅できない。


『艦隊の波動残渣を捕捉した!

 現在の艦隊映像を表示するー』

 クラリスが5D座標とステルス解除処理した帝国軍警察亜空間転移警護艦隊の4D映像を表示した。

 現在、帝国軍警察亜空間転移警護艦隊はステルス状態で、アポロン2000-1の静止軌道からおよそ二百五十キロメートル外方から、アポロン2000-1を亜空間探査している。


 キティーの3D映像がコントロールポッドの隣席に現れた。

『キティー!心配しなくていいわ!コロニー用のロドニュウム鋼材を運んできただけよ』

 そう伝えるクラリスに続いて、ジョーが伝える。

『クラリスがコロニーのドックを0次元に変換している。

 艦隊はドックに衝突しない!』

 デコイが構成したドックは、クラリスによって0次元に変換されて、テレス帝国軍の管理AIユリアに伝えてある。

 テレス帝国軍の全艦艇のAIユリアは、クラリスによって0次元変換された空間を認識せず、この空間を除いた時空間を正常な時空間として認識して、艦艇に0次元の時空間を避けさせて航行させる。そのため、帝国軍警察亜空間転移警護艦隊のAIユリアによる亜空間探査でドックは発見できない。

 しかし、タイタン艦隊がドックの近くにいるのはなぜだ?

 

『艦隊はスキップリングにスキップした後、AIユリアを介さずに、旗艦〈タイタン〉を航行させたらしいわ。なんらかの方法で、オリジナルのオラールがこの時空間座標の異変に気づいて、ドックの時空間を綿密に亜空間探査したらしい・・・』

 クラリスがそう説明すると、突然、ジョーがキティー艦長長に命じた。


『キティー戦闘準備だ!』

『何だ!どうした?ジョー』

 突然の指令に、キティーが驚いている。

『クルー全員に、戦闘態勢を伝えろ!』

『了解、ジョー。

 緊急指令。

 全員戦闘態勢をとれ!

 全員戦闘態勢をとれ!』


『〈タイタン〉がステルス状態で探査してるんだ!

 単なる検閲探査ならステルス態勢はとらない。我々の出現を予想して、臨戦態勢をとってるんだ!』とジョー。

『しかし、話し合いの余地はあるだろう?』

 キティーは穏便に事を進めたい。


『話し合いは皆無だ。〈タイタン〉はステルス態勢で探査してる。〈ドレッドJ〉の船倉のロドニュウム鋼材を発見次第、我々を捕獲する気だ。

 キティー!二分後、艦の空気が抜かれる。戦闘態勢をとれ!』


〈ドレッドJ〉の艦体気密遮蔽が戦闘によって破戒されても、空気の噴き出しでクルーが艦外へ排出されないよう、緊急指令の二分後、全艦の空気が抜かれて、艦内は艦外空間と同様の大気状態になる。緊急指令後、全クルーは一分以内に戦闘気密バトルスーツとバトルアーマーを装着しなければならない。


『鋼材を探知された可能性は?』とキティー。

『〈ドレッドJ〉の船倉とコロニー群のドックは、全て0次元に変換してあるわ。

〈ドレッドJ〉とコロニー群の多重位相反転シールド上にも、次元変換を施してあるから、AIユリアに、探知されないわ』

 クラリスは先を見越し手段を講じている。


『それなら、戦闘にはならないだろう』

 キティーは可能な限り戦闘を避けたい。

『キティー!早くアーマーを装着しろ!

 クラリス!〈タイタン〉は?』

 キティーはバトルスーツを装着しているがバトルアーマーを装着していない。


『次元変換した時空間を探査してる。

 緊急警告!

〈タイタン〉が高速運動量弾を装填した!

〈タイタン〉が高速運動量弾を装填した!』

 キティー、戦闘態勢をとりなさい!』

 クラリスが警告を発した。〈


 4D映像で〈タイタン〉の巨大砲台がアップになった。

 キティーがバトルアーマーを装着しながら訊く。

『この砲台は何だ?』 

『巨大レールガンです!

〈タイタン〉のレールガンに大質量の砲弾が装填された!』

 クラリスが答えてクルーに緊急警告する。

『二十秒後に、本艦の空気を抜く!

 二十秒後に、本艦の空気を抜く!

 空気抜きに備えろ!

 空気抜きに備えろ!』


 レールガンの高速運動量弾は秒速一千キロメートルに達する。〈ドレッドJ〉と〈タイタン〉の距離は約二百五十キロメートル。発射されれば〇.二五秒で〈ドレッドJ〉に着弾する。ドックを0次元変換したアポロン2000-1も〈タイタン〉から約二百五十キロメートルの位置にいる。〈ドレッドJ〉もアポロン2000-1も守らねばならない。


『弾頭質量は一トン!ロドニュウムだ!』

 ロドニュウムの高速運動量弾が戦艦に着弾すると、その全運動量が解放されて、弾頭と艦体隔壁を高速高熱のプラズマに変化させる。発生したプラズマは、さらに艦体を高速高熱のプラズマに変えながら艦体を貫いて、艦体外部空間へ高速で突き進む。

 仮に〈タイタン〉と〈ドレッドJ〉とアポロン2000-1が一直線上にいれば、ロドニュウムの高速運動量弾の直撃で〈ドレッドJ〉は高速高熱のプラズマと化し、確実にアポロン2000-1を襲う。


『キティー!スペースコロニーを守るぞ!

 艦首を〈タイタン〉に向けたまま、ゆっくり静止軌道外部へ移動してくれ!』

 スペースコロニーには、多くの〈ドレッドJ〉の親族が居住している。

『了解!

 艦首を〈タイタン〉に向けたまま、右舷、静止軌道外部へ微速移動!』

 キティーは航宙士に指示した。


 平常時〈ドレッドJ〉をコントロールするのはクラリスだ。キティーは〈ドレッドJ〉の航宙計画をクラリスに実行させて、航宙士が航行確認する。

 今、ジョーはキティーに航行指示して操船させ、クラリスの全コントロール機能を、タイタン艦隊との戦闘に備えさせている。


『クラリス!船倉とドックの次元変換を維持したまま〈ドレッドJ〉とコロニーのシールドを解除して、エネルギーを兵器へまわせ!』

 多重位相反転シールドは、レーザー、粒子ビーム、ミサイル誘爆システムなど、電子物理学を基礎とする兵器に効果を発揮するが、高速運動量弾のような古典力学を基礎とする兵器には効果が無い。


『了解した!』

 クラリスは〈ドレッドJ〉の多重位相反転シールドと、それに同期しているスペースコロニー群の多重位相反転シールドを解除した。〈ドレッドJ〉を守っているのは艦体ロドニュウム鋼の隔壁と外殻シールドだけだ。スペースコロニーはそれぞれ独自の外殻シールドと多重位相反転シールドを維持している。


〈ドレッドJ〉がアポロン2000-1から艦首を転じた。右舷方向へ微速移動している。

 4D映像の〈ドレッドJ〉前方からアポロン2000-1が左方へ去り、漆黒に見えていた宇宙空間に、ステルス解除した戦艦群が現れた。テレス帝国軍警察亜空間転移警護艦隊だ。

『艦隊がステルスとシールドを解除した!』とキティー。

『交渉する気だ・・・・』とジョー。

 4D映像が旗艦〈タイタン〉に急接近して、〈タイタン〉の司令室の4D映像に変った。

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