三 永嶋から託されたパソコン
「あんた、永嶋さんから電話!」
省吾は妻の声で目覚めた。机にもたれて眠っていた。
時計は十一時。電柱を見たが烏はいない。開いていた南の窓は閉じている。
全て夢だったか・・・。
『夢ではないぞ。ケイコの言動は無視しろ』
マリオンの声だ。どうして妻の名を知ってる?いや、俺が自分の思いをマリオンのように思っているだけかも知れない・・・。
そう思いながら省吾は窓の外に烏を探した。
「また、こんなとこにバスタオル置いて。床がびしょびしょじゃないの!パソコン、届けたいって言ってるよ。早く電話に出なさい!」
小柄な中年女が眼鏡の奥で目を吊りあげて、バスタオルを階下へ放り投げた。
「ふんっ、いいご身分だこと。午前中から昼寝とはね」
午前中の睡眠は昼寝じゃない。朝寝だぞ・・・。
愚痴を聞きながら、省吾は階下へ下りて、妻が管理しているセキュリティモニターの映像通信に出た。妻の愚痴の思念で省吾は頭痛がしていた。
「パソコンが完成したので届けます。一時間くらいで着きますから」
N市在住の二十年来の友人の永嶋は、それだけ言って通信を切った。
「あんたの客に、昼飯の仕度なんかする気はないからね。外で食べなさいよ!」
妻の言葉を聞き流し、省吾は二階の自室に戻った。
永嶋が来ると、省吾は彼を食事に誘った。I市でちょっとは知られた昔ながらの鰻屋だ。
鰻屋で鰻重を食べたが美味くない。蒸しすぎで焼きがあまく、鰻が水っぽい。どうして、こんなのが美味いか不思議だぞ・・・。
『まずくないぞ・・・』
省吾の意識にマリオンの声が響いた。
烏は雑食で油揚げのような香ばしい物を好むのに妙だ・・・。
そう思いながら、省吾は永嶋に言う。
「永嶋さん、この味はどうです?」
「まあまあですが、評判ほどじゃないですね」
周囲に従業員がいたせいか、永嶋は低い声で話すと、鰻についてそれ以上何も言わず、パソコンについて話しはじめた。
「注文は、文書作成専用のタブレット型ノートパソコンと、文章と画像編集専用のデスクトップパソコンの一セットでしたが、約束の費用で二セット用意しました。
気にしないでください。最近入手した特注品の在庫処分です。私の所にまだ三セットあるんですよ。
タブレットとデスクトップのどちらも、タッチパネル型ディスプレイです。
バーチャルキーボードと音声でも操作できます。外付けフレキシブルキーボードやハードキーボードも使えます。
バーチャル3Dディスプレイを使う場合や3D映像を見る場合は、2Dから3Dにリセットするか、メガネ端末かスカウター端末を使ってください。
パソコン一セットに三種の携帯端末が付いてます。端末と言ってますがパソコン専用ではありません。従来方式の携帯機器です。
タブレット携帯端末は操作がタブレットパソコンと同じです。
メガネ帯端末とスカウター帯端末は、ワイヤーマイクか、骨伝道センサーによる音声か、目の動きでバーチャル3Dディスプレイで操作できます。
パソコンは二機種とも大容量なので、テレビやセキュリティモニターを集約できますよ」
「パソコンは仕事だけに使いたいんです。
テレビはBGM代りに一日中スイッチを入れたままにしてます。
家は電磁波遮蔽されてるんで、固定通信機を兼ねたセキュリティモニターが、外部通信の中継器を兼ねてます。
非常時に備えて、仕事用のパソコンと他の機器は、別にしておきたいです」
「集中管理より、分散管理の方がリスクは少ないですね。
パソコンに他の機器を集約したい時は連絡ください。
費用は約束どおり、パソコン一セット分と日当だけです。
在庫が余ってたので二セットになっただけです。壊れた時の予備に保管してください」
「なぜです?」
「私が扱うのはセコハンです。今回の費用も部品代だけです。特に理由はありません。ごく普通に使ってください。
一年内に一度メンテナンスしましょう。その時は無償です。
今回の領収書は?必要なら、正式のを発行します」
「いえ、必要ないです」
「では、戻って作業しましょうか」
永嶋は戸外でタバコを吸いたそうだった。
「はい・・・」
省吾は会計を済ませて外へ出た。
一時間ほどでセットアップが終り、四台のパソコンが使えるようになった。
「何かあったら連絡ください。二十四時間、いつでもかまいません」
省吾に見送られ、永嶋は帰っていった。
部屋に戻った省吾は、机の隅にあるテレビのスイッチを入れてニュースを映し、デスクトップパソコンを起動して日記に今日の記録を箇条書きし、
『もしかしたらマリオンは夢だったのかも知れない』
とつけ加えた。
『私は現実だ。日記はタブレットパソコンに書け』
省吾の意識にマリオンの声が響いた。
外を見ると電柱から烏が省吾を見ていた。
《昨夜、Y市で交通事故があり、大学職員の島本さんと会社員の竹村さんが亡くなりました。原因は竹村さんの酒酔い運転でした。なおこの事故による・・・》
BGM代りのテレビニュースが交通事故を伝えた。
まだ泥酔して運転する人がいるんだな・・・。
『省吾も、飲んで運転したら危険だぞ』
まさか?と思って省吾が外を見ると、まだ電柱に烏がいた。
その後。
デスクトップパソコンの日記に、正義の政治を書くことなく、気になる記録を時々書くだけで一年程が過ぎた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます