十一 反乱

 二〇八〇年、九月十六日、月曜。

 破壊されなかった突撃攻撃艦二隻と回収攻撃艦が発進待機状態で格納庫に係留されている。回収攻撃艦に、一体のヒューマノイドが近づいた。一機のモーザが前方に立ちはだかってオレンジの光を放った。

「警告。ドックに戻れ。作業を続けろ」

 その瞬間、湾曲した大きなテクタイト鋼板が飛んできてモーザを叩き落とした。


「事故発生、事故発生・・・」 

 もう一体のヒューマノイドが、鋼板の下で喚くモーザを鋼板ごと踏み潰して、回収攻撃艦へ歩いた。二体のヒューマノイドは回収攻撃艦に乗りこみ、監視システムを破壊して擬態を解いた。ガルとカムトだった。

 ガルとカムトはブリッジに入ってコントロールポッドに座り、思念波で制御システムを起動した。

『外部映像!』

 ブリッジの中央空間に格納庫の3D映像が現れた。

 格納庫にも監視システムがある。二人は、監視システムとモーザと格納庫奥の隔壁をロックオンし、後部砲座の対艦レーザ砲と後部発射口の対艦ミサイルを連射した。


 ドックのモーザ全てが対艦レーザーパルスの連射を浴びて火花と煙を噴き出し、

「緊急事態発生!・・・、全員退避・・・」

 ルビンに明滅しながら喚いて落下した。

 監視システムは火花を散らして燃え上がり、ヒューマノイドとロボットは頭部のコントロール部位から煙を噴きながら、ミサイルが飛び交うドックを蜘蛛の子を散らすように逃げまわっている。

 格納庫奥の隔壁は対艦ミサイルの直撃で破壊され、天井も破壊された。

 格納庫の奥に岩盤が現れている。



 中央制御室に現れているドックの3D映像が消えた。

「格納庫で異常発生。戦闘員は対艦レーザ攻撃に備えて出動せよ。

 格納庫で異常発生。戦闘員は対艦レーザ攻撃に備えて出動せよ。

 作業員は全員、居住区へ戻れ。

 作業員は全員、居住区へ戻れ」

 中央制御室を浮遊するモーザが激しくルビンに明滅してくりかえした。


 中央制御室に、緊張したホイヘンスの3D映像が現れた。

「リンレイ。何が起った?」

「ヒューマノイド二体がモーザ一機を破壊し、回収攻撃艦を起動しました。

 回収攻撃艦の対艦レーザ砲とミサイルで、格納庫のモーザ全機と監視システムを破壊したため状況は不明です」 

「回収攻撃艦の内部映像は?」

「監視システムが破壊されています」

「戦闘員からの映像を映せ!」

「わかりました」

 格納庫周囲の隔壁が開いた。ロボットとヒューマノイドが出てきた。


 

「カムト、あれは何だ?」

 ガルは回収攻撃艦のコントロールポッドから、ブリッジ中央の3D映像を示した。

 格納庫の隔壁から、戦闘装甲のヒューマノイド戦闘員と武器を搭載したロボット戦闘員が現れた。戦闘員はみな小型電磁パルス砲を装備している。


「小型電磁パルス砲で、この艦の機能を破壊する気だ!」

 カムトはすばやく回収攻撃艦の後部対艦レーザー砲を戦闘員全ての電磁パルス砲にロックして、対艦レーザパルスを放った。戦闘員はシールドごと吹き飛び、隔壁に激突して電磁パルス砲ごと破壊した。

「隔壁は戦闘員の格納庫だ。

 隔壁とモーザを破壊する!

 岩盤と天井も破壊する!」

「了解!」

 カムトとガルは、戦闘員の格納庫と格納庫奥の岩盤と天井へ対艦ミサイルと対艦レーザーパルスを放った。



 中央制御室でホイヘンスの3D映像が叫んだ。

「もっと戦闘員を送りこめ!突撃攻撃艦を起動して回収攻撃艦を捕獲しろ!」

「戦闘員格納庫を破壊されて出動できません」

「いったい、何をする気だ・・・」

 ホイヘンスは考えこんだ。



 その頃、レグは多数のトムソとともに、居住区から大坑道へ移動する移動車上に居た。

 他の採掘チームのトムソはレグたちを見て笑うだけで、レグたちの挙動に興味を示さない。

「作業員は居住区へ戻れ」

 頭上をオレンジのモーザが浮遊している。

『借りるぞ』

 レグは真向いのトムソの腰から、採掘用レーザーハンマーを取って、モーザを叩き落した。移動車は破壊したモーザから遠ざかった。



 中央制御室で、モーザがスカーレットとルビンに明滅した。

「居住区で異常発生!」

 シンディーがホイヘンスの3D映像に報告した。

「移動中の採掘チームの映像が消えました。モーザが破壊されました」

「大坑道へ向っているのか?」とホイヘンス。

「そうです」

「大坑道のモーザに戦闘態勢を指示しろ」

「わかりました」

 何が起こってる?

 自室に居るホイヘンスは頭上で明滅するモーザを無視して、格納庫との関連を考えた。



 レグたちを乗せた移動車がエレベーターに入った。

『下に着いたら、ザックとマックスはそれぞれ、このチームの二人と採掘車に乗れ!』

 レグは精神波で伝えて、移動車に同乗している他の採掘チームのメンバーを示した。

『ミカとノバは俺とだ。全速で十三坑道とは反対側の壁を掘り進め。何があっても後退するな。壁の先でガルが回収攻撃艦で皆を待ってる。

 我々の行動に他のトムソがシンクロする。

 ザック、マックス。俺の考えがわかるか?』


『モーリンから記憶を貰った。わかってるぞ!』

 ザックとマックスが精神波で応答した。

『下には少なくも二十機のモーザが居る。

 モーザはビーム兵器だ。

 掘削機のレーザーで応戦するんだ』とレグ。

『オーケーだ・・・』

 ザックが応答した。

 採掘車は八十台ある。俺たちが行動すれば他のトムソがシンクロし、採掘車八十台がシンクロする・・・。

 採掘車には大型回転掘削機とレーザービーム掘削機が装備されてる。掘削ヘッドは直進移動軸から、上下左右にそれぞれ九十度まで稼動する・・・。


 エレベーターが停止してドアが開いた。移動車は何もなかったように大坑道を走った。

 移動車を追って、モーザがオレンジからスカーレットに明滅し、

「警告。居住区へ戻れ」

 と警告したが、

『急げ!』

 レグは移動車を運転するトムソに精神波を放って移動車を走らせた。



 大坑道に採掘車、ショベルマシン、鉱石運搬車、トンネルシールド機など、大量の採掘重機が各坑道へ向って待機している。

『重機に乗れ!』

 レグはトムソたちに、大量の採掘重機に乗るよう指示し、

『採掘車は向きを変えろ!』

 八十台の採掘車の向きを変えさせた。

 モーザの警告に反し、大坑道のトムソたちが採掘重機に飛び乗り、八十台の採掘車が向きを変えた。


 コクピットのディスプレイに、スカーレットに明滅するモーザが映った。

 いつのまにか、レグたち八十台の採掘車前方に、数機のモーザが立ちはだかっている。

「警告。居住区へ戻れ」

 一機のモーザが一台の採掘車にレーザービームを放って威嚇した。


『モーザを叩き潰せ!』

 採掘車は、十二基のレーザービーム発射装置を備えたレーザー掘削機を搭載している。

 レグは、レーザー掘削機のヘッドをモーザに向けて、十二のレーザービームフォーカスをモーザにロックオンし、掘削機を稼動した。

 レーザービームのバルカン砲を浴びて、数機のモーザは位相反転シールドの防御ごと呆気なく焼失した。


「緊急事態。全員、居住区へ戻れ。

 移動車に乗れ。全員、居住区へ戻れ。

 移動車に乗れ」

 破壊を免れたモーザがルビンに明滅して大坑道岩盤手前の空中に集まり、

「警告を無視すると全員を攻撃する」

 と警告して、一瞬、威嚇するように閃光を発し、合体して巨大化した。


『ビーム兵器の塊だ!打ってくるぞ!レーザーを打てっ!ヘッドをまわせ!』

 レグが思念波を放つと同時に、巨大モーザがルビンに点滅し、中央部の輝きが増した。

 同時に、八十台の採掘車がモーザに向ってレーザー掘削機を稼動した。


 八十台の採掘車がレーザービームのバルカン砲を放った瞬間、モーザが分裂した。レーザービームをかわして、再び集まって一つの巨大モーザになった。

 レグはレーザー掘削機のビームフォーカスを、巨大モーザの外径にモーザ一個分の幅を加えたリング状に切り換え、ザックとマックスに精神波を送った。

『皆、真ん中を狙え!俺はその外側を狙う!』

『了解』

 ザックとマックスはレグの意思を読んだ。精神波でタイミングを取って他のトムソとともに採掘車のレーザービームのバルカン砲を放った。


 採掘車がレーザービームを放つと同時に、モーザがレーザービームを放って分裂した。

 両者のレーザーが衝突して閃光を発し、分裂したモーザは、レグの放ったリングフォーカスのレーザービームを被弾して落下した。


 破壊を免れた五機のモーザが、レグとザックとマックスの採掘車にレーザービームを放った。レーザー掘削機は破壊されて採掘車のハッチが焼き切られて、モーザが喚いた。

「全員、外に出ろ」

「はいはい。わかりましたよ・・・」

 モーザの指示に従って、トムソたちは採掘車から出た。モーザが足元の岩にレーザービームを放って警告する。

「居住区へ戻れ」

 その瞬間、モーザの背後で大坑道の岩盤が崩れた。格納庫の回収攻撃艦が丸見えになった。

『くたばれっ』

 回収攻撃艦のブリッジにいるガルの精神波とともに、回収攻撃艦の対艦レーザーパルスが、五機のモーザと大坑道の監視システムを射抜いた。



ホイヘンスの自室と中央制御室から大坑道の3D映像が消えた。

「状況はどうなってる?」

 ホイヘンスは、中央制御室のリンレイの3D映像に訊いた。

「格納庫の回収攻撃艦が、大坑道のモーザを破壊しました。トムソの状況はわかりません」

「格納庫の戦闘員は?」

「対艦レーザとミサイル攻撃で出動できません」

 中央制御室シンディーの3D映像が答えた。

「どちらの映像も見れないのだな?」

「はい」とリンレイ。

「本艦の外部を見れるか?」

「はい。見れます」

「映してくれ・・・」

 破壊された宇宙戦艦の外部3D映像が、ホイヘンスの自室と中央制御室に現れた。

 回収攻撃艦に居るのは、おそらくヒューマノイドに化けたトムソだ。奴らは全トムソを連れて逃げる気か?なぜだ?

 考えこむホイヘンスの頭上で、モーゼが苛ついて明滅している。



 レグは回収攻撃艦のブリッジから強烈な精神波を放った。

『全員、採掘重機ごと回収攻撃艦に乗れ!

 回収攻撃艦に乗れ!』

 回収攻撃艦は発進体勢で格納庫に係留されている。全採掘重機が岩盤の穴を走り抜けて格納庫へ入った。回収攻撃艦をまわり込み、開かれた艦首へ走りこんだ。

『早く乗れ!全員、身体を固定しろ!』

 全採掘重機が回収攻撃艦に入ると、艦首が閉じた。

『スカル!放て!』

 カムトが精神波を発すると回収攻撃艦が大きく揺れた。


 外部映像に現れた格納庫の扉が、周囲の隔壁ごと閃光を放って格納庫からゆっくり離れている。破壊されたヒューマノイドやロボットを巻きこんで、大気がいっきに格納庫と隔壁の隙間へ向って流れてゆく。

『ガル。位相反転シールドするから、あの隔壁をどけろ!』

 カムトがガルに指示した。回収攻撃艦の位相反転シールドは宇宙戦艦の対艦レーザーパルスと電磁パルス攻撃を防御できる。

『了解!』

『シールドを張れ!』

『前部発射口、ミサイル発射!』

 カムトが思念波で艦体外殻の位相反転シールド指示すると、ガルが思念波で前部発射口から数発の対艦ミサイルを放った。


 外部空間へ移動する隔壁がミサイルを被弾して破壊した。もう回収攻撃艦の進路を妨げる物は無い。

 カムトは外部映像に現れている格納庫を見ながら、この宇宙戦艦から放たれるであろうミサイルに、回収攻撃艦の後部対艦レーザ砲と対艦ミサイルをオートロックした。 

『発進!』

 係留フックが外れて、回収攻撃艦はゆっくり、そして、急速に宇宙戦艦を離れた。


『全員、宇宙戦艦からの攻撃に備えろ!』

 カムトが精神波を放つと、モーリンとトーマスがブリッジに現れた。

『カムト!』

 と叫びながら、コントロールポッドに駆け寄っている。

『まにあったな!』

『救出した大隅教授と宏治とトムソたちに、大隅教授たちの記憶とあなたたちの記憶を与えた。欠落した記憶を補ったから、ユリやラビシャンたちに会えば記憶は連続する。そして少しずつ本物の記憶に戻る・・・。ほんとうに、それでいいのね?』

 モーリンはカムトを見つめて伝えた。


『ああ、それでいい・・・。母たちは、父たちと二十四年ぶりの再会に感激したいだろうが、のんびりしてられない。テロメアの記憶から、解決すべき事がたくさん蘇ったんだ』

『そんな事は後にして、二人とも顔を良く見せなさい!』

 モーリンは回収攻撃艦をオートクルーズにさせ、二人をコントロールポッドのシートから立たせて抱きしめた。


『モーリンは昔のままだね。ちっとも老けていない』

 カムトは身体を離してモーリンを見た。

『ガルとレグを生んで育てたから・・・』

『えっ!バレリの母は?』

 ガルは驚いて訊いた。

『バレリの母もバレリを産んで育てたのよ。癌で亡くなったけど』

『施設のトムソは、培養カプセルで育ったんじゃないのか?』とガル。

『最初のトムソは、全て母親が生んで育てた・・・。

 詳しい話は戻ったら話すわ』

 モーリンの目に涙が浮かんでいる。

『わかった』

 ガルとカムトはコントロールポッドに戻った。


 

「攻撃はするな。上下ブリッジに、そう伝えろ・・」

 ホイヘンスは宇宙戦艦の外部映像を見ながら、リンレイとシンディーの3D映像に、そう指示した。

「わかりました・・・」


 回収攻撃艦を破壊しても、奴らは大気圏外を移動できる。何の効果もない・・・。

 奴らはあれだけの急速度の移動に耐えている。バイオロイドの戦闘員ならコントロールポッド無しでは耐えられない加速度だ・・・。

 それに、どうやって格納庫に侵入した?

 いったい、トムソはどれだけの能力を秘めているのだろう・・・。

 外部映像を見るホイヘンスの頭上で、モーザが激しくスカーレットに明滅した。


「彼らがトムソとともに逃げると警告したが、お前は警告を無視し、彼らを逃がした」

「逃がしてはいない。奴らを生かしておけば捕獲する機会がある・・・。

 破壊すれば奴らの能力を得る機会を無くす・・・」

 ホイヘンスはそう呟いた。


「ニオブのニューロイドの配偶子は保管されている。配偶子の提供者と飼育者を逃がせばそう考えるのも無理はない」

 モーザの言葉には皮肉がこもっている。

「何を言う?大隅たちとアネルセンたちが逃げたのか?」とホイヘンス。

「彼らを逃がしたのは、お前にトムソが現れたためか?」

 ホイヘンスは自分の腕を見た。まだ小さいが皮膚に透明の硬いケラチン質が現れている。

「レプリカンのお前は配偶子の管理と臓器生成のために存在している。トムソに変異したお前は新たな機能を得るべきだ・・・」

 モーザの明滅が終らぬうちに、モーザから特殊な何かが放たれた。ホイヘンスの全てが光に転換してモーザに吸収された。

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