十 ガス噴射

 二〇八〇年、九月十六日、月曜

 南コロンビア連邦、ベネズエラ上空、衛星軌道上、宇宙戦艦内。


「二人をお連れしました」

 ジムに案内され、宇宙戦艦内のホイヘンスの自室に、大隅教授と宏治が現れた。

「映像を見てくれ・・・」

 ホイヘンスは、モーザが投映した3D映像を示した。実体のトムソが映っている。


「あれがトムソだ。武器は腕と脚の装甲だ。推進力はケラチンシェル内のガスだ」

「屁か・・・」

 宏治は3D映像のトムソを見た。大気が無い周囲は、恒星を除けば、漆黒の宇宙空間だ。左後方を見ると回収作業する回収攻撃艦が浮遊している。3D映像は見る者に宇宙空間の臨場感を与える。


「トムソは食物の他に、身体全体で空間元素を吸収してシェル内で合成し、組織細胞を再生する。その時に生成される排泄物をガス噴射排泄する。あるいは吸収した全てを噴射排泄する。大気圏内は翼を拡げて滑空し、大気圏外はガス噴射で飛行する・・・」


 説明するホイヘンスに、大隅教授が捕鯨を連想して訊く。

「なぜ銛を使う?」

「一体を拡大してくれ」

 ホイヘンスは頭上を浮遊するモーザに指示した。

 3D映像のトムソの一体が拡大した。装甲の手と足に鋭い爪がある。腕と脚にも鋸状の突起がある。

「見ての通り、この腕と脚だ。網では捕獲できない・・・。

 この装甲の爪と突起は、ほとんどの金属を切断する。どのような組成か不明だ」

 ホイヘンスがトムソの鋭い爪と突起を示している。

「そのために捕獲を?」と宏治。


「それもあるが、真の目的はこれだ。拡大してくれ・・・」

 トムソの肩が拡大した。近くに銛が漂っている。トムソの肩に開いた穴は内部から塞がり、ケラチンシェルに傷跡が残っているだけだ。

「この銛は肩に刺さっていたが、体組織に追い出されてここに移動した。しばらくすれば、体組織は完全再生して、傷跡は残らない。

 重要なのは、トムソの外骨格とも言えるシリコン分子骨格の特殊ケラチンシェルだ。

 これは地上と変らず、宇宙空間でも体組織を保護している。生きた気密防護スーツだ。

 我々はこれらの能力を得たいのだよ。

 映像を元に戻してくれ」


 3D映像は十体のトムソが浮遊する宇宙空間に変った。

 回収攻撃艦は回収する艦艇がある場合、敵がいても攻撃はしない。回収作業に支障をきたすからだ。回収攻撃艦が現れても傷ついたトムソはすぐに動かなかった。

 トムソは回収作業を知っているのか?。いったいどこで知った?それとも教えた者がいるのか?

 話しながらホイヘンスはそう思った。


 トムソの3D映像が身体活動レベルを示すグリーンに明滅した。

 十体のトムソは蛍のように輝き、ガス噴射で大気圏へ飛行した。

 回収を終えた回収攻撃艦は宇宙戦艦に向って移動している。



 ホイヘンスの室内で、モーザがイエローグリーンに明滅して報告する。

「回収艦収容。艦と兵士の再生開始。トムソ捕獲数ゼロ」

「戦闘員はバイオロイドとヒューマノイド(人型ロボット)だ。

 君たちは覚醒時にトムソの再生を見ている。

 バイオロイドの修復は、トムソの再生と基本的に同じだ。

 今後のために、直接、艦の修復をヒューマノイドの修復を見ておくといい」

 ホイヘンスは大隅教授と宏治を連れて自室中央に立った。


「ミランダ。ドックへ行ってくるよ」

「わかりました」

「格納庫へ運んでくれ」

 ホイヘンスの指示で、三人の立つ床が円形に分離して浮き上がった。

 三人は球状エネルギーフィールドに包まれて浮遊し、床に現れたエネルギーフィールドと同径の空間から宇宙戦艦の底部へ急速移動した。


「私の部屋に君たちを連れてきたジムも、ミランダと同じバイオロイドだ。彼らは必要な事しか言わないから説明しておこう。

 移動中の我々はこの床を基底に球形のエネルギーフィールドで囲まれている。手を伸ばして触ってみたまえ」

 ホイヘンスは手を伸ばして球形のエネルギーフィールドに触れている。

 宏治と大隅教授は手を伸ばした。手は肘が伸びきりそうな位置で押し返されて、それ以上は前へゆかない。



 床が格納庫の上部に停止した。そのまま浮いている。

「見たまえ。これが奴らの破壊力だ。あの小さな身体で一隻の攻撃艦と二隻の突撃攻撃艦を破壊した」

 ドックには原形を留めない三隻の艦艇がある。

「これでは、兵士は生存していないな・・・」

 大隅教授が呟いた。

「我々は戦闘員の生存と非破壊を最優先している」

 残骸から、コントロールポッドと脱出ポッドを兼ねた球状カプセルが引き出された。中からバイオロイドとヒューマノイド(人型ロボット)が出てきた。無傷だった。


「このドックで艦艇を修復する。この状態では艦を造ると言った方が正しい・・・」

 数個のモーザに指示されて、ヒューマノイドとロボットが破壊された攻撃艦の骨格構造を修復再構成している。


「今後、君たちはトムソを使って臓器培養をする。

 映してくれ」


 モーザがホイヘンスの横に、中央制御室の3D映像を投映した。

「こちらが、ともに研究するトーマス・バトン君とモーリン・アネルセン君だ。

 そして、中央制御室を管理しているチャン・リンレイとシンディー・ミラーだ」

 モーリンとトーマスが教授と宏治に会釈している。リンレイとシンディーは教授と宏治を見ただけだった。



 中央制御室にホイヘンスと教授と宏治が現れた、3D映像の宏治が言った。

「黒髪の女は居ないのか?」

 中央制御室に現れた宏治の3D映像がリンレイを見た。

 リンレイが答える。

「ここには居ません」

 宏治の性格が粗暴すぎる。管理された記憶に歪みが生じてる・・・。

 モーリンは、思考記憶管理された宏治と大隅教授の精神に偏りを感じた。

 だけど、私とトーマスは何もしてやれない。私たちも、表向きは、思考記憶管理されているのだから・・・。


「では、バトン君。アネルセン君。トムソの再生を続けてくれたまえ。

 リンレイ、シンディー。坑道を修復して、大坑道の岩盤を外部に投棄しろ。

 艦体構造を修復し、計画どおり戦艦〈ホイヘンス〉を建造する」

「わかりました・・・」

 リンレイが答えると、中央制御室から、三人の3D映像が消えた。



 モーリンとトーマスは中央制御室に現れた三人の3D映像から、リンレイとシンディーが語ろうとしなかった、ホイヘンスの計画を知った。

 トーマスがヒューマ型バイオロイドに訊く。

「ジム、アリス。再生の状況は?」

「五体とも完了しています」

 モーリンが素知らぬふりで訊く。

「リンレイ。坑道の修復にトムソを使うの?」

「被害が大きいので、トムソとバイオロイド、ヒューマノイドとロボットを全員投入します。今、ヒューマノイドとロボットがエアー漏れを止めています。それが終了したら、作業開始です」

「それなら、再生したトムソの記憶を再管理して現場復帰してください」

 モーリンはリンレイに指示した。

 再生したトムソの記憶はリンレイの指示でシンディが再管理している。 

「わかりました」


『モーリン・・・』

 その時、モーリンにカムトから精神空間思考が精神波で届いた。

『どこに居るの?』

『格納庫だ。ガルも居る。皆を救出したい。レグたちは再生したか?』

『再生したわ。今、思考記憶管理されてる。この戦艦の修復で全員が大坑道へ移される。

 カムト・・・。宏治と大隅が思考記憶管理されて覚醒した・・・』

『トムソの移動は何分後だ?』


「何分で、再生トムソを現場に投入できますか?」

 モーリンはリンレイに訊いた。リンレイはシンディに確認した。

「五分です」

「わかったわ」


『五分後ね』とモーリン。

『移動前に精神波でレグたちに、今の俺とガルの記憶を植えつけてトムソを指揮させてくれ』とカムト。

『わかった。

 格納庫の奥の隔壁の向こうに大坑道がある。

 居住区は大坑道の真上よ。

 その上に再生培養室があるわ』

『七分後に、格納庫の上部隔壁と、奥の隔壁を破壊する。

 レグに、今から十二分以内に、大坑道の突き当りの岩盤を破壊して回収攻撃艦に乗れ、と伝えてくれ』

『わかった。艦の操作は思念波コントロールよ・・・』

『把握した。スカルに伝える・・・』


 カムトは精神波で、地球防衛軍ティカル駐留軍基地のスカルを呼んだ。

『スカル。十二分後に回収攻撃艦で脱出する。

 合図したら、この宇宙戦艦の格納庫の隔壁だけ破壊してくれ。

 手ごろな位置にあるパラボーラを使うんだ。いいか隔壁だけだぞ!』

『了解』とスカル。


 スカルに伝えると、カムトは再びモーリンを呼んだ。

『モーリン・・・。

 十二分以内に、トーマスと父たち四人で回収攻撃艦に乗れるか?』

『やってみる。まにあわなかったら、待たないでね』

『わかった。

 今後の父たちとトムソたちが混乱しないよう、精神波で全員を記憶操作できるか?』

『やってみるわ・・・』

『頼むよ』とカムト。


 モーリンは言葉でトーマスに伝える。

「トーマス、大隅教授と宏治を再生培養室に呼んでください」

「二人とも再生培養室に移動したよ」

 階下の再生培養室の3D映像を見ながらトーマスは答えた。

「私たちも行きましょう」

 二人は床に表示された球状エネルギーフィールドのエリアへ歩いた。

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