十九 始動

 二〇八〇年十二月二十日、金曜、ティカル八時。

 地球防衛軍ティカル駐留軍基地にある情報管理室内の円形に配置されたコントロールポッドのバーチャルディスプレイに、冬至を過ぎたシベリアの大地が現れた。暗く凍てつく白い大地に、中央に膨らみがある長さ数十メートルの棒状物体が建っている。情報収集衛星が捕捉した、奇妙な物体の側面映像だ。


「物体の平面映像を捕捉して3D化する!」

 情報収集衛星を管理するコントロールポッドで、ソミカはバーチャルディスプレイに手を触れて操作した。

 六機の情報収集衛星が捕捉した映像とデーターが情報管理室のプロミドンシステムで集中管理され

て、各コントロールポッドのバーチャルディスプレイと円形に配置されたコントロールポッド群中央空間に、3D映像化されて物体の平面映像が現れた。


「平面映像を補足した。側面映像と同期する・・・」

 室内空間に投影された3D映像は、半分が地中に埋もれて縦にした円盤状だ。情報収集衛星の探査ビームから判明した外装の構成物質はコンクリートで、色彩は周囲の雪の白である。

 ソミカは3D映像を見て、ニオブの円盤型小型偵察艦と気づいた。大洋に浮かぶオウム貝のように、縦に向きを変えて地上に機体の半分を埋没させた着陸態勢だ。

「カムト!

 シベリアに、ホイヘンスの偵察艦が現れた。どうする?コンクリートに似せて塗装してる。見え見えのカモフラージュだ」

 ソミカは声に出してカムトに精神波を送った。


 総指揮官カムトは、各部隊指揮官アリー、ミラ、ジョリーと共に、ラビシャン教授たちと生体研究室に居る。

『了解。こっちのディスプレイで確認する・・・。

 スカル、円盤型小型偵察艦が何処へ行くか、追尾してくれ』


「了解・・・」

 スカルはパラボーラを管理するコントロールポッドで、パラボーラの探査ビームを使って戦艦〈ホイヘンス〉を監視している。全七基のパラボーラを一括コントロールするバーチャルディスプレイに、三基のパラボーラが補足した戦艦〈ホイヘンス〉のそれぞれの映像が現れている。スカルの操作で、戦艦〈ホイヘンス〉の映像や他の映像の他に、雪の大地に埋もれた円盤型小型偵察艦の二方向からの映像が現れた。



 新たな円盤型小型偵察艦が、ソミカが管理するディスプレイに現れた。シベリアを捕捉した情報収集衛星からの映像だ。

 スカルのディスプレイにも、白い円盤型小型偵察艦が地を這うように現れた。縦になって着陸している偵察艦付近の空中に停止して、ゆっくり機体の向きを垂直にすると、そのまま滞空している。パラボーラが捕捉した新たな円盤型小型偵察艦だ

「兄さん、新しい偵察艦が現れた・・・」

 スカルは声に出してカムトへ状況報告の精神波を送った。


 着陸していた偵察艦が静かに浮き上がった。大洋を移動するオウム貝の如く、這うように北へ移動した。

「着陸していた偵察艦が北へ移動する・・・」

 スカルはただちにパラボーラの探査ビームで追尾して映像化した。進路は北極である。

 新たに現れた偵察艦は静かに降下して、それまでそこに居たかのように大地に居座った。

「新しいのが、今までの場所に居座った・・・」とソミカ。


 スカルのコントロールポッドから警告音が響いた。バーチャルディスプレイ上で、戦艦〈ホイヘンス〉の静止衛星軌道を示す数値が増加している。スカルは戦艦〈ホイヘンス〉の軌道を3D映像化して情報管理室の空間に投影した。戦艦〈ホイヘンス〉を示す輝点が三万六千キロメートル上空の静止衛星軌道から遠ざかって、それまでの軌道上に小型物体を示す小さな輝点が残されている。


「戦艦〈ホイヘンス〉が軌道に何かを残して遠ざかってる」とスカル

『了解した。そっちへ行くよ・・・。残った物の大きさは?』とカムト。

 スカルは小型物体をバーチャルディスプレイに拡大した。

「三メートルくらいの球状。〈S1〉や〈V1〉のコントロールポッドに似てる・・・。

 脱出ポッドだ!誰かが戦艦ホイヘンスからコントロールポッドで脱出した!」


 戦艦〈ホイヘンス〉や〈スゥープナ〉など副艦のコントロールポッドはニオブの偵察艦と同様に、宇宙線を通さないよう常時シールドされて脱出ポッドを兼ねている。本来、ニオブのヘリオス艦隊は精神生命体ニオブ用で艦艇の大きさは問題ではない。

 一方、ホイヘンスの宇宙艦隊は人間用に作られたレプリカだ。ポッドの大きさにしろ人間の形態が艦体の構成要素になっている。


 ポッドが動き始めた。周回軌道を取って高度を減少させている。

「周回軌道を取った。着陸するらしい」

 スカルは言葉と精神波で情報管理室内とカムトに伝えた。

「情報収集衛星と衝突する可能性がある」

 ソミカは情報管理室とカムトに言葉と精神波で伝えた。情報収集衛星の通常軌道高度は五百から六百キロメートル。衝突する可能性もある。

『スカル、ポッドの飛行経路を調べてくれ!』

「了解!」

 スカルは捕捉したポッドの飛行経路から、コントロールシステムに軌道計算させた。

 カムト、何してる?なぜ情報管理室に現れない・・・。


 ディスプレイに予測軌道が現れた。

「偵察衛星には衝突しない!」

 スカルはソミカとカムト伝えた。

『了解。もうすぐ着くよ・・・』

 カムトがそう伝えてきた。


 情報管理室のドアが開いた。

「ポッドはどうなった?」

 カムトの背後に、アリー、ミラ、ジョリーの各部隊指揮官と、バレル、ガル、レグ、ザック、マックス、バレリ、ミカ、ノバが居る。


 大気圏突入直前、ポッドが逆噴射して減速した。格納している翼を開いて大気圏を滑空している。

「減速してる。このままなら優性保護財団に行く・・・。

 戦艦〈ホイヘンス〉が静止衛星軌道から遠ざかってる・・・」とスカル。

「偵察艦は?」

「北極点へ向ってる」

「偵察艦とポッドを思考記憶探査できないか?」

 どちらも防御エネルギーフィールドでシールドされている。

「俺が探ってみる」


 ガルは戦艦〈ホイヘンス〉のクルーの思考を識別できる。これが精神波を伸ばす媒体になる。ガルは精神波をポッドと偵察艦へ送り、搭乗者の思考記憶を探査した。


 ポッドにはシンデイーとリンレイが搭乗していた。思考記憶管理システムで条件付き記憶覚醒処理されたらしく、二人は財団で火災事故に遭遇して、脱出用の気密洗浄室に居ると思っている。ホイヘンスに関する記憶は何も無い。記憶復元は不可能だ。

 偵察艦のクルーに寄れば、ホイヘンスはテーブルマウンテンで見つけたニオブの偵察艦からヘリオス艦隊とプロミドンを知ったが、ヘリオス艦隊の所在も、プロミドンの機能も知らない。プロミドンが超弩級の兵器だと思っている。

 偵察艦には財団の警備員と家族が居た。ホイヘンスと警備員は月の北極の陰の側に着陸した戦艦〈ホイヘンス〉へ家族と共に移住して、戦艦〈ホイヘンス〉に保存されたトムソの記憶データーを解析してヘリオス艦隊とプロミドンを探すつもりだ。


「まずいな・・・」

 遠ざかる戦艦〈ホイヘンス〉の3D映像を見て、カムトが呟いている。

「どうして?」とソミカ。

「月の地下深くにヘリオス艦隊が埋もれてる。艦隊の一部はクラリック階級に奪われて、惑星アーズに埋もれた・・・」

「えっ?全てがわかったの?」

「ああ、プロミドンの機能を除いて、解析が終ったよ」


 ニオブのヘリオス艦隊は母艦である大司令艦〈ガヴィオン〉を中心に、回収攻撃艦〈スゥープナ〉一隻、攻撃艦〈ニフト〉一隻、突撃攻撃艦〈フォークナ〉四隻の計六隻の副艦と、搬送艦百六十隻、小型偵察艦二十隻、各艦体規模に応じた数の小型攻撃艇から構成され、全艦がプロミドンコントロールシステムによるプロミドン推進システムを搭載している。

 それらのうち、クラリックがヘリオス艦隊から奪った副艦の〈フォークナ〉三隻と搬送艦十六隻は火星にあるが、艦隊の大半が月の北極の地下深くに格納されている。地球に残された円盤型小型偵察艦は六隻。すでに二隻が発見されたが、四隻は何処にあるか不明だ。

 プロミドンは、へリオス艦隊の大司令艦〈ガヴィオン〉と六隻の副艦にそれぞれ一基ずつ搭載されている。アマラス恒星系のニオブの惑星ロシモントからは一基ずつが直接、地球と火星に転送された。そして、全艦にプロミドンシステムが備えられている。


「・・・地球のプロミドンは?」

 スカルはカムトに訊いた。

「ここだ」

 カムトは親指で床を示した。

「この下?」

 スカルは目を見開いて訊き直した。

「この真下だ。一辺が百メートル以上あるピラミッドを底面で二基を合わせた、八面体の構造物がこの下に埋もれてる」


 過去、地球のプロミドンを操作するコントローラーが、カムトの祖父母、つまり大隅宏治の父母、田村省吾と理惠の元に存在した。クラリックがコントローラーの奪取と破壊を試みて失敗したものの、コントローラーは宏治の父母と宏治の双子の姉、耀子と共に行方不明になった。そのため、現在、プロミドンはコントロール不能だ。

 太古、精神生命体ニオブのクラリック階級はヘリオス艦隊から副艦である突撃攻撃艦〈フォークナ〉三隻と搬送艦十六隻を奪った。〈フォークナ〉から火星のプロミドンをコントロールしたが、その方法は不明だ。


「ホイヘンスが、私たちより先に〈ガヴィオン〉を見つけたら、我々が潰滅する!」

 ソミカが緊張している。

「兄さん、そうなの?」

 スカルはカムトを見た。

「ホイヘンスは早々に動けない・・・」


 ホイヘンスがトムソのテロメアの分子記憶を解読するには時間がかかる。トムソのテロメアには、クラリックがプロミドンを使っても、火星をテラフォーミングできなかった分子記憶があった。火星に移住できないと知れば、ホイヘンスはヘリオス艦隊を発見して地球のプロミドンを使い、我々を攻撃するだろう。

 我々が許可されるのは時空の維持管理だ。ホイヘンスの抹殺は我々の精神に反する。

 そう思いながらカムトが訊く。

「ホイヘンスの偵察艦が何処から来たか、偵察艦の波動残渣を追えるか?」


「探査してみるよ」

 ソミカは、情報収集衛星の探査システムを切り換えた。

 偵察艦が移動した波動残渣が輝線となってディスプレイに現れた。偵察艦が発進したのはバンコクの北にあるの白亜のコンドミニアムだ。ここは優性保護財団警備部職員の住居で、所有者はコーリー・ホイヘンス。建物中央に巨大格納庫があり、偵察艦はここから発進していた。今は厳重にシールドされて、建物自体の探査はできない。


「スカル。パラボーラで、戦艦〈ホイヘンス〉と偵察艦を追尾してくれ。戦艦〈ホイヘンス〉がどれくらいで月に到着するか調べてくれ!」

「了解!・・・」

 スカルはコントロールシステムに計算させた。

「静止衛星速度で軌道から遠ざかってる。このままなら三十四時間で月に到達するよ」

「急いでアダムに、ホイヘンスを逮捕しにゆくと知らせてくれ!」

「わかった!」

 スカルに笑みが浮かんだ。スカルは、太陽エネルギーを変換したパラボーラのマイクロ波に、スカル自身の精神波を搬送させてアダムへ送った。

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