十一 ウィザード軍団

 グリーゼ歴、二八一五年、十二月八日。

 オリオン渦状腕外縁部、テレス星団フローラ星系、惑星ユング。

 ダルナ大陸、ダナル州、フォースバレーキャンプ。



「コンバット全員がニオブとはおそれいった!

 アシュロネーヤが勝てねえはずだ!」

 フォースバレーキャンプに入るなり、ジョーは大声で笑った。ジョーは白いスーツに身を包み、サングラス端末をかけている。

 ジョーの背後に、ジョーより頭二つ分背が低い軍人が十名いる。ジョーの背後のウィスカー・オラール中将を除き、九名は胸と襟と肩と袖を階級章で飾りたてた軍服姿だ。


「こっちに来てくれ」

 マリーがジョーにフォースバレーキャンプの地階を示した。マリーの精神思考域に小さな赤い点滅が現れた。マリーはトルクンのPeJに意識を向けた。

『どうする?PeJ!』

『なんとかなるよ』

 トルクンのPeJが、マリーのバトルアーマーの内ポケットから精神波でそう伝えた。


 マリーは緊張してる・・・。トルクンはあいかわらずのんきだ・・・。

『どうってことはねえさ。トルクンの思うようになるさ』

 ジョーは不敵な笑みを浮かべて、PeJにそう伝えた。



 エレベーターで地階へ降りた。地階はアシュロンキャニオンの岩壁をくり抜いて造られた、ホールや会議室が並ぶ階で、アシュロンキャニオンを一望するオフィスの一郭のように見える。


 全員が大きな楕円形テーブルがある会議ホールに入った。ホールの壁とアシュロンキャニオンを一望する大窓のあいだに、楕円形のテーブルが設置されている。

 ジョーはマリーの指示に従い、マリーの隣り、壁を背にした大窓を見る楕円テーブルの右隅の席に着いた。中央と左にコンバットたちが席に着いている。


 オラールと九名の軍人は大窓を背にした席に着いた。軍人たちの中央にいるオラールがテーブルに軍帽を置いた。金髪を全て後部へ撫でつけた碧眼のオラールの顔に髭はない。


『J、気を抜かないんだよ!』

 トルクンのPeJが、マリーのバトルアーマーの内ポケットで小刻みに震えている。

『わかってる』

 マリーがそう精神思考した。



「私はテレス帝国軍総司令官ウィスカー・オラール元帥だ。

 オリオン国家連邦共和国代表の総統で、戦艦〈オリオン〉の提督Jは君かね?」

 オラールが、テーブルの向いに座っているカールに訊いた。


 テレス帝国は壊滅してテレス帝国軍は存在しない。中将も元帥も過去の遺物だ。それに、オラールは単なる中将だ。正式な元帥に任じられていない。みずからテレス帝国軍総司令官ウィスカー・オラール元帥と名乗るとは、とんだでもないアホウのウヌボレだ・・・。

 ジョーはそう思った。 


「俺はコンバット指揮官カール・ヘクターだ」

カールはそう答えて口を閉ざした。元帥は軍における敬称だ。その敬称で自己紹介するウヌボレはいない・・・。

 マリーも呆れたようにカールの考えに賛同した。

 ジョーはカールとマリーの思いを感じた。


「では、君か?」

 オラールがそう言ってデビッドを見ている。

 ジョーは、バカな事を訊くんじゃないと精神思考しているマリーを感じた。

 コンバット全員がバトルスーツとアーマーを身に着けている。視覚で年齢を想像できるのは顔だけだ。オラールは、オリオン国家連邦共和国代表の〈オリオン〉提督・総統Jがオラールと同年齢だと思いこんで、顔から年齢を判断しようと考えている。


「私はデビッド・ダンテだ」

 デビッドが気さくに挨拶して、俺ならこんなバカな質問はしない、マリーが呆れるはずだと思っている。


 マリーは精神波でオラールの思考を探査した。

 ジョーは、オラールがカプラムだと説明した。ジョーが私の精神思考を読んだように、オラールもコンバットの精神思考を読めると思ったが、オラールは意識思考(思念)しか読めないらしい・・・。

 さすがにマリーの洞察は鋭いとジョーは感じた。


「まさか、君ではないだろな?」

 オラールがマリーに視線を向けた。


 オラールがフォースバレーキャンプに現れた時から、マリーが全て指示している。誰が見ても総指揮官はマリーと判断できるが、オラールはそれがわからないらしい。

 オラールはとんだもないアホウだとジョーは感じた。


「私はマリー・ゴールドだ。このキャンプの総指揮官だ!

 私は、戦艦〈オリオン〉の提督J、すなわちオリオン共和国代表の総統Jだ!」

 マリーは臆さずにそう言った。


 ジョーは、オラールの表情がどう変るか楽しみだった。


 オラールはフンと鼻息を吐いて、余裕のにやけた表情で傲慢に言う。

「よかろう。では和平協定に調印しよう。協定の書面を出してくれ」

オラールは総統Jが女のマリーだと見くびっている。


「和平協定書も平和協定書もここには無い!。

 我々の占領下にある惑星のお前が、何を偉そうに和平だの平和だの言ってるんだ!?

 我々と対等の立場にあると思っているのか!?」

 マリーはオラールを一喝した。


 ジョーが思ったとおり、マリーの言葉に、オラールの顔から余裕の表情が消えた。端正なクールの容貌がいっきにカプラムらしい青緑がかった怒りの表情に変ったが、怒りを必死に押さえている。

「確かにその通りだ。

 惑星テスロンを原始時代に戻したのは、惑星ユングとカプラムとヨルハンに対する見せしめなのは理解している。

 だからと言って、これら三惑星がオリオン国家連邦共和国の占領下にあるとは言えないだろう?」

 オラールは怒りを抑えているが、話す内容は傲慢そのものでしかない。


 オラールの言葉とともに、マリーの精神思考域に現れている小さな赤い点滅が、大きく、そして速く点滅した。

「そこまで言うなら、惑星ユングも原始時代に戻そう」

 マリーが笑みを浮かべて指を鳴らした。


 

 一瞬、会議ホールが静寂に包まれた。アトラス・オラール中佐がオラールに顔を寄せて耳打ちした。

 オラール中佐が離れると、オラールは顔を引きつらせたまま、腰のガンベルトから流線型の分子破壊銃を抜いた。両隣りにいる軍人たちもオラールと同じ銃を構えている。


「惑星ユングのテクノロジーが壊滅した!残っているのはここだけらしい!。

 我々カプラムはニオブのニューロイドやトムソに支配されない!」

 オラールと軍人たちがトリガーを引いた。

 同時に、銃から放たれたビームを反射して、オラールたちを包囲している多重位相反転シールドが、眩く浮きあがった。

 オラールたちの身体は多重位相反転シールドの反射ビームを浴びて、シールド内で一瞬に収縮し、砂を崩すように細かな塵になって、昇華するように消えた。その瞬間、各シールド内に猛禽類が淡い光となって白く発光して現れて、すぐさま消えた。


「クラリックが精神共棲してたカプルコンドラだ。

 クラリックはオラールとカプラムをネオロイドにしていた。

 これで、テレス星団にいた全てのクラリックが消滅したぜ」

 ジョーが吐き捨てるようにそう言った。

 カプルコンドラは、惑星カプラム最強の猛禽類、空飛ぶ屠殺屋と呼ばれている。


「どういうことだ?」

 デビッドが不審な表情でジョーを見ている。

「そんな妙な目で見ないでくれ。

 最初から和平協定は存在しないんだ。その事をマリーも承知してた。

 オラールは、レベルCL1のクラリック階級アーク位、アーク・サイファーだった。

 部下はCL2とCL3のビショップ位とプリースト位だった。

 その事はトルクンのクラリック・スキャンで確認してた。

 なあ、トルクン」


 ジョーの呼びかけに、PeJがマリーのバトルアーマーのポケットから出てきて、マリーの肩に乗った。

「そうだよ!クラリック・スキャンの身体放射波を、みんなに伝えたよ。赤い点滅で」

 PeJが伝えたクラリック・スキャンの結果に気づいたのは、マリーとジョーとカールだけだった。他のコンバットは気づいていなかった。


「さて、トルクン。世話になったな。

 ディノスからテレス星団を守れた。安心してテレス連邦共和国を再建できる。

 みんな、ありがとうな」

 ジョーはホールに反響する低い声で言って、感謝の思いを精神思考で伝えた。


「心配するな。マリー。

 特殊精神思考できるのはオレだけだ。一人ではウィザード軍団は作れない。

 それともウィザード軍団作りに協力するか?」

 ジョーは大声で笑った。


『私はニオブのニューロイドでヒューマンだ。単なるヒューマじゃない。

 私にだって好みはある。

 二メートルもあるカプラムのブラックウィザードは趣味じゃない』

 マリーはそう精神思考した。


「ウワッハハッ!ブラックじゃねえよ。グリーンブラウンだ。

 オレの先祖は惑星ガイアからテレス星団に入植したヒューマだ。カプラムもヒューマさ。

 また連絡する。こんどは惑星カプラムで朝飯に付き合ってくれ。

 アンタといると食欲が湧く。アンタとなら、いいチームになれる」

 ジョーはそう言って、会議ホールからスキップ(時空間転移)して消えた。


(Ⅹ Paralle lUniverse② テレス連邦共和国 了)

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