十五 洋田内閣成立 クラリックのクーデターか?
省吾は驚いたまま、テレビをナビゲーターに切り換えた。
「先生が書いたとおりになってる!やっぱり先生が世の中を変えるんだ!モールに着いたらモールのディスプレイを見ようよ!ワクワクするわ!」
理恵は眼を輝かせて興奮している。省吾は、書いた日記全てを理恵に見せている。
雨が降りだした。ショッピングモールにヴィークルは少なく、理恵はエコヴィークルをモールの近くに停めた。理恵がヴィークルから降りようとすると、四台の白いボックスヴィークルが周囲に停止した。左右のボックスヴィークルから、サングラスをかけたスーツの男四人が降りて、ドアガラスを下げるよう仕草で示している。ビジネス用に似せているが靴は戦闘用のブーツだ。
理恵はわずかに窓ガラスを下げた。
「エンジンを止めて、貴重品を持って車から出てください」
雨に濡れた男の手に銃が見えた。
「省吾、クラリックだ。逃げよう」
理恵は省吾にそう呟き、キイに手をかけて眼でエコヴィークルの後方を示した。背後に停止したボックスヴィークルと距離があり、小さなエコヴィークルはバックで逃げられそうだ。省吾は小さく頷いた。
どしゃ降りの雷雨になった。
一瞬に理恵の右指がキイからハンドルへ動き、左手がレバーをオートからマニュアルに切り換えた。エコヴィークルはバックで急発進し、男を跳ね飛ばして左回りにスリップターンし、左側のボックスヴィークルの背後を走り抜けた。
エコヴィークルが雷雨のポートを出口へ走った。四台のボックスヴィークルが水しぶきを上げてエコヴィークルを追い、窓から発砲する。
その時、ポートの出口付近から、二台の黒い大型ワゴンヴィークルが急発進して発砲した。出口へ走るエコヴィークルと、追いかける四台のボックスヴィークルの間に、二台の大型ワゴンが割りこんだ。進路を断たれた四台のボックスヴィークルは雨で滑り、二台のワゴンの側面に激突し、銃撃戦になった。
エコヴィークルがポートら出た。
「あいつら、何なのっ?クラリックって何?」
理恵は叫びながらルームミラーを見た。黒い大型ワゴンから、銃器で武装した紺の制服の男たちが降り、ボックスヴィークルからスーツの男たちを引き出している。
『私が理恵を通して、クラリックと言ったからだ。クラリックの事は話すな』
マリオンの声が省吾の意識に響いた。
省吾がマリオンに即答して理惠に言う。
「『了解!』えっ?わからない・・・」
「先生、私たちが捕まるのを日記に書いたの?クラリックって何?あいつらなの?」
「いや、そんな事は、書いてない」
省吾はナビゲーターをテレビに切り換えた。
《緊急ニュースをくりかえします。洋田副総理が総理になりました。
山田総理が緊急入院しました。
病院の発表によれば、山田総理は脳梗塞のため、長期入院が必要です。
これにより、洋田副総理が総理になりました。緊急内閣改造により、各省庁の大臣が大幅に変更になり・・・》
「これって、クーデターじゃないの?」と理惠。
「ちょっと待ってくれ・・・」
省吾は理恵にも聞こえるように、スカウター端末を外部通信にして装着し、省吾の担当
の、出版社の木村へ連絡した。
「クーデターじゃありませんよ。警察も自衛隊も動いてませんでしたからね。
新内閣発足のニュースが後になりましたが、事実は、山田総理の入院で副総理の洋田が総理になり、総理が法案を提出して両院で可決成立し、内閣改造をして新体制の内閣が誕生したんです。
改造後の事態が速く進んだのは、これまでの実態を調査し、迅速に法律を施行する旨を議案に入れてあったためです。
これで各省庁が大きく構造改革されて手続きが簡略化され、縦割り行政が横へ繋がるようですよ」
「今、ショッピングモールで銃を持った不審な男たちに、警察の任意同行のような扱いを受けそうになったが、逃げてきた・・・。新組織の、検警特捜局かも知れない」
省吾は咄嗟にそう言って佐伯刑事を思いだした。検警特捜局は検察警察特別行動捜査局の事だ。省吾は旧N県警に協力していた。タブレットパソコンで政治批判を書いただけで検警特捜局に追われはしない。やはり男たちはクラリックなのか?
「それで、先生は今どこにいるんです?」
「ヴィークルで帰る途中だ。どこかで食料品を買って帰る予定だが、このまま家に居たら危険だな」
「だいじょうぶですよ。家に居てください。政府の状況を調べて今井から連絡させます。必ず家に居てください。今回の内閣改造で忙しくなりそうなんです・・・。
お願いしてる原稿を急いでもらえませんか?
外乱や雑音が入らない自宅が一番安全でしょう。
できれば、出かけずに自宅で執筆してください。
もし出かけても、連絡を取れる所に居てください」
「了解した。自宅は危険だから、K町の元妻の実家の別荘へ行くよ」
「わかりました。別荘へ着いた頃に連絡します。二時間くらいで着きますね?」
「買い物があるから、三時間くらいかな」
「わかりました」
通信が切れた。
すぐさま省吾はスカウターで、元妻の別荘を確認した。別荘を管理する警備会社は、セキュリティ設備に不備が生じて保安確認ができない、と言ってきた。
「俺が元妻の別荘を使えないのに、もう、誰かが別荘に侵入してる」
「じゃあ、なぜ木村さんに話したの?」
理恵はヴィークルを走らせながらそう言った。
「出版社の安全を確認した」
「安全なの?」
「危険だ。木村に話しただけで誰かが別荘に侵入した。木村は、連絡の取れない所へ逃げろ、と言ってる・・・」
「木村さんは逆の事を言ったの?」
「木村は俺が他所では書けないのを知ってる。自宅で書くのが一番効率がいい。だから、あえて、自宅に居ろ、と言うのは、それなりに訳がある・・・。
さて、どうしよう・・・」
スカウターの発信は確認された。出版社の木村や今井にメールすれば、居所が知れる。タブレットパソコンは持ってきた・・・。これさえあれば、クラリックの思念波の影響を受けない、とマリオンが言ってた。
雷雲の下を抜け、雨が小降りになった。
エコヴィークルはK街道からW通りに入り、レーンが登りになった。登り切ると、下りレーンの右手前方に省吾の家が見えた。
家のポートに三台の街宣ヴィークルと二台の白いボックスヴィークルが停止して、右翼と思われる制服の男たちと、スーツの男たちがポートで争っている。
「先生っ、クラリックだ!大変だよ!」
理恵から芳しい香りと熱さとともに、マリオンの意識が伝わってきた。
『右の市道へ入って』
「右へ入って」
省吾はエコヴィークルを家の裏手の市道へ進めるように言って、理恵の頭に省吾の白いキャップを被せた。これで理恵のポニーテールが隠れる。省吾は車内にあったタオルを頭に巻いた。
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