九 トムソ
二〇八〇年、九月十六日、月曜。
南コロンビア連邦、ベネズエラ上空、衛星軌道上。
破壊を免れた二隻の突撃攻撃艦が撤退した。
傷ついた十二体のトムソは脱出を待っていた。
『トムソは装甲のエネルギー系統を停止させて、体内ガス噴射だけで忍び寄り、互いの死角を狙って接触や衝突する場合がある。トムソはこうした慣性衝突を挨拶程度に思ってる。つまり遊びだ。トムソは楽天的なんだ・・・』
カムトの記憶からガルはそう思った。するとケラチンシェルの分子記憶・ガルが言う。
『そんな事考えずに、カムトを救出すんだよ』
『今は、記憶を確認している時じゃない事くらいわかってる。
だが、テロメアの記憶がいつ蘇るかわからない。それに、装甲の補助エネルギーを使えば奴らに感づかれるぞ』
『奴らは、僕たちがくたばったと思ってる。探査しないよ』
とケラチンシェルの分子記憶・ガル。
『了解した』
ガルの精神はケラチンシェルのガルと一体化し、トムソのガルになった。
ガルはロドニュウム装甲の間隙から体内ガスを噴射させて、無残なカムトに近づいた。
カムトの腹部が明滅した。装備の警告ランプだ。自己破壊を誘発する損傷は無いはずだ。なんだろう?
ガルはガス噴射を操作して身体の向きを変えて、カムトを見た。
なんてことだ!カムトは装甲に備えられた痛み止めのエンドルフィンを大量に自己投与してる。ドクターのユリに知れたら叱責を免れない・・・。
『規定量を超えてるぞ!』とガル。
カムトが答える。
『銛が抜けるように切断してくれ。自分で切断するのは手間だ』
『了解!』
ガルはカムトの背後へ回って、突き出た銛の返しがある先端を切断した。
『規定量を超えるのはわかってる。こうしないと自己分泌量では痛みが消えない。母もわかってくれるさ・・・』
カムトが話し終らぬうちに、肩に喰いこんでいる銛が動いた。体組織が銛を体外へ押し出している。
『なぜ、銛を打つ?俺たちは、かつての大型魚類や水棲哺乳類じゃないぞ』
ガルはカムトの記憶から、海洋生物捕獲を想像した。
『レーザーで体組織が焼失をすれば再生に時間がかかる。奴らは一人でも多く、正常組織のトムソが欲しいんだ』
カムトの肩から銛が抜けた。傷ついたケラチンシェルと内部組織は破損部位をみずから吐き出して、ケラチンシェルが盛り上がって内部から損傷を修復している。周囲に元素があれば修復は短時間で完了するが、大気圏外は元素が希薄で時間がかかる。
明滅する光が遠方から近づいた。
『また来たぞ。母たちを悲しませたくないが父たちの救出は延期だ・・・』
そう伝えるカムトの中でテロメアの記憶が蘇った。
記憶にあるニオブの宇宙艦隊は大宇宙戦艦である母艦の大司令艦〈ガヴィオン〉を中心に、攻撃艦〈ニフト〉一隻、突撃攻撃艦〈フォークナ〉四隻、そして、回収攻撃艦〈スゥープナ〉一隻の、計六隻の副艦から成り立っている。
近づく艦の大きさは突撃攻撃艦の数倍以上あり、形から判断して、破壊された艦艇を回収する〈スゥープナ〉級回収攻撃艦の二十分の一程度のレプリカ、全長一キロレルグ(一キロメートル)だった。
『あれは回収攻撃艦だ!〈スゥープナ〉級回収攻撃艦の縮小レプリカだ。
皆、気配を消せ。気づかれるな!』
カムトは、傷つき漂っているトムソたちに指示した。
頭部装甲内で、カムトとガルの額の触角が固化した。固化はそのまま全身に広がった。特殊ケラチンシェルのこの新人類は、これですっかり生命活動を終ったかに思えた。
回収攻撃艦は空間を移動しながら、艦首を大きく開いた。叩き潰された攻撃艦を格納庫に呑みこみ、カムトとガルに近づいた。二体の近くに破壊された突撃攻撃艦が二隻、絡み合ったまま浮遊している。回収攻撃艦は突撃攻撃艦二隻を同時に呑みこめずにいた。いったん二隻を吐き出して、艦体の絡まった部位にレーザービームを照射した。
レーザーの高エネルギービームを浴びて、二隻が漆黒の空間に眩く浮かび上がった。絡みあった部分が切り離されて、過剰ビームがカムトから抜け落ちて漂っている銛を射抜き、閃光を放った。同時に閃光で二体のトムソが漆黒の空間に浮かび上がった。
『見つかったぞ!行くか?』
『ああ、行こう!』
死体のように固化したカムトとガルが一瞬に蘇生した。
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