十九 永嶋と偽のN検警特捜部
永嶋は、妻とともに二人を玄関で見送り、二階の自室に戻った。
デスクに着いてタバコを一服した永嶋は、デスクトップパソコンを起動して映像通信回線を開いた。
「八洲興業です」
長い髪をウエーブさせた目鼻立ちの整った中年女がディスプレイに現れた。
「永嶋です」
「あ~ら、先生、お久しぶりね~」
永嶋の声を聞き、女の声が艶っぽくなった。
「忙しいところ、すみません。会長をお願いできますか?」
「ごめんなさいね。大きい声では言えないけど、今日は市議会選がらみのゴルフなのよ」
女の声は外部通信でも聞こえる大きな声だ。
「それなら、また連絡します。会長の時間が空くのはいつですか?」
「このところ接待が続くから・・・、あたしでわかるなら、お答えするわ」
「奥さんは経理だから、私が引き取ったパソコンについてわかりますね」
一瞬、女の顔が曇った。
「嫌ですよ。あたしが電器や機械に・・・」
「操作じゃなくて、パソコン購入時を教えて欲しいんです。
そちらY市O区の吉田電機から買った、と言ってましたよね?」
「ええ、そうよ。パソコンに何かあった?」
「いえ、二十台で間に合うのに、なぜ、必要以上の機能のついた機種を三十台も買ったか、気になりましてね」
「やっぱりそう思うわよねえ」
「何があったんですか?」
「恥ずかしくって、先生には話さなかったけど、吉田電機の担当が美人で、会長が一目惚れして大変だったのよ。会長が、二号にする、何て言って、そりゃあ、揉めたわよ」
「で、どうなったんです?」
「担当の気を惹くのに、必要以上の機種を十台増しで買ったわ。
担当は学生アルバイトだったの。会長がしつこいもんだから、吉田電機を辞めたのよ。可愛そうな事したわ」
「奥さんは、その担当者に会ったんですか?」
「もちろんよ。あたしがお金を工面するんだから」
「どんな人でした?」
「身長が百七十くらいのすらっとした細身の美人よ。鼻筋が通った細面でちょっと垂れ眼かな。いつもポニーテールで笑っているように口角が上がってた。
確か、左の頬と左の二の腕に、小さなほくろが三つ、三センチくらいの三角形の形に散らばってたわ。似たほくろが頬と腕にあるんで憶えてたのよ。
名前は・・・、領収書と名刺があるわ。パソコン買ったのが二〇一六年だったわね、帳簿を見るわ・・・」
女の姿がディスプレイから消えた。
「良く見てますね」
「そりゃあそうよ。二号にするんなら、全てを知っとかなきゃいけないわ・・・。
あったわ」
女の姿がディスプレイに現れた。
「横村理恵、ね」
「どこの学生だったかわかりますか?」
「Y大の歯学部?それとも専門学校だったかしら。とにかく歯に関係してたわ」
女が真顔で説明している。
「他に気づいた事は?」
「何もなかったわね・・・。
ああ、そうだ。文書を書く練習に、日記を書くよう言われたわ。会長は書いてたみたい」
「担当の個人的な連絡先を聞いてますか?」
「いいえ。二号の話があったから聞けないわよ。可愛そうな事をしたわ」
女は申し訳なさそうに話している。
「忙しいのに手間をとらせてすみません。会長によろしくお伝えください」
「あたしの話でよかったかしら?」
女は話を終りにするのが惜しそうだ。
「ええ、会長なら話さないでしょうから」
「そうね。会長には内緒にしてね」
懇願するように、女は見つめている。
「もちろんですよ。近いうちに、妻を連れて都内へ行きます。会長ご夫妻と食事をごいっしょしたいのですが、どうですか?」
女の顔が明るくなった。
「わかました!お待ちしてるわ!連絡してね!」
「ええ、もちろんですよ。それでは、また」
永嶋は通信を切った。デスクトップパソコンの顧客フォルダを開き、右側頭部にスカウター端末をセットして、映像非表示通信回線を開いた。
「永嶋です。八洲会へ通信して訊きましたが、特別な事はありませんでしたよ」
「会長と話したんですか?」
「経理担当の奥方とです。パソコン購入時を話してくれました。やはり、パソコンは予定の二十台より十台多く購入してます」
「私もY市の吉田電機で確認しました。あなたから頂いた販売者リストに、記録洩れはありませんでしたか?」
「ありません。先日渡したリストだけです」
「そうですか・・・」
「他に何かありますか?」
「ありません。またお願いする事ができたら連絡します。協力、ありがとうございました」
通信が切れた。
やはり、顧客に、奴らに逆らうな、と伝えねばならない・・・。
永嶋はデスクトップパソコンの顧客リストを確認しながら戸外に違和感を感じた。
外を見ると、路地から白のボックスヴィークルが走り去った。他の路地から黒の大型ワゴンが走りでて、ボックスヴィークルを追った。
奴らはN検警特捜部を騙って何をする気だ・・・。
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