十四 育成プログラム
バクダッドの統合政府ビル屋上与圧室から、アダムは外部空間を完全遮蔽したボーディングブリッジを渡って、通って待機しているヴィークル〈V2〉に乗りこんだ。〈V2〉は、アジア連邦議長と統合評議委員統合評議委員を兼務するアダム専用のヴィークルだ。
アダムは機体中央に円形に配置されたコントロールポッド群のひとつ、専用コントロールポッドのシートに座り、思考記憶センサー内蔵ヘルメットを被った。
プロミドンシステムは思考記憶管理システムを介して、思考記憶センサー内蔵ヘルメットを着用しているクルーの精神波を粒子信号に変換し、同種ヘルメット着用している他のクルーへ時空間転送する。
『海上を飛行してアジア連邦政府へ戻ってくれ。
上空にモーザと言うスパイボールが居る。今後は常時、戦闘モードだ』
アダムは思考記憶センサー内蔵ヘルメットを通じて精神波でコントロールポッドのパイロットに指示し、アダムみずから精神波で〈V2〉を戦闘モードにした。これで、あらゆる攻撃と探査を防止できる・・・。
アダムの意識に現れた銀河はそのままだ。
『了解しました』
補佐官をはじめクルーは十八名、そのうち政治要員は八名だ。政治要員も含めて、全員が実戦訓練を受けた戦闘員でパイロットでだ。いつでも実戦可能だ。
『モーザの距離は?』
『我々の上空一千メートルです。
戦闘モードでは通信が統合本部と各駐留軍本部に集約されます。アジア連邦政府は軍を中継して通信することになります』
〈V2〉を垂直離陸させながら、パイロットがアダムにそう伝えた。
地球防衛軍統合本部と基地はヒマラヤ山脈の地下にある。アジア駐留軍は桂林の地下だ。
『統合本部と駐留軍に繋がればいい・・・。
カムトからモーザの詳細を知らされて、詳細を両親には伝えてある・・・』
アダムは上海の連邦議長官邸に暮らす両親を思った。
アダムの思いはクルー全員へ伝わった。すでにクルー全員がそれぞれの家族にアダムと同様に行動していた。
垂直上昇した〈V2〉が水平高速飛行に移った。海上へ向って超高速飛行している。
『モーザが、我々の一千メートル上空に高度を保ったまま追ってきます。
撃墜しますか?』
クルーがアダムに伝えた。
『放っておけ・・・。モーザは探査ビームやビーム兵器を搭載している。我々が攻撃すれば、一千メートル上空から我々を狙い撃ちする。戦闘モードの〈V2〉は、あらゆる攻撃に対してそれなりの衝撃を受けるが、撃墜はされない・・・』
アジア連邦政府がある上海が近づいた。
『また、モーザの位置が変りました。これまで上空二時の方角から六時の方角へ変りましたが、また二時の方角に戻りました。
常に、最も近いパラボーラと我々を結んだ直線上に居ます。
パラボーラがモーザを攻撃したら、我々も被害を受けます』
『パラボーラは攻撃しないさ・・・』
アダムがパイロットに伝えた瞬間、〈V2〉の全方位監視システムがレーザーパルスビームのロック警報を発して、〈V2〉が急旋回降下して警報が消えた。
ふたたびシステムが警報を発した。
『モーザにビームロックされた!急降下する!』
『パラボーラがモーザをビームロックした。我々もパラボーラーの照射域に入った!』
その時、一瞬にモーザが消えた。
バンコクの優性保護財団外部管理部に、戦艦ホイヘンスから海面を見る3D映像が現れている。
「モーザが攻撃態勢を取ると同時に、パラボーラからレーザーパルス攻撃を受けました。モーザとヴィークルが消えました」
コンソールに着いているヤマモト・ミキが3D映像を見ながら報告した。
「機体を確認しろ」
ホイヘンスは専用のコンソールに戻って、ディスプレイの3D映像を見た。
戦艦〈ホイヘンス〉からの探査を確認してヤマモト・ミキが報告する。
「モーザも機体も確認できません。昇華したと思われます」
「海上を探せ。残骸を確認しろ」
「はい」とミキ。
簡単に撃ち落されるアダムではない・・・。何のために洋上を飛行した?上海に帰るなら飛航路は一直線だ・・・。最初からモーザの攻撃を予測してたのか?そんなはずはない・・・。
ミキの隣でセシルが報告する。
「総裁。奥様が到着しました。警備部長とともにこちらに向ってます」
室内を浮遊するモーザが、三名の警備員に付き添われてボーディング・ブリッジを歩く若い女の3D映像を投影した。
この優性保護財団ビルの屋上は地上から数百メートル以上にあり、地上より気圧が低くく天候変化が激しい。ボーディング・ブリッジは隔壁で外部空間を完全遮断している。優性保護財団ビルの管理は財団の警備部門が行っている。警備部門は戦闘員も兼ねる軍事のスペシャリストだ。
「妻を私の部屋へ通せ。
ミキ、セシル。私は出かける。二人とも、アダム・ラビシャンのヴィークルを探せ。見つけたら連絡してくれ」
「わかりました」
ホイヘンスは、外部管理部から総裁執務室へ歩いた。ホイヘンスが執務部室に戻ると、執務室の壁が四重にスライドして、執務室を外部から完全に遮断した。
「上げてくれ」
執務室は高速で上昇して停止した。
ドアが左右にスライドし、白いスーツを着こなした長身の女が入ってきた。女は細面で鼻筋が高く、理知的な大きな目と意思の強そうな表情が印象的だ。色白の襟足が見えるように長い髪を優美に後頭部へ結い上げて留めている。
この女をカムトやスカルが見れば、ソミカの母の若い頃、つまり大隅教授の妻かほりの二十代後半と勘違いする。それほど女はかほりに似ていた。
女がデスクの前に立った。ホイヘンスは女より十歳ほど年上に見える。ホイヘンスの身長は女と同じくらいだが、女のハイヒールと均整のとれた体系のため、女が大きく見える。
「あなた。準備は?」
「ああ、できてるよ・・・」
ホイヘンスは、デスクの横からブリーフケースを取って女の横へ歩いた。
「やはりアダム・ラビシャンなのね?」
女は入ってきた時のまま、執務室のデスクの前に立っている。
「おそらくそうだ。
チャン・ミンスクは中立を装ってるが、考えはアダムと同じだろう」
女はホイヘンスの腕を取ってドアへ歩いた。
「この事もそれとなく伝えて、大公を説得しないといけないわ」
ホイヘンスたちの行く先は、ローマのマルタ騎士団国本部(ロードスおよびマルタにおけるエルサレムの聖ヨハネ病院独立騎士修道会)である。現在ここバンコクは十三時だ。ローマは八時だ。マッハ二の高速ヴィークルなら三・六時間ほどでローマに着くから、到着はコーマ時刻の十一・六時だ。
「そうだな・・・」
ドアが左右にスライドした。二人は執務室から与圧室へ入った。背後でドアが閉じて、その上から上下の壁が二重にスライドした。二人は壁に向って歩いた。目の前の壁が左右にスライドした。その向こうの壁が上下二重にスライドしてボーディング・ブリッジが現れた。
「総裁。お久しぶりです」
ボーディング・ブリッジから、警備部長アンナ・バルマーが親しくホイヘンスに挨拶している。
「やあ、アンナ。モニカは元気かい?」
「おかげさまで、水泳ができるようになりました。また、モニカに会ってください」
アンナ・バルマーの娘の名はモニカだ。
ホイヘンスが妻を見て言う。
「帰ったら、コージイを連れてコーリーとともに、会いに行くよ」
「忙しいのにありがとうございます。総裁、奥様」
「いいのよ。コージイも喜ぶわ。いつもモニイの事を話してのよ」
そう言ってコーリーはアンナを抱きしめている。
「本当に、ありがとうございます」
「感謝するのは私だよ。
立場は違うが、我々は一族で家族だ。皆の努力無くして私は存在しない」
ホイヘンスはアンナと握手すると耳元で告げた。
「第二プログラムを開始する」
「了解しました」とアンナ。
ホイヘンスとコーリーは警備員に囲まれてボーディング・ブリッジを歩いた。
その頃。
〈V2〉の機内で、アダムは、自身が海面すれすれを浮遊しているのを感じた。
『探査されてないか?』
コントロールポッドのバーチャルディスプレイに、海面下から見た波が現れている。
実際は、海面下すれすれの水中を潜行する〈V2〉を、クルー全員が、直接、感覚神経で感知しているためだ。
『我々を見失ったようです。うまくいきました』
クルーがアダムに伝えた。
『古い戦法さ。奴らが諦めるまで現状を維持するんだ』
『了解しました』
静止衛星軌道上にいる戦艦ホイヘンスの方向へ、〈V2〉が潜行している海面がパラボーラの放った太陽光を反射している。戦艦ホイヘンスの探査ビームの死角だ。
アダムは子供の時に戦闘ゲームで使った戦法を思い出した。
ゲームは、前任のアジア連邦議長ジョージ・ミラーが、アダムへ、と言って父アンドレに渡したものだ。陸上戦や空陸戦、空中戦、空海戦、海上戦、海中戦、宇宙戦など各種戦闘の未来版がゲームとしてシミュレーションしてあった。どこにも売っていないゲームで、妙に興味をそそられた記憶がある。あれは統合評議会が私のような子供たちに課した、育成プログラムだった・・・。
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