七 代理人㈢
二〇五六年、六月六日、火曜。二十二時過ぎ。
帝都中央地区学術研究区域、帝都大学病院外科病棟の当直室。
「大隅先生。新婚なのに当直はきついですね」
ソファーに座った杉浦ゆきが、自分の机で学術書を読んでいるユリを見ている。
いつも、杉浦は仕事の事しか話さない。こんな話をするのは珍しい。杉浦は三十代で、夫と子供二人と夫の年老いた両親の六人家族だ。
「今までと変らないから・・・」
ユリは病院勤務を話したつもりだった。
「えっ?・・・平常勤務の時、夜、家で旦那さんと仲良くしないんですか?」
杉浦は、新婚夫婦が行うベッドの中の行為を考えている。
「お互いにする事あるから・・・」
ユリは、医療作業は心ある者が行わなければ患者が癒されないとの信条を持っている。片時も無駄にできないと思って、トーマスが知らせたモーリン・アネルセンについて調べ、探し当てた彼女の精神と肉体に関する学術書、三冊を読んでいる。
「欲求不満になりませんか?」
杉浦はユリの反応を見た。
「ならないわ。お互いにしなければならない事がたくさんあるから、邪魔しないようにしてる」
ユリは適当に答えた。学術書に熱中しているユリに、杉浦の声は雑音程度にしか聞えない。
「新婚なのに、淡白なんですね」
この人は性欲より知識欲なんだと杉浦は思った。
「えっ?何が?」
本から顔を上げてユリは杉浦を見た。
「いえ、何も・・・。医師は忙しいですからね」
大隅ユリ夫婦はセックスに関心がない。山本須美にそう話せばこれで彼女に依頼された件は終る。同じ病院に勤務する者のプライバシーを探るなんて二度とできない・・・。
杉浦は優性保護財団にドナー登録している。山本を通じて生活資金を援助してもらっている。全てが夫の年老いた両親の医療のためだった。
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