十二 評議

 二〇八〇年、九月十六日、月曜、ティカル二十二時。

(二〇八〇年、九月十七日、火曜、上海十二時。バンコク十一時。バクダット七時。ローマ六時)


 南コロンビア連邦グァテマラ、ティカル。地球防衛軍ティカル駐留軍地下基地、司令部会議室。


 宗教科学者で精神科学者のモーリン・アネルセンが報告する。

「カムトのケラチンシェル分子記憶によれば、地球に人類の祖先が発生する以前、外宇宙から、精神生命体のニオブとトトがヘリオス艦隊でこの地球に飛来した。

 ニオブのアーマー階級ジェネラル位の精神エネルギーマスが、楼蘭の乙女ローラとして、現在、上海のアジア古生物研究所に保管されているミイラ・マリオンのヒッタイト一族に精神共棲した。

 他のヒッタイトにはニオブのアーマー階級オフィサー位やソルジャー位が精神共棲した。

 我々のような人類の祖先には、クラリック階級プリースト位のレクスター系列や、クラリック階級のディーコン位や、ポーン階級シチズン位のニオブとコモン位のトトが精神共棲した。

 他の人類に、我々と対立する考えのクラリック階級アーク位とビショップ位、プリースト位が精神共棲した・・・。

 ニオブとトトがどの天体から飛来したかは、まだ不明よ・・・」


 アダム・ラビシャンは怪訝な顔になった。

「トムソは皆、ニオブなんだろう?」

「トトの種の精神共棲体を除けば、そうよ」とモーリン。

 アダムはアジア連邦議長(アジア連邦政府議会議長)で、統合評議委員(地球国家連邦共和国・統合政府議会対策評議会評議委員)である。

 アジア連邦、オセアニア連邦、北コロンビア連邦、南コロンビア連邦、ユーロ連邦、アフリカ連邦の六連邦の統括政府が

統合議会(地球国家連邦共和国・統合政府議会)

に基づく統合政府(地球国家連邦共和国・統合政府)である。

 個々の連邦議会(連邦政府議会)は、連邦議長(連邦政府議会議長)と、旧国家を代表する連邦議員(連邦政府議会議員)、国家に準ずる民族等を代表する連邦議員(連邦政府議会議員)で構成され、各連邦の連邦議長と連邦議員が統合議会の統合議員(地球国家連邦共和国・統合政府議会議員)である。

統合議長(地球国家連邦共和国・統合政府議会議長)は統合議会によって、連邦議長のなかから選出される。

 統合議会の議案を事前審議する統合評議会(地球国家連邦共和国・統合政府議会対策評議会)の統合評議委員長(地球国家連邦共和国・統合政府議会対策評議会評議委員長)

を統合議長が、統合評議委員を連邦議長(連邦政府議会議長)が務めている。



「トムソが誕生したのは、なぜだ?」とアダム。

 モーリンに代って、遺跡保護特別官のアレクセイ・ラビシャン教授が説明する。彼はアダムの祖父である。

「身体があった時、ニオブの能力に差はなかった。精神生命体のニオブになってから能力に違いが現れた。

 精神生命体ニオブが、精神共棲した身体に細胞変異を望めば、細胞変異は可能だ。それを望まない場合は不可能だ。ニオブの子孫は精神生命体の段階でそれら能力を身につけた。

 ニオブが精神共棲した人類と、ニオブが配偶者として認めた人類の間に、新人類トムソが誕生した。トムソの外観が、かつて身体を有していたニオブの姿だ。

 かつてのトトの外観は、ほぼ我々に近い。トトの子孫はトムソのような変化は現れていない。

 これまで新人類をニオブと呼んだが、区別のために『新人類トムソ』に統一するよ」

「かまわない」

 アダムは目を伏せて顎に手を当て、何か考えている。


 大隅教授が説明を補足する。

「ニオブとトトは、我々の祖先やローラの部族に精神共棲して時空の概念を理解させ、時空間を管理する立場に立とうとした。

 一方、クラリック階級と呼ばれたニオブは、独占と支配に執着した精神を宿していた。人類に意識内進入し、有史に残る殺戮と支配をくりかえしたが、地球環境による生存原理を悟って、人類の精神のあるべき姿を自覚するようになった」


 戦艦〈ホイヘンス〉(ホイヘンスが建造した宇宙戦艦)から救出したトムソと大隅教授たちは、救出直前にモーリンからカムトとガルたちの記憶を与えられた。記憶上、全員がティカルのメンバー同様、アダムと初対面ではない。


 驚いてアダムは顔を上げた。

「クラリックは何を自覚したんだ?」

「時空の維持管理だ」

 大隅教授の娘ユリの夫宏治が答えた。


「かつての独占や支配の精神はどうなった?」とアダム。

「地球環境の保護管理が有効と気づいて、時代とともにその方向へ移行した。

 だが、基本概念は現在も存在している。

 ホイヘンスのように、独占と支配へ向う者も居る。

 今、わかっているのはそれだけだ」

 説明した宏治は、室内空間に現れている大気圏外の3D映像を見て溜息ついた。

 南コロンビア連邦、ギアナ高地から発進した宇宙戦艦〈ホイヘンス〉は高度三万六千キロメートルの静止衛星軌道上に留まったままだ。


「ホイヘンスを放置したらどうなる?」

 アダムは、映像を見る宏治へ視線を移して、返答を待った。

「自分たちの存続のために、他を支配するか、あるいは破壊するかだ」

「そうか・・・」


 ラビシャン教授が言った。

「アダム。我々は軍事についてわからない事だらけだが、我々が何もしないわけではない・・・」

 ラビシャン教授と妻ネリー、大隅教授と妻かほり、宏治とユリ、モーリン・アネルセンとトーマス・バトン、皆、テロメアの分子記憶を解読している。新メンバーの物理学者、ピーター・プランクとナターシャ・プランク夫妻は、特殊な武器を開発しているが、軍事について詳しくない。

 ラビシャン教授は現在も遺跡保護特別官で、名目上、地球防衛軍のティカル駐留軍総司令官だが、ラビシャン教授の意思で、宏治とユリの息子のカムトに実際の総指揮権を委譲している。各部隊の指揮権は自分の子どもたち・アリーとミラとジョリーに委譲している。


「わかってるよ。アレクセイ・・・」

 あいかわらずアダムはラビシャン教授を祖父さんとは呼べず、ファーストネームを言った。ラビシャン教授に限らず、大隅教授も実年齢より遥かに若く、三十代後半のアダムと同世代に見える。宏治はそれより若かった。全てがローラ、つまり、マリオンから浴びたテロメアのエネルギー波の影響だった。そして、トムソを出産したネリーとかほりとユリ、モーリンも若く見えた。


 アダムがカムトに訊いた。

「カムト。〈S1〉もプロミドンシステムか?」

「ああ、そうだ・・・」

 カムトは、ホイヘンスの宇宙船の研究施設から、研究施設で誕生したトムソと研究施設に潜入していたモーリンやトーマス、拉致されていた大隅教授と宏治を救出する際、〈スゥープナ〉級回収攻撃艦の二十分の一レプリカ艦、通称〈S1〉を奪って帰還した。


 カムトは説明する。

「モーリンによれば、ホイヘンスはケープタウンのテーブルマウンテン内で、ニオブの偵察艦を発見した。ホイヘンスは偵察艦から得た情報で艦隊を造った。艦隊の能力を知るため、しばらく様子を見た方がいい」

「他にわかった事は?」とアダム。

「今はこれだけだ」

 カムトはそう答えた。


「わかった。ホイヘンスはしばらく泳がせよう。

 ニオブとヘリオス艦隊を詳しく調べてくれ」とアダム。

「了解した。

 ホイヘンスは我々トムソを捕獲すめため、統合評議会に圧力をかけるはずだ。

 早急に、ホイヘンスの処遇を考えてくれ」とカムト。


 現在、ホイヘンスの周囲にトムソはいない。トムソの分子記憶を解読するには新たに体外受精させて、トムソの誕生を数ヵ月間待つしかないが、ホイヘンスにそんな余裕はない。我々トムソを合法的に捕獲して分子記憶を解読し、用済みのトムソを臓器移植のビジネスに使うはずだ。

 それが不可能なら、精神生命体ニオブのヘリオス艦隊独占のために、トムソを合法的に抹殺して、体外受精したトムソの誕生を待つと考えられるが、それも不可能だ。

 なぜなら、ホイヘンスの艦隊がティカル駐留軍を攻撃すれば、我々はパラボーラを稼動して、ホイヘンス艦隊をソーラービームで潰滅する。いずれ、ホイヘンスはその事に気づくはずだ・・・。

 カムトはそう考えていた。

 

「わかった。私は上海に戻って、バクダッドへ行く。ミンスクと話して、統合評議会にホイヘンスの反逆罪の承認を得る。今日はここまでにする」

 そう言ってアダムは考えていた。

 ホイヘンスはベネズエラ、ギアナ高地のテーブルマウンテンの施設で強制的人工授精を行って、トムソを誕生させた。これは生命の尊厳を無視した重罪で、医療反逆罪である。そして、施設と偽って宇宙戦艦を建造した事実は、統合政府に対する軍事反逆罪である。いずれも永久禁錮刑が科せられる反逆罪で重罪だ。

 通信は傍受の可能性が高い。アダムがバクダッドへ行って、統合議長で統合評議委員長(地球国家連邦共和国・統合政府議会対策評議会評議委員長)のチャン・ミンスクにじかに会うのが最も安全だ。

「了解した」

 カムトが答えた。



 アダムは八名の政治要員を連れて、司令部会議室を出た。

「ミスター・ラビシャン」

 迷彩服の女兵士がアダムを追った。兵士はアダムと同じ背丈で、金髪をポニーテールにまとめている。細面の大きな目と通った鼻筋と魅惑的な唇がこの女兵士を童顔に見せて印象的だ。アダムは兵士の目と声に覚えがあった。


「ミスターはよしてくれ。アダムでいい。スカルだな?」

 スカルは宏治とユリの娘で、カムトの妹のトムソだ。以前からアダムは、スカルは魅惑的な目をしていると感じていた。

「アダムがこの姿を見るのは初めてだな・・・。

 あれがソミカ。あっちはアリー、ミラ、ジョリー、ミカ、ノバ、バレリだ」

 スカルは政治要員と話す女兵士たちを示した。

 ソミカは大隅教授とかほりの娘でトムソだ。

 アリー、ミラ、ジョリーはアダムの祖父アレクセイ・ラビシャンとネリーの子で、やはりトムソだ。

 ミカとノバは、ホイヘンスによって、宏治と他の女の配偶子から人工授精で生まれた。

 バレリは大隅教授と他の女の配偶子からだ。


「驚いたな!」

 アダムはスカルたちから懐かしい印象を受けた。全員がスカルと同じ服装でポニーテール、彼女たちの魅惑的な顔立ちと体形は、理想的な骨格が成せる業だ。だが、表れている表情のどこが魅惑的なのか、言葉に表せない。

「シェルを分離して、ソウルだけにもなれるんだ。

 だけど、今は頭部シェルを髪に、身体は皮膚に変異させてる。元に戻せば以前と同じトムソだ。シェルを脱いでも体系は同じだ。

 シェルは兵士のバトルスーツに似てる。たまには女らしい衣類も着てみたいけど・・・」

 スカルはアダムと話しながら通路を歩いて、戦闘ヴィークルを昇降する巨大エレベーターで、司令部がある地階から上層階の格納庫へ移動した。

 他の者たちも二人に従った。


 エレベーター内のアダムは、スカルと暮らしたい衝動に駆られている自分がわかった。だがそれは、ペットを飼ってはならぬ規則のコンドミニアムに居住する住人が、夜道で迷子の子猫になつかれて、可愛いと思うのに似ている。子猫は自分の足元にいて離れない。

 スカルが子猫のようにアダムになついているのではない。子猫のようになついて欲しい、なつきたい、とスカルとの関係を思いながら、新人類トムソと旧人類の間に埋められない溝があるのをアダムは感じた。

 新人類トムソの存在が世界の表舞台に現れていない今、トムソに関する全てが統合評議会(地球国家連邦共和国・統合政府議会対策評議会)の機密であり、トムソは定住地を変えられない。ティカルに居留するトムソ全員が南コロンビア連邦のティカル市民で、統合評議会の特殊ファイルにID登録されている。

 

「私もアダムと同じに思ってる。アレクセイやネリーやアリー、ミラ、ジョリーと話して、明日、帰ればいい。特に私とゆっくり話して欲しい」

 スカルはアダムの思いを読んでそう言った。

「スカルにそう言われると、本当にうれしい・・・。

 しかし、ミンスクに会う前に、ホイヘンスの処置をアジア連邦の統合議員たちに確認しなければならないんだ」

 アダムは思いをこめてスカルに本音を言った。


 有史以来続く、宗教と思想に端を発した中東問題と、近代に現れた化石資源を巡る紛争と廃棄物が原因の諸問題、とりわけ、化石資源がひき起こした温暖化による海面上昇と、原子力施設廃止に伴う放射性廃棄物処理、合成化学物質の海洋汚染など、諸問題を直接監視して解決するため、統合政府はアジア連邦イラクのバクダッドにある。


「アダムの思いはわかってる。私もアダムと同じだ」

 スカルは子猫のように身体を密着させてアダムを抱きしめた。アダムの思いを全て見通している。

 スカルの身体がしなやかにアダムにもたれると、アダムはスカルのうなじに唇を触れた。

「わかってる。ありがとう」

『アダム・・・』

 顔を起こして、スカルはアダムの目を見つめ、精神波で思いを伝えた。かつてニオブが使った思念波ではない。

『わかった』とアダム。

「いいんだね?」

「ああ、いいさ!戻ってくるよ!」

「うれしい!」

 スカルはアダムに強く抱きついた。



 遺跡の階段ピラミッドが上昇した。その下部に格納庫が現れている。月明かりに浮かぶ周囲は、迷彩色のシールドネット(防御エネルギーフィールドネット)が張られた樹木で覆われて、上空から探査しても、樹海にしか見えない。

 アジア連邦議長(連邦議長は統合評議委員(地球国家連邦共和国・統合政府議会対策評議会評議委員)でもある)アダム・ラビシャンが搭乗した〈V2〉は、格納庫のフロアから静かにゆっくり浮上してフロアすれすれを飛行し、スカルたちに見送られ格納庫を出た。


 アジア連邦議長アダム・ラビシャン専用ヴィークルは、水空両用の円盤型特殊ステルス戦闘爆撃ヴィークル〈V2〉である。〈V2〉は〈V1〉の人間用改良型で超高速大型爆撃機並みの装備と大きさがある。クルーは十八名。そのうち政治要員は八名、残り全てが警護要員である。政治要員も含め、全員が実戦訓練を受けた戦闘員であり、かつ、パイロットである。

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