四 心惹かれる歯科衛生士
二〇二四年、五月十四日、火曜。
省吾の歯から冠が取れた。I市のかかりつけY歯科クリニックで過去に治療した歯だ。Y歯科クリニックへ行って治療を受けたが嚙み合せが悪く、歯茎から顎の筋肉まで痛みだした。鏡で見ると右下前歯内側の歯茎下部が腫れている。
二日後。
Y歯科クリニックで噛み合せを調節後、Y歯科医師は、
「この部分の歯茎の腫れは、本来、口腔外科でないと治せませんから紹介状を書きます。そちらを受診してください。
歯周病が進んでいるので治療します。歯茎の腫れが治まったら、歯周病の治療と親知らずの抜歯と虫歯の治療をしましょう。半年以上の治療になります。気長に通院してください」
歯茎の腫れた部分に近い歯肉を治療し、麻酔が効きにくい省吾のアレルギーを考えて炎症治療薬を処方した。
五月三十一日、金曜、午前。
省吾は紹介されたN市立病院の口腔外科を受診した。省吾を診察した三十代の歯科口腔外科女医は省吾の歯茎の炎症の原因を判断できずにいた。薬の処方になると、省吾のアレルギーに恐れをなし、Y歯科医師と同じ薬を処方した。
六月一日、土曜、午前。
N市の病院からI市に戻った省吾は、土曜の午前、Y歯科クリニックを訪れ、Y歯科医師に、N市の病院ではなんら判断も治療もできなかった事を説明し、Y歯科クリニックで歯周病治療が始まった。
Y歯科医師は、
「担当の歯科衛生士が治療を行ない、歯の磨き方を指導します。磨き方が悪いと、あなただけでなく、歯科衛生士の指導責任が問われますから、そのつもりで歯を磨いてください」
にこやかに笑いながら忠告した。
『俺の歯の磨き方が、歯科衛生士の職務評価に影響するなんてありえない・・・』
省吾は緊張した。
「では、歯の写真を撮りますね~」
子供に接するような声で、ポニーテールの眼の大きな歯科衛生士が3Dカメラを用意をしている。マスクで素顔はわからない。細面で鼻梁が高い。美人と想像できる。
Y歯科クリニックの診察室は二階にあり、周囲の公園がよく見える。省吾は戸外を見ながら、子供扱いしてるが結構手荒な治療をするのかも知れないと思った。
省吾の気持ちを知ってか、歯科衛生士は、
「緊張しないでくださいね~。唇を広げて歯茎を撮りますからね~」
省吾の唇と歯茎の間に器具を装着した。同時に省吾の意識に言葉が響いた。
『心配いらないよ。器具が入ってるから唐突に話さないで・・・。
私の意識を感じて、おちついて行動してね』
話しているのはマリオンかと省吾は思った。その後は何も聞こえなかった。
治療が進み、通院日数が増えるにつれ、省吾はマスクに隠れて眼しか見ていない、この歯科衛生士に心惹かれていった。
二〇二五年、三月三日、月曜。
省吾はI市からN市W区へ引っ越した。
これを機に、永嶋に二台のデスクトップパソコンと、二台のタブレットパソコンをメンテナンスしてもらった。
永嶋はバックアップ専用に外付けハードディスクを持ってきた。なぜ永島がそんな事をするのか、省吾はわからなかった。
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