十 フォースバレーキャンプ総司令官

 ガイア歴、二八一〇年、八月。

 オリオン渦状腕外縁部、テレス星団フローラ星系、惑星ユング。

 ダルナ大陸、ダナル州、フォースバレーキャンプ。



 リンレイ・スー軍事基地はフォースバレータウンから北へ十数キロメートルの距離にある。テレス帝国的にいえば十数キロレルグだ。


 午前。

「マリー・ゴールド太尉とリンレイ・スー軍をテレス帝国軍警察重武装戦闘コンバットに正式起用し、太尉を帝国軍警察フォースバレーキャンプ総司令官と総指揮官に任ずる。

 テレス帝国軍警察フォースバレーキャンプとして、リンレイ・スー軍事基地を貸与してくれたことに深く感謝する。これまで同様、フォースバレーキャンプの所有権はマリー・ゴールド太尉に帰属する」

 テレス帝国軍警察総司令官ダグラ・ヒューム大佐は、全ての証書のメモリーチップをマリーに渡した。


 マリーはメモリーチップを受けとって敬礼し、コンバットの兵列に戻ってヒュームに向きなおった。

「コンバット全員、敬礼!」

 マリー・ゴールドの指示で、全コンバットが敬礼した。

「解散!」

 コンバットは格納庫から解散した。


「式は終った。職務に就いてくれ。詳しくはAIユリアを通じて指示する」

 そう伝えて、ヒュームは総司令官専用ロータージェットステルス戦闘搬送ヴィークル〈イグシオン〉に搭乗した。護衛のロータージェットステルス戦闘ヴィークル〈ファルコン〉二十機に守られて、〈イグシオン〉は浮上し、格納庫の天井ドームを抜けて飛行した。


「帝国軍によるユリアの探査によれば、アシュロン商会の物流拠点に反体制分子が潜んでいる可能性がある。クラッシュの出所はここだろう。

 アシュロンだけでなく、ダナル大陸の商会支部と地域物流拠点を、情報収集衛星を使わずに、気づかれないよう捜査してくれ」

 ヒュームはテレス帝国軍ダナル基地へ帰投する〈イグシオン〉の機内から、3D映像通信回線を通じてマリーに指示した。


 ヒュームは情報収集衛星による探査を反体制分子が逆探査していないか気にしていた。

 テレス帝国軍ダナル基地があるダナルは、ダナル大陸中央にある都市で、首都アシュロンに次ぐ大きな都市だ。帝国軍の基地があるため、地域統治官はいない。

 ここにも地域物流の拠点、アシュロン商会の支部がある。

 アシュロン商会の物流拠点は、アシュロンの大通り南北五十一番街と最南端の小通り東西百一番街の交差地にある。



 午後。

 アシュロン商会物流拠点から東へ数百メートル離れた東西百一番街に、一般車両を模したPV(パトロールヴィークル)が停止した。


「酔ったふりをしろ。スペスティックを流せ」

 サングラスのメガネ端末をかけたマリーは隣席のカールに命じた。

 女のコンバットが相棒なら、女同士の話で監視時間を潰せるが、何かと共通点がない男はそうはいかない。ムジクを流すのもそのためだ。

 マリーはメガネ端末の機能を視覚探査から透視探査に切り換えて、3D映像を拡大した。

 この物流拠点がクラッシュの出所だと確定したわけではない。帝国軍警察総司令官ヒューム大佐の情報を確認しているだけだ。


「ユリア。ムジクを頼む。

 オレはスペスティックに興味はない。記憶しておいてくれ」

 カールはPVにムジクを依頼し、マリーのメガネ端末が捕捉した映像を、コンソールのバーチャルディスプレイで確認した。

 何ら変哲のない物流センターの倉庫で、ロボットが商品をコンテナに仕分けしている。

「ありふれた物流センターだ」とカール。


「あれが食肉だな。

 何だ、これは?」

 マリーはコンテナーに仕分けされる商品の透視映像を示した。

 食肉の冷凍パッケージが冷凍耐圧ケースの中で青みがかった液体に浸かっている。


 カールの態度が緊張に変った。

「食肉が浸かってる液体を分析できるか?」

「探査は禁じられてるが、探査しなけりゃ証拠もあがらない・・・」

 マリーはメガネ端末の透視フォーカスを冷凍耐圧ケースに合せて、物流センターの奥へケースの流れを逆に追った。


 物流センター内では、ケースに液体は注入されていなかった。

 食肉が詰まった冷凍耐圧ケースは、配達を終えた物流車両によって、外部から持ちこまれていた。


「エルドランはどうだ?」

 カールが訊く前に、マリーはエルドランの流れを追ったが、他の飲料同様に、アシュロン商会の物流車両がエルドランを運んでいるだけで、物流センターでエルドランに手を加えた痕跡はなかった。


「食肉に何かが混入されているのは確かだ。

 食肉の流れを溯ろう。

 どうした?」

 マリーはカールの表情が気になった。


「ロイのパブへ行こう。あそこはいつもアシュロン商会が食肉を卸している。

 物流車両を追うのに絶好だ」

 カールは、ロイの症状を緩和する方法がないか気にしていた。


 マリーはロイ・マメイドの店、パブ・マメイド行きの物流車両を、メガネ端末の透視フォーカスで探った。



 午後四時過ぎ。

 物流センターに出入りする物流車両が増えた。マリーのメガネ端末が、物流車両のコンテナ内の冷凍耐圧ケースを赤くスクエア表示して、音声で知らせた。

「パブ行きの車両が出てきた。ユリア、車両を追え」

 ユリアがムジクを消して、PVを発進させた。


 パブ・マメイドに着くと、マリーとカールはPVを降りて店内に入った。

 ふたりは混みあう店内でカウンターの椅子に腰かけて、

「いつものを二人分頼む」 

 とカールが言うと、ロイがエルドラン二つとステーキ二つをカウンターに置いた。

「やあ、カール。今日は上がりかい?」

「そうだ。どうした?いつもと違うな」

 今日のロイはエルドランを飲む以前のロイに戻っている。元気そうだ。


「ドクターに診てもらった。アルコール依存とケトン体依存と診断された。

 インジェクターを出してくれたよ。これさ」

 ロイはペン型の細長いカプセルをカウンターに置いた。

 内部にターキスブルーの液体が詰まった、透明ケースのインジェクターで、メモリが三十ほどあった。


「一日ひとメモリだ。これでアルコール依存にも、ケトン体依存にもならない」

「ドクターが説明したのか?」

 カールはエルドランを飲んだ。そしてステーキを口へ運んだ。マリーも同様にしている。

「指示どおりにしてる。気分がいいんだ」

 ロイはマリーについて何も言わなかった。カールが事前に、仕事上のパートナーが決ったと話してあったから、単なる私服警察官で、犯罪を取り締まっていると思っている。


「どこのドクターだ?オレも診てもらおう」

 カールは何気なくそう言った。

「オレに紹介されたと言ってシティーの一の百一を訪ねるといい。インジェクターを処方してくれる」

 南北一番街東西百一番街はアシュロン南西部だ。アシュロン商会の物流センターと同じ東西百一番街だ。


「診察料は?」

「一万だ。保険が利く。実際の支払いは二十五パーセントだ。ここの客も行ってる」

「ありがとう。憶えておくよ」

 カールとマリーはステーキを食い終えて、エルドランを飲み干した。

 カールは、うまかったと言って支払いをすませた。

 ロイは、またなと言ってマリーに会釈した。


 二人は店を出た。

「ドクターが先だ。戻ろう」

 マリーの指示で、カールはフォースバレータウンから十数キロメートル東のアシュロン南北一番街東西百一番街へPV走らせた。


 

 PVが南北一番街東西百一番街に着くと、クリニックの前に数十人の人だかりができていた。PVはステルスから一般車両への擬態まで外装を変化できる。今はごくありふれた大型の一般車両に擬態している。

「どうした?」

 マリーとともにPVを降りたカールは、ロック・クリニックの前で鉱山労働者らしい男に声をかけた。


 男が言う。

「いつも、この時間はフォースバレー鉱山の労働者で混むんだ。

 みんな過労で薬を欲しがってる。

 ホレ、アイツが持ってるインジェクターだ。良く効くんだが、高い」

「いくらだ?」とカール。

「一万クレジットだ。保険を使えばその二十五パーセントだ。診察かい?」

「ああ、そうだ。オレも疲れてな。穴掘りも楽じゃネエよ」

 カールはそう言った。職務上、潜入に備えてあらゆる記憶データーが耳裏の人口皮膚内のマイクロチップに用意されている。


「まったくだ。待つしかねえな」

 ああ、そうだな、と言ってカールはマリーとともに診察手続きして、待合室で診察を待った。


「あんた、新顔だな。ここの薬はよした方がいい。やめられなくなるぜ。

 保険が利くのは最初だけだ。

 三回目から保険が利かなくなる。あとは稼ぎを薬に注ぎこむハメになる」

 男が話していると、カールの名が呼ばれた。

「説明ありがとうよ。じゃあ、お先に」

 じゃあ、行ってくる、と言ってカールは診察室へ歩いた。


 マリーはそれとなく待合室を見た。

 待合室の人々に疲労が溢れていた。怪我人もいた。明らかに怪我の後遺症で手や足の動きが鈍っている者もいた。

 遺伝子による組織培養治療で支障部位を交換できるが、ここにいる者たちにそれだけの経済力が無いように思えた。みな非正規雇用の鉱山労働者だろう・・・。

 みんな!こんな薬物を使ったら、中毒になって生活に困るぞ!もっと現状を考えろ!どこかに解決の糸口があるはずだ!マリーはそんな思いで待合室の男たちを見た。

 正規雇用鉱山労働者の報酬は悪くない。正規労働者なら、月に三十万クレジット以上の収入がある。保険もある。遺伝子による組織培養治療は充分可能だ。



 ドクター・コンロンの診察が終った。

「薬を処方します。保険適用で二千五百クレジットです。

 一日に一回、ひと目盛をインジェクトしてください。

 それ以上は常習化しますから、してはいけません。

 体調が優れない場合は再診しましょう」

 緩和ケアなら外科治療や内科治療はしない。このドクターの説明は意を得ていた。

 カールは支払いをすませ、インジェクターを受けとって、マリーとともにクリニックを出た。



 クリニックを出たマリーとカールはPVに搭乗して、AIユリアに指示した。

「ユリア。キャンプへ戻る。大佐につなげ」

「了解しました。ヒューム大佐との3D映像通信回線をつなぎます」

 ヴィークルが発進した。バーチャルディスプレイからヒュームの3D映像が現れた。


「薬物分析してください・・・」

 マリーが入手経路を説明している間に、ユリアがインジェクターの内容物を分析して、結果を伝えた。

「高濃度の改変されたクラッシュ色素成分が検出されました。麻薬のクラッシュです」

「ドクターの逮捕を許可してください!」

「許可する!麻薬を撲滅してくれ!」

 そう指示して、ヒュームは回線を閉じた。


「逮捕部隊!ただちにアシュロン南北一番街東西百一番街のロック・クリニックを包囲しろ。ドクター・コンロンを逮捕する。

 全ヴィークルは五十メートル離れて待機しろ!地下レーダーで地下の移動経路も探れ!」

 カールがマリーの指示につけ加える。

「ドクターはカプラムだ!」

「カフェインとカプサイシンを用意しろ!絶対に口を割らせる!」

 マリーが苛立ちを押さえて命じた。

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