二 商業宇宙戦艦〈ドレッドJ〉

 ガイア歴、二八〇九年、七月。

 オリオン渦状腕外縁部、テレス星団フローラ星系、惑星ユング、静止軌道上。

 商業宇宙戦艦〈ドレッドJ〉。



「星系間航路コンバットの代行は終了だ。映像を消去すると同時に、書類はテレス帝国軍警察星系間航路コンバット(テレス帝国軍警察重武装戦闘員MP)へ転送される」

 監察官はテーブルの3D映像を消去した。


「君たちは紅茶を飲んで外で待機してくれ。

 このアシュロネーヤに規則を教えねばならんのだ」

 監察官は警護の兵士たちにそう指示した。兵士たちは紅茶を飲み干して退室した。


 兵士たちが退室すると、監察官が職務上の態度を崩した。

「書類は、彼ら兵士を欺く見せかけだ。全て、クラリスと計画して実行したよ。

 これで〈ノア〉に関する全記録が〈ドレッドJ〉に変った。

〈ノア〉はどこにも存在しない。あるのは〈ドレッドJ〉に関する記憶だけだ」

 監察官はジョージに微笑んで真顔になった。


「ジョー・ドレッド・ミラー君。君に、商業宇宙戦艦〈ドレッドJ〉を無償で貸与する。

 これで我々が惑星カプラムへ行く口実ができた。我々は〈ドレッドJ〉に同行しよう」

「ありがとう、叔父さん!」

 ジョージは心強い味方ができたのを確信した。

 監察官はジョージの母方の叔父で、先祖は天文学者で天文機器エンジニアのモリス・ミラー博士だ。ジョージの先祖の天文学者ジョージ・ケプラー博士の同僚だ。


「何事も合法的に行えば波風はたたない。うまく立ち回るんだ、ジョージ」

「了解した。感謝するよ、叔父さん!」

 ジョージは監察官アントニオ・バルデス・ドレッド・ミラーを抱きしめた。

「叔父さんと呼ぶな。アントんでいい。今からお前はジョーだ」

「わかたったよ、アントン。

 我々の動きはテレス帝国に筒抜けか?」


「今回は、コンバットより先にギルドが〈ノア〉の建設重機を察知したから、内容を示さず、コンバットの代行が可能だった。

 単独組織を避けるんだ。アシュロン商会の傘下で動けば、テレス帝国の目をごまかせる。

 多重位相反転シールドは万全だな?」

 アントニオはクラリスに確認した。


『多重位相反転シールドしました。

 今後、重要事項は心で、つまり、精神波で会話してください。

 現在使っている精神波は、今までの精神思考(心の思考)とは違います。私を中継しています。

 精神思考する者にも気づかれません』


『誰が精神思考してる?テレス帝国に精神思考する者はいるか?』

 ジョーはクラリスに訊いた。

『精神波まで使うのはあなたたちニュウカム(ミュータント)のカプラムだけです。

 皇帝ホイヘウス、皇后テレス、皇女クリステナは思念波を使ってます。彼らが精神思考できるか否かは、彼らが今後どう変化するかによるわ。

 皇后は第二子を懐妊中よ。彼女が出産したら、皇帝ホイヘウスは他星系へ遠征する』

 惑星カプラムのヒューマ(ヒューマン)はカプラムと呼ばれ、思念波を使う者が多い。


『いつ出産する?』とアントニオ。

『惑星ガイア歴で半年以内ね』

『ヒューマと違うのか?』とジョー。

『皇后テレスはヒューマのレプリカン(クローン)で胎児は半ニオブの収斂進化したディノスです。皇女クリステナもヒューマです。

 皇帝ホイヘウスも収斂進化したディノスで半ニオブす。胎児の影響で、皇后テレスもニオブ化しています。本来のニオブにあった変態能力を持っていません』

 ディノスは、ディノサウルスが収斂進化したディノサウロイドのことを言う。


『ニオブとはなんだ?』とジョー。

『精神共棲した精神生命体です』

『他にもニオブがいるのか?』

『五年後、オリオン国家連邦共和国からニオブのニューロイドがテレス星団に現われます。

 目的は皇帝ホイヘウス一族とディノスの抹殺です。彼らは、身体形態を問わぬ逮捕を課せられた第一級重罪犯です・・・』


 皇帝ホイヘウス一族とディノスたちに精神共棲した、オイラー・ホイヘンスと部下たちは、オリオン国家連邦共和国の地球(惑星ガイア)国家連邦で、統合政府反逆罪と医療反逆罪、逃亡罪を犯している。

 地球国家連邦統合政府は、検察警察機構と軍事機構と一般市民に、第一級重罪犯ホイヘンスの逮捕権を与えたが、その後、ホイヘンスの逮捕権は、ホイヘンスの身体形態を問わない特別逮捕権に変った。

 単なる第一級重罪犯なら、逮捕と同時に特殊カプセルに隔離幽閉されて、生かされたまま、その存在は現実世界から消滅するが、身体形態を問わぬ逮捕は、抹殺や分子レベルの分解を意味した。


 ジョージもアントニオも、クラリスの言葉が信じられなかった。

『ニオブが現れたら教えてくれ』とジョー。

『わかりました』とクラリス。


『ところで、テレス帝国には、どれだけのディノスがいる?』とジョー。

『帝国政府要人は、ほぼ全員がディノスです』

『なるほど、帝国がコンバットを使って星系間航路を支配したのはそのためか・・・』

 ジョーは納得している。

『皇帝ホイヘウスがディノスなら、皇后テレスの子は早く産まれるぞ』とアントニオ。


『そうなると、半年後だな・・・。アントンは、ギルドを率いてテレス帝国を攻撃する機会を練っているのか?』とジョー。

 アントニオが伝える。

『皇帝は軍と軍警察を強化して帝国の支配体制を強化し、皇后に権力を譲り、遠征して支配宙域を拡大する気だ。

 最近の星系間航路コンバットの動きを考えると、すでに皇后が権力を掌握してるのかも知れない』

 テレス帝国が軍と軍警察を強化すれば、その影響は支配体制下部の各ギルドに及ぶ。最も監視強化されるのが、商業宇宙戦艦を所有して豊富な物資を扱う商業ギルドだ。

 商業ギルドの一大勢力が惑星ユングのアシュロン商会だ。構成員の商人・アシュロネーヤの多くが惑星ユングのネイティブヒューマ(ヒューマン)のユンガだ。


 約八百年前。

 カプラム星系惑星カプラム(オーレン星系惑星キトラ)に棲息する、獣脚類が収斂進化したヒューマノイドの国家・キトラ帝国がヒューマ(ヒューマン)を食糧にするため、惑星ガイアのヒューマを騙してフローラ星系惑星ユング(ファレム星系惑星エルサニス)とフローラ星系惑星ヨルハン(ファレム星系惑星レワルク)に入植させた。

 しかし、ヒューマはキトラ帝国の策略に気付いてキトラ帝国を駆逐し、フローラ星系惑星ユング(ファレム星系惑星エルサニス)とフローラ星系惑星ヨルハン(ファレム星系惑星レワルク)、カプラム星系惑星カプラム(オーレン星系惑星キトラ)を開拓した。

 現在。

 皇帝ホイヘウスが支配するテレス星系惑星テスロンのテレス帝国の政府要人は、多くがディノスだ。ヒューマが居住する惑星ユング、惑星ヨルハン、惑星カプラムは、テレス帝国に対抗する勢力として敵対視を免れない。


 我々はのらりくらりとテレス帝国の監視の目を逃れ、勢力を拡大して軍備を整え、テレス帝国を壊滅する機会を待つしかない。

 だが、テレス帝国に対抗する軍備をどうやって整えて、どこに隠すのだろう・・・

 ジョーがそう精神思考するとクラリスが微笑んだ。


『木を隠すなら、森の中でしょう』 

『勢力を帝国軍内部へ拡大するのか?』とアントニオ。

『軍内部に我々の思想を反映できれば、軍備は我々のものです。アポロン艦隊を利用して軍備拡充も可能です』

 クラリスが説明する。



 約八百年前。

 ヒューマが惑星ガイアからテレス星団に入植する際に使用したヒューマのアポロン艦隊は、搭乗員一万人の巨大攻撃用球体型宇宙戦艦(直径一キロメートル、後のスペースコロニー・アポロン1000)二十隻と、内部に食糧生産工場を持つ搭乗員一万人の惑星移住計画用巨大球体型宇宙戦艦(直径二キロメートル、後のスペースコロニー・アポロン2000)二十隻から構成された。


 七百年以上を経た現在も、アポロン艦隊は健在である。惑星ユングと惑星ヨルハン、惑星カプラムの静止軌道上で、スペースコロニー・アポロン群として活用されている。

 スペースコロニー・アポロン群が健在な理由は、AIクラリスがスペースコロニー・アポロン1000-1のアポロン(アポロン艦隊の旗艦〈アポロン〉)を通じて、スペースコロニー・アポロン群を管理して自己修復しているためだ。事が生ずれば、クラリスの指示でスペースコロニー・アポロン群はアポロン艦隊の戦艦として現役復帰する。



『現在、アポロン艦隊はスペースコロニーとして使われているため、攻撃用巨大球体型宇宙戦艦とは思われていません。帝国に知られることなく、スペースコロニーで巨大攻撃用球体型宇宙戦艦の建造は可能です』

 クラリスがジョーに目配せしている。

 静止軌道上の空間を多重位相反転シールドして内部を次元変換し、巨大攻撃用球体型宇宙戦艦を建造する。物資は時空間スキップさせればいいのか・・・。



『警告です!

 星系間航路コンバットの戦艦が、惑星テスロンから亜空間スキップしました。この惑星ユングの静止軌道に現れます』

 クラリスが精神波で伝えると同時に、ジョーの精神思考域(心)に、惑星ユングの静止軌道の惑星ラグランジュポイントが現れた。テレス帝国軍警察星系間航路コンバットのイージスタイプの巡航戦艦〈ソード〉が出現して〈ドレッドJ〉に接近している。〈ソード〉は〈サーチ〉の二倍の大きさだ。

 ジョーは〈ドレッドJ〉の多重位相反転シールドを強化して、星系間航路コンバットの探査を防御しようと思った。

『自由に探査させるのよ、ジョー』

 クラリスはおちついている。



 巡航戦艦〈ソード〉が、〈ドレッドJ〉に接艦している〈サーチ〉から数十メートル離れた位置で停止した。


『〈ノア〉の記録は全て抹消した。ヤツラが知る事は何もない。探査は無駄だ』

 アントニオはほくそ笑んでいる。

『了解』

 ジョーはクラリスの指示どおり〈ドレッドJ〉を艦体隔壁の外殻シールドだけにした。


 星系間航路コンバットは〈ソード〉から探査ビームを使って〈ドレッドJ〉を探査し、アシュロン商会の商業宇宙艦と〈ドレッドJ〉の相違を探査した。


『クラリスが作った記録は完璧だ。どれだけ探査しても無駄だ』

 ジョーの苛立ちを読んでアントニオが伝えた。


 クラリスの機能、ヒッグス場を介した記憶思考管理システムで、すでに〈ノア〉の記録はテレス星団の全てのヒューマノイドの記憶からも消えている。新たに作られた〈ドレッドJ〉の記録は、ギルドのアシュロン商会が所有する商業宇宙艦の記録だけだ。

『私の実行にまちがいはありません。

 ジョーはジョー・ドレッド・ミラーよ。艦長はあなたの妻キティー・ミルカ・ミラーです。ジョー。あなたの記憶を探りなさい。キティーがいるわ。もちろん、実の妻としてよ』

 クラリスはジョーに微笑んでいる。まるで母のオッタビアのようだ・・・。

 ジョーは母に監視されているようでおちつかない。


『母の記憶が意識障壁になる部分は改善しなければなりません。

 自力で乗り越えないと、非常時にフラッシュバックします。

 私に、あなた自身の精神と意識の改善を求めてはいけないわ。

 あなたの力による完璧な消去が必要よ』


『わかった。いつのまにか俺は妻帯者か・・・』

 ジョーは精神思考域の隅にある妻を確認した。同時に、妻であり艦長であるキティー・ミルカ・ミラーの記憶がジョーの中に拡がった。

 こんな記憶を押しつけるくせに、俺自身の意識障壁になる部分は自力で克服しろと言うのだから妙な話だ・・・。


『妙ではないわ。私が決定したの。クルー全員の経歴も変更した。いつもはこんな事しないの。あなたたちが自力で行える事は、可能な限りあなたたちがするのですよ。

 今回は緊急事態で特別です!

 さあ、コンバットのウィスカー・オラール艦長が現れるわ。レプリカンよ』

 精神思考域の妻に関する記憶の傍で、クラリスが微笑んでいる。



 星系間航路コンバットの〈ソード〉艦長は、テレス帝国軍警察総司令官ウィスカー・オラールス大佐のレプリカン(クローン)だ。

 オリジナルのオラール大佐はテレス帝国軍警察総司令官で、帝国軍警察星系間航路コンバットと帝国軍警察亜空間転移警護艦隊と帝国軍警察重武装戦闘コンバットとの総指揮官だ。アントニオとジョーたち〈ドレッドJ〉のクルー同様に、出生地は惑星カプラムで、生粋のカプラムだ。


〈ソード〉艦長ウィスカー・オラールの3D映像が、〈ドレッドJ〉司令室のテーブルに現れた。巡航戦艦〈ソード〉の司令室から、オラールみずから3D映像を投影している。


「ミラー監察官の報告に異状はない」

 オラールはアントニオを見つめてジョーに視線を移した。オラールの身長はアントニオと同じで体型も細身。金髪碧眼の日焼けした白人で典型的なカプラムだ。


「君はニュカムか?」

 オラールがジョーを見た。ジョーの身長は二メートルほどだ。オラールより頭一つ分背が高く、グリーンブラウンの肌と金色の虹彩をしている。

「そうだ。ジョー・ドレッド・ミラーだ。この商業宇宙艦の司令官だ。

 艦長は妻のキティー・ミルカ・ミラーだ」


「その事も、君たちがアントニオの身内である事も、確認している」

 オラールはジョーとアントニオを見くらべて、この男がニュカムなら一般のカプラムに似ていなくても、大いに頷けると納得している。

 ジョーはオラール艦長の思考を読みとり、単純思考な人物だと思った。


「積荷は何かね?どこへ交易する?」

 オラールは犯罪者を尋問するような目つきでジョーを見て、思念波でジョーの思考を探ってきた。


「日常品と嗜好品をヨルハンのアシュロン商会へ届けて、重機をカプラムのアシュロン商会へ届ける」とジョー。

 オラールや一般カプラムの思念波で、俺やアントンの思考を探るのは不可能だ。クラリスが操作した仮想思考を読んで納得するがいい・・・。


「物資を届けた後はどうする?」

 オラールが納得したように訊いた。

「ヨルハンから穀物をカプラムへ運ぶ。カプラムから食肉をヨルハンへ運ぶ。穀物と食肉はここユングにも運ぶ」

 カプラム星系惑星カプラムで飼育されているレビンとバロムは草食の家畜だ。


「ミラー監察官。スキップリングで物資をスキップ(亜空間転送)できるのに、商会は、なぜ商業宇宙艦を使うのだね?」

 オラールは疑わしげにアントニオを見ている。


 アントニオは、わかっている事を訊くなと思いながら答えた。

「アシュロネーヤがカプラムだけなら、互いの腹を読めるから物資をピン撥ねされない。

 しかし、アシュロネーヤにはユンガもテスランもヨルハもいる。スキップリングを使って取り引きすれば、物資を横流しされて帳尻が合わない事もある。それら防止策に商業宇宙艦で物資を運び、交易を直接確認する」

 

「愚問だった。わかっていても訊きたい場合や、話しておきたい場合があるのだ。

 ミラー監察官は検閲業務に戻れ。

 ミラー司令官は積荷作業を続けろ。

 星系間航路コンバットの検閲は以上だ」

 オラールの3D映像が消えた。


 一息つくまもなく、ふたたびオラールの3D映像が現われた。

「今、本艦〈ソード〉と貴艦〈ドレッドJ〉と検閲艦〈サーチ〉をまとめて多重位相反転シールドした。星系間航路コンバットに、これら三隻の探査は不可能だ。

 現在、星系間航路コンバットは、これら三隻を安定レベルの艦船と判断し、探査対象外に設定した。私がそう指示した。

 君たちに伝えておく。

 私がカプラムであることを忘れないで欲しい。私はテレス連邦共和国再建のために動いている」

 そう言ってオラールの3D映像が消えた。


『〈ソード〉と〈ドレッドJ〉と〈サーチ〉の多重位相反転シールドが解除された。〈ソード〉が亜空間スキップ可能域へ離脱したわ』

 クラリスがそう伝えてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る