十一 市街戦
ガイア歴、二八一〇年、八月。
オリオン渦状腕外縁部、テレス星団フローラ星系、惑星ユング。
ダルナ大陸、ダナル州、アシュロン。
二十一時過ぎ。
「ロック・コンロン!麻薬売買で逮捕する!」
バトルスーツとバトルアーマーに身を包んだマリーは、アーマーのAIユリアを通じて、3D映像コンバット通信回線でロック・コンロンに伝え、クリニックのドアを開けた。
クリニックで危険なのは医療器具くらいで武器や兵器はないはずだ・・・。
マリーは夕刻クリニックに来ていたため、安心していた。
マリーはロック・クリニック入った。警戒しながら進み、待合室から診察室のドアを開けようとした瞬間、衝撃波と炎がマリーを襲った。マリーは凄まじい勢いでクリニックのドアから吹き飛び、路上へ転がり出た。
「太尉!ゴールド太尉!起きろ!マリー!」
カールがコンバット通信回線で叫んだ。
「酸素ボンベだ。ガスに点火しやがった!」
起きあがったマリーはクリニックを見た。
クリニック内部からロドニュウム高速弾とビームパルスがコンバットを襲っている。
路上のPVは水素燃料電池を銃撃されて、数メートル上空へ吹き飛び、路上に落下した。
いったいこれだけの武器をどこに隠し持っていた?
マリーはそう考えたが、武器探査していない自分に苦笑しながら立ちあがった。
「太尉!危険だぞ!」
「シールドしてる。心配ないさ」
その瞬間、ロドニュウム高速弾の速射を受けて、マリーの身体が数メートル吹き飛んだ。
「マリー!」
カールは唖然とした。多重位相反転シールドしていても、ロドニュウム高速弾の速射を受けたら凄まじい衝撃だ。
「クソ、シールドアンカーを打ってなかった!ユリア!アンカーだ!」
「了解しました」
アーマーのAIユリアが、マリーの立ち位置の路上に多重位相反転シールドを牽引するアンカービームを照射した。その間もロケット弾が飛びかって炸裂し、背後のビルの外壁がシールドに降り注いだ。
「小型ミサイルが来るぞ!」
『リトルヘッジホッグ(超小型多弾頭多方向ミサイル)だとやっかいだぞ!』
咄嗟にマリーは、カールに向って思考を伝えた。マリー自身、考えもしなかった行動だった。
「デコイを放て! 」
マリーの思考の思念波を受けて、カールが指示した。
ロック・クリニックの周囲にいるコンバットは落ち着きを無くして呆然としている。
『こいつら実戦経験が無いのか?!』
マリーはそう思いながら、背後のビルの屋上にいるコンバットと地上のコンバットに指示する。
「早くデコイを放て!
リトルヘッジホッグがくるぞ!身を隠せ!」
コンバットがMA24改多機能KB銃から閃光弾を放った。閃光弾はクリニックビルの手前上空で炸裂し、小さな飛行するデコイを大量に飛散させた。
クリニックの三階からコンバットにリトルヘッジホッグが放たれた。コンバットに向ってレーザービームもロケット弾もロドニュウム高速弾も飛んでくるが、それらはコンバットが放った空中のデコイに触れて炸裂している。
「逮捕は無理だ!ビルを破壊しろ!BB巡航弾(巡航ミサイル型手榴弾)を放て!」
マリーの指示で、コンバットBB巡航弾を放った。飛翔したBB巡航弾はビルの一階と二階を破壊し、三階からの攻撃が止んだ。
「エネルギー切れか?」
コンバットが呟くと同時に、クリニックビルの真上にロータージェットステルス無音戦闘搬送ヴィークルが現れた。
「〈イグシオン〉だ!総攻撃しろっ!」
コンバットはあらゆる兵器で攻撃した。
数秒間後。
〈イグシオン〉がビルの真上から消えた。クラニックは静寂に包まれた。
「いったい何だ!」
カールは目を疑った。なぜ〈イグシオン〉が麻薬犯罪者を救出に来た?
「時空間スキップ(時空間転移)だ!テレス帝国に時空間スキップ技術はないぞ!」
マリーがカールにそう叫んだ。
誰が〈イグシオン〉をスキップさせた?アシュロン商会か?商会にもスキップ技術はないはずだ。反体制分子か?それなら、あのメテオライトの落下は偶然ではない。なぜ伯母の家族を壊滅した?そのメリットは何だ?
「撤収しろ!ヒューム大佐に繋げ!」
マリーは3D映像コンバット通信回線で指示し、ユリアに伝えた。
バイザーにヒュームの3D映像が現れた。
マリーは一連の状況を説明し、ヒュームを問い正した。
「大佐。なぜ〈イグシオン〉がクラッシュの売人の救助に来るんです?
誰が軍のヴィークルを動かしてたんですか?軍が売人に兵器供与したんですか?」
ヒュームは何も答えないだろう。答えられるはずがない・・・。
リンレイ・スー軍を帝国軍警察重武装戦闘コンバットに起用すると唱えたのはオラールだ。リンレイが、アボンジー・コスタリもスー軍と同じ兵器を持っていたと知った後、私はその事をリンレイから密かに聞かされている。
兵器供与はオラールが考えて、階級による指示系統によって実行された・・・。
ヒュームは地域統治官のみならず、犯罪者にも武器供与していた・・・。
そう考えると、マリーは、ダナル大陸の地域統治官が壊滅した理由が推測できた。
「私は、わからん」
『私はスー軍に武器供与しただけだ。スー軍のコンバット起用理由はオラールの指示だ』
マリーが思考を読んでいるのも知らずに、ヒュームはそう考えていた。
ヒュームは麻薬の売人について何も知らない。ヒュームに自己思考管理能力はない。オラールの指示に従っただけだ。これ以上訊いても、ヒュームは何も話さない・・・。
マリーはそれ以上ヒュームを問いつめるのをやめた。
「今、亜空間転移警護艦隊の旗艦〈タイタン〉から、直接、例の冷凍耐圧ケースの内容物の出所を波動残渣探査している。未明には結果が出るだろう。
今後は今日のような戦闘の可能性が高くなる。そのつもりでいてくれ」
「クラッシュの売人は、誰だと思います?」
「反体制分子だろう。すでに帝国軍艦隊を三艦隊と軍警察の一艦隊を壊滅されている」
「〈イグシオン〉をどう思います?」
「我々を動揺させるレプリカ艦だろう。
帝国軍の時空間スキップは完成しているが実践配備に至っていない。
時空間スキップは惑星ガイアのヒューマが持っていた旧アポロン艦隊の技術だ。
帝国のディノスの技術では亜空間スキップしかできんのだ。
この事ことは佐官以上が知る機密だ。他言無用だ」
思わず佐官以上の階級が知る機密を口走って、ヒュームは苦笑いしている。
「わかりました。報告終了、撤収します」
機密事項を聞いて、マリーは目が飛び出るほど驚いたが、平静を装って3D映像通信回線を閉じた。
佐官以上が知る機密を明かすとは、ヒュームは私を少佐に昇格する気か?
3D映像が消えた。
ヒュームは皇女との3D映像通信回線を開いた。
「惑星ユングのコンバットが反体制分子と交戦して、反体制分子は〈イグシオン〉で逃亡しました。
反体制分子は酒と食肉にクラッシュを混入して、中毒者を増やしていました」
「何のためにそんな事をする?
酒と肉はアシュロン商会の商品だろう。商会は関与しているのか?」
「商会の商品です。商会関与は不明です。
反体制分子はユンガをクラッシュで支配しようとしているのでしょう」
「速やかに麻薬売人を消去して、商会を援助しろ!
商会が経済と管理体制を掌握してる。商会を潰すわけにはゆかぬ!」
「麻薬売人壊滅を徹底しましょう」
「頼むぞ」
3D映像が消えた。
惑星ユングのコンバットの役目が麻薬撲滅になった。クラッシュの脅威が惑星ユングに拡大するのをユンガは誰も知らない・・・。
ヒュームはそう思った。
ガイア歴、二八一〇年、八月。
オリオン渦状腕外縁部、テレス星団フローラ星系、惑星ユング。
ダルナ大陸、ダナル州、アシュロン、アシュロン商会本部。
二十三時過ぎ。
「醸造所が襲撃される!全員待避しろ!」
アントニオはアシュロン商会本部三階執務室から、アシュロンの南北百一番街東、西百一番街の外れにある醸造所の所長トニー・ドレッド・ミラーに、3D映像通信回線でそう伝えた。トニーはアントニオの従兄だ。
「了解した。
コンテナごと作業員を移動する。いつでも出発可能さ。緑の牧場で静養するよ。
しばらく休暇だ。センターの在庫は二週間分以上あるはずだ。確認してくれ。
オーイ、全員コンテナに乗れ!予定どおり一週間の休暇だ!」
トニーがアントニオと話している間に、ジョーは物流拠点の在庫を確認した。
「オーケイだ!いい休暇を過してくれ!」
「ありがとう、ジョー。では、また」
3D映像回線が閉じた。
二十四時。
ジョーは醸造所の監視3D映像を確認した。
二十四時を過ぎても、コンバットのヴィークルは醸造所に現れない。
情報はまちがいだったか?
ジョーは醸造所の全ての監視3D映像を再確認した。3D映像には何もない。
忌々しげにアントニオが言う。
「旗艦〈タイタン〉の回線をハッキングしたんだ。まちがいない。
醸造所を探査して証拠が無いと確認したんだろう。
オラールの部下のやりそうなことだ」
一時過ぎ。
緊急警報が鳴った。
アシュロン商会本部三階執務室に、マリー・ゴールド太尉の3D映像が現れている。
「テレス帝国軍警察コンバットだ!
アシュロネーヤとその家族を拘束する!武器を棄てて、速やかに建物から出てこい!」
マリーは逮捕拘留の書面を示している。
容疑は、テレス帝国軍警察星系間航路コンバットと亜空間転移警護艦隊の3D映像通信回線と3D映像探査に侵入して、不当に情報を得た罪だ。
クラッシュの別件で拘束しようとしている。
「こっちの状況は伝わってないな?」
3D映像を見ながら、アントニオが、クラリスのアバターに訊いた。
「伝わっていません。コンバットからの連絡だけを表示しています」
「全てのアシュロン商会から、アシュロネーヤ全員を商業宇宙艦に搭乗させて、カプラムへスキップしてくれ」
「わかりました。二人はどうします?」
「全員のスキップを確認したら〈ドレッドJ〉でスキップする。心配するな」とジョー。
「わかりました。置き土産はいけませんよ」
「レールガンを見舞って〈マストドン〉を破壊するくらいは許されるさ。
オラールはそれ以上の危険を我々に課したんだ」
苦々しげにアントニオがそう言った。
クラリスが厳しい口調で忠告する。
「やめなさい。アシュロン商会本部が壊滅されるきっかけを作ります。
何事もなく脱出するのです。
クラッシュの解毒剤も完成しました。無駄な殺戮は避けてください。
まもなく全員が商業宇宙艦でスキップします。二人も〈ドレッドJ〉へ急いでください」
爆音が響いて、アシュロン商ビルが揺れた。
「ロケット弾です。シールドで防ぎました。地階へ移動してください。
まもなく地上階が総攻撃を受けます。核攻撃を受けても地階は守られます。
ご安心ください」
「了解。〈ドレッドJ〉へ移動してくれ」
二人の身体がシールドに包まれて、〈ドレッドJ〉のコントロールポッドへスキップした。
「〈ドレッドJ〉をスキップします」
クラリスの言葉が終らないうちに、シールドに包まれた〈ドレッドJ〉が奇妙に揺れた。
「BA巡航弾の攻撃で地上階が崩壊しました。状況をオラールに連絡しますか?」
「今はやめておこう。スキップしてくれ」とアントニオ。
「了解です」
〈ドレッドJ〉は惑星カプラムへスキップした。
現在、惑星カプラムは独立国家状態だ。
オラールはその事実をテレス帝国政府に気づかせぬよう、帝国政府の目を惑星ユングの覇権に向けてきた。アシュロネーヤが惑星カプラムへ逃げたと知れば、帝国政府は惑星カプラムを野放しにしてきたオラールを追求する・・・。
我々を敵にまわせば、帝国軍などあの三艦隊と同じだ。その状況をオラールは知っている。オラールが危ない橋を渡るはずがない・・・。
商会本部攻撃は帝国軍警察総司令官のヒュームの独断だ。オラールはヒュームの尻ぬぐいをするはずだ・・・。
「クラリス。商会本部の地階は健在か?」
〈ドレッドJ〉のコントロールポッドから、ジョーはクラリスにそう訊いた。
「地階は全て正常に機能します」
「オラールが地上階を再建するはずだ。商会本部は正常に機能する・・・」
ジョーは隣のコントロールポッドのアントニオに目配せした。
「そうだな」
アントニオはジョーの思考を読んでいた。
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