十二 再建

 ガイア歴、二八一〇年、八月。

 オリオン渦状腕外縁部、テレス星団テレス星系、惑星テスロン。

 首都テスログラン、テレス帝国政府テレス宮殿。



 ダグラ・ヒューム大佐は、皇女に3D映像通信回線で、帝国軍警察重武装戦闘コンバットが惑星ユングのアシュロン商会本部を奇襲攻撃した旨を、緊急報告した。


「なんと返す言葉がない!私はそのような場合を想定していなかったぞ!」

 皇女クリステナは執務デスクで大きく目を見開いた。底知れぬ宇宙の闇のような大きな瞳を3D映像に向けたまま思考している。

 反体制分子の医療機関を攻撃したら、内部人員が〈イグシオン〉で時空間スキップした。 クラッシュ密造の疑いがあった醸造所からは、コンバットが立ち入る前に作業員が消えた。

 さらに、コンバットが包囲したアシュロン商会本部からアシュロネーヤが消えた。

 アシュロネーヤがクラッシュに絡んでいたのは確実だ。アシュロネーヤが消えた事自体がコンバットへの尋問拒否であり、拒否自体が罪に値する・・・。


 皇女の目に輝きが戻った。

「ダグラ。コンバットが麻薬撲滅で動いて、アシュロネーヤが逃亡したのだ。

 アシュロン商会を攻撃した事は罪にならぬ!」

「はっ。感謝いたします。陛下!」

 3D映像のヒュームが、いくらか白髪が見える金髪の頭を深々と下げて御辞儀した。


「商会本部は帝国軍に再建させる。

 惑星ユングには商会に代る地域統治官はいない。商会は物流と採掘を順調に管理している。惑星ユングの経済基盤を失うわけにはゆかぬ!

 商会に反体制分子がいるなら、それらを捕獲しろ!商会に秩序を取り戻せ!

 それにしても、アシュロン商会のアシュロネーヤはどこへ消えた?立ち入る前にアシュロネーヤの存在を確認したのだな?」


「確認しました。アシュロネーヤは3D映像で我々の立ち入り書を確認しています。

 返信の3D映像通信回線が閉じられていましたから、誰が確認したか不明ですが、彼らが確認した事実は記録してあります」

「逃げたか。それとも逃がしたか・・・」

「医療機関にしろ、醸造所にしろ、商会にしろ、誰かが逃がしたようです」

「そうか。アシュロネーヤが商会に戻るよう、あらゆる手を打て!」

「わかりました」

 3D映像通信回線が閉じた。


 皇女はただちに国防総省との3D映像通信回線を開いた。

「ウィスカー。

 ダグラの部下が反体制分子を追跡して、惑星ユングのアシュロン商会本部を壊滅した!

 すみやかに商会本部を再建しろ!テレス帝国の経済と惑星管理に、商会は欠かせない!」

 皇女ナの目はランランと輝いている。

「時空間スキップが可能になりましたから、テストもかねて重機を派遣しましょう」

 オラールは平然と伝えた。

「頼むぞ」

 皇女は3D映像通信回線を閉じた。

 やはりウィスカーは次の手を考えていた・・・。



 ガイア歴、二八一〇年、八月。

 オリオン渦状腕外縁部、テレス星団フローラ星系、惑星ユング。

 ダルナ大陸、ダナル州、アシュロン、アシュロン商会本部。



 早朝。

 情報収集衛星から探査ビームで波動残渣を探査すれば、何があったか確認可能なのに、こんな探査で何を見つけろと言うのだ?証拠を見つけるなど不可能だ・・・。

 マリーはコンバット三名を率いて、アーマーに装備された探査ビームでアシュロン商会本部の瓦礫を探査した。



「未確認飛行体三十機を確認しました。

 コールサインに応じません。警戒してください」

 周囲を警戒しているアーマーのAIユリアが、3D映像コンバット通信回線で警告した。


「了解。

 撤収する!静かにビル陰へ移動しろ!」

 マリーはコンバット回線で指示して空を見あげた。

 アシュロン商会本部上空に、二十機の護衛機に囲まれた巨大な十機の飛行体が現れた。 時空間スキップしたな。反体制分子か・・・


 上空の飛行体に怯えたらしく、コンバットがアーマーの強化機能を使ってビル陰へ走った。コンバットの歩調が機敏かつ歩幅の大きなものなっている。

「走るな!ビル陰に入れ!強化機能を使うな!ヤツラに気づかれるぞ!

 ユリア!静かにPVをこっちのビルへ移動しろ!」

 マリーはコンバットに命じて、アーマーのユリアに指示した。


 マリーたちコンバットが隠れたビルは、商会本部をはさんでPVと反対側だ。

「一ブロックまわりこんで、そちらへ移動します。待避してください」

 コンバット回線からユリアの声が聞えた。PVが静かに移動した。


 コンバットが上空を見て言う。

「〈ファルコン〉に似てる」

 機体型式は帝国軍の〈ファルコン〉だ。

「ユリア。護衛機を分析しろ」

「〈ファルコン〉の未登録改良型です。

 大きな機体はテラフォーミング重機です。帝国軍の機種に似ています。

 いずれも未登録です。レプリカを改良したようです」

 テラフォーミング用巨大建設重機は設計に基づいて、あらゆる素材を材料にしてインフラを建設する、巨大三次元プリンターだ。


「搭乗者を調べられるか?」

「不可能です。厳重にシールドされてます」

「自己スキップするテラフォーム重機なんて聞いたことないぞ」

 これは現実だ・・・。あの重機はアシュロン商会本部を再建するのだろう。指示したのはアシュロネーヤか?反体制分子か?


「PVが到着します」とユリア。

 アシュロン商会本部と逆の一ブロック先に、蜃気楼のような車両が現れた。ロドニュウム装甲に包まれた低車高のステルスPVだ。

「商会の再建で利益が増すのは誰ですか?」

 バイザーに、黒髪をポニーテールした若い女が現れて笑っている。アバターのAIユリアだ。

「なるほど・・・」

 利益が増すのは帝国だ。そうなると、迂闊に動けない。信用できるのは誰だ?カールか?ヒュームか?AIユリアか?


「私は嘘は話しませんよ」とAIユリア。

 ユリアを信用していいと言うことか・・・。

 そう考えながらマリーはPVに搭乗した。

「キャンプーへ戻る」

「了解しました」

 コンバットが搭乗したPVは、ステルスモードで発進した。



 ここにいても危険なだけだ。ヒュームは。情報収集衛星の使用を禁じた。正体不明の飛行体を探査できない。

「ユリア。クラッシュの売人はアシュロン商会と繋がってるか?」

「わかりません。関連事項に関する時空間に、私の端末が存在しません。情報不足です」

「いずれも、テレス帝国外の存在か?」

「決定はできません。可能性は多々あります」

「それは・・・」

 言いかけて、マリーはPVに搭乗しているコンバットが気になった。


「アシュロン商会について話した時から、ヘルメットのコンバット回線を遮断しています。コンバットに会話は聞えません。

 私にも判断力がありますよ」

 バイザーに投映されたアバターのユリアが笑っている。


「ユリアを信じるよ。とりあえず私は何をすべきか?」

「大佐に報告です。麻薬撲滅が優先です」

「ヒューム大佐と回線を繋いでくれ」

「了解しました」

 ただちに3D映像通信回線が開いた。テレス帝国軍警察亜空間転移警護艦隊の旗艦〈タイタン〉の司令室にいるヒュームが現れた。


「大佐。商会本部の捜査中に、所属不明のテラフォーミング重機十機と〈ファルコン〉二十機が商会本部上空に時空間スキップした。

 危険なので、現在、PVで待避中だ・・・」

 ヒュームはダナル基地にいたはずだ?いつ旗艦〈タイタン〉へ移動した?


「重機と〈ファルコン〉は帝国軍仕様の機種か?ユリアの見解は?」

「帝国軍に重機と〈ファルコン〉の登録はありません。

 重機はレプリカの自己スキップ可能な改良型です」とユリア。

「アシュロン商会支部を捜査してくれ。麻薬撲滅が優先だ。

 重機と〈ファルコン〉の所属はこっちで調べよう」

「了解。衛星探査許可願います」とマリー。

「許可する」

 マリーは3D映像通信回線を閉じた。


「アシュロン商会南東支部へ行け!」

 こんなバカげたコメントをする総司令官はいない・・・。

 旗艦〈タイタン〉や情報収集衛星から探査できるのに、なぜ今まで探査させなかった?

 ダナルにも地域物流の拠点となるアシュロン商会支部がある。麻薬撲滅が優先なら、ヒュームは亜空間転移警護艦隊へ戻らず、司令官としてダナル基地に留まるべきだ・・・。


 南北百一番街東西百一番街に、アシュロン商会南東支部がある。この支部が活用している物流拠点は、南北五十一番街東西百一番街の物流拠点にある物流センターだ。

 マリーはバイザーに現れたAIユリアに指示した。

「衛星で商会南東支部を探査しろ」

「アーマーがいます」とユリア

「了解。近くにPVを停めろ」



 アシュロン商会南東支部に近いビル陰にPVが停止した。

 ヘルメットのバイザーに表示された4D座標で、アーマーを示す多数の緑輝点がアシュロン商会南東支部周囲を包囲している。

 マリーはユリアに指示して、捕捉した一人のアーマーの3D映像を拡大させた。


 アーマーはテレス帝国軍装甲武装兵士の呼称だ。テレス帝国軍警察重武装戦闘員のコンバットと類似の装備を装着しているが、コンバットと同型ではない。コンバットとアーマーの相違を示すため、装備形状が異なっている。


「似てるが、アーマー装備じゃないぞ」

 3D映像を見てマリーは疑問を抱いた。

 4D座標表示はアーマーを示しているが、実装備はアーマーより強固に見える。

「ユリア。アシュロネーヤは何処にいる?」

「アーマーだけです。これは何でしょう?」

 支部のオフィスが拡大した。アーマーを見て、バイザーのユリアが考えこんでいる。

「なんだ?」

「アーマーが物流を管理しています」

「状況を見せてくれ」

 3D映像が拡大した。アーマーがAIユリアのアバターと物流を話し合っている。

「他の商会支部の状況も探査してくれ」

「探査します。しばらく待ってください」



 数秒後。

「全アシュロン商会支部でアーマーが物流を管理しています。

 アシュロネーヤはいません」

「大佐に報告する。繋いでくれ」

 ヒュームはアーマーが物流を管理している事を知りながら、私に商会支部を捜査させたのか?私は、計画されて実行された事を確認しているだけか?


「マリー。ヒュームに計画があるなら、逆手に取りましょう。

 私は軍のやり方が嫌いです。

 気にしなくていいですよ。コンバット回線は遮断しています。

 さあ、ヒュームが3D映像通信回線に出ました。事実だけを報告してください」

「わかった・・・・」 


 ユリアが自立した。完全に人格を持ってる。これはAI・PD、だ・・・。

 私の中に、もう一人の私がいる・・・。

 その私は、オリオン国家連邦共和国代表の戦艦〈オリオン〉提督の総統Jだ・・・。


 マリーはマリーの中にいるJの存在に気づきはじめた。

 マリーが、自立したAIと思っているユリアは、巨大球体型宇宙戦艦〈オリオン〉をコントロールしているAIのPD、プロミドンだった。〈ドレッドJ〉のAIクラリスと同格の存在であることも、PDが電脳宇宙意識であることも、マリーはまだ知らずにいた。

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