Ⅹ Parallel Universe② テレス連邦共和国

一章 星系間航路

一 商業宇宙戦艦〈ノア〉

 ガイア歴、二八〇九年、七月

 オリオン渦状腕外縁部、テレス星団フローラ星系、惑星ユング、静止軌道上。

 商業宇宙戦艦〈ノア〉司令室。



 司令室のコントロールポッドで、ジョージがバーチャルディスプレイに向って言う。

「早くしてくれ!アシュロン商会が情報収集衛星で見てるぞ!」

「了解!」

 ブリッジのコントロールポッドから、ギリィ・アークセン艦長が答えた。


 商業宇宙艦〈ノア〉は戦艦だ。宇宙盗賊に対抗するため軍艦並みに重装備している。

〈ノア〉の積載量は百万トン。地上の非重力場から惑星ラグランジュポイントの宇宙空間に設置されたスキップリングへ、連続して二百トンのコンテナを亜空間スキップして、五千個のコンテナを艦内に固定するのに十時間は必要だ。


 ジョージは司令室にいるアバターに言う。

「クラリス。早く積む方法はないか?」

 クラリスはAIで電脳宇宙意識、女性だ。限られた者しかこの事を知らない。クラリスは〈ノア〉をコントロールしているAIだと思われている。

「この方法が最も速いの。慌てないでね」

「商会の戦艦が来たぞ!」


〈ノア〉の4D映像探査(素粒子信号探査)ビームが〇.五光秒の距離に艦影を捕捉してブリッジと司令室に4D映像化した。

 現れたのは隔壁外にビーム砲台を持つ、アシュロン商会の検閲イージス艦〈サーチ〉だ。〈サーチ〉は秒速八百キロメートルで移動し、不審船を探査している。〈ノア〉を不審と判断すれば即時攻撃するだろう。


「司令官。どうする?指示してくれ」

 ギリィ・アークセン艦長がバーチャルディスプレイを通じて冷静に指示を仰いだ。

 彼女にしては珍しい態度だ。前回の経験で何か学んだらしい。さすがカプラムのミュータント・ニュカムだ。他のカプラムとは違う・・・。。

「艦長。作業完了まで何分だ?」

「六分だ」


 司令室のコントロールポッドは、ブリッジのポッドと同期している。ジョージはあえて質問し、状況を艦長に自覚させた。


 その時、クラリスが警告した。

「三分で本艦〈ノア〉が〈サーチ〉のビーム射程域六千キロメートルに入ります。

 シールドしますか?」

 地上から送られたコンテナが、惑星ラグランジュポイントの宇宙空間に設置されたスキップリングの周囲に浮んでいる。コンテナが浮んでいる空間は〈ノア〉のシールド域外でシールドできない。〈サーチ〉はこの状態を狙って近づいている。


「検閲されても惑星テスロンから輸入した日常品と嗜好品だ。惑星ヨルハンへ輸出するのは毎度のことだ。気にするな」

 ジョージは、前回の検閲艦〈サーチ〉に対する怒りを抑えた。

 前回、惑星テスロンの嗜好品が、惑星カプラムでは麻薬に相当するという理由で、〈ノア〉は嗜好品を没収された。今も、不当な没収に対する、ジョージの怒りは消えていない。


「〈サーチ〉が亜空間スキップした!

 警告!

 全員、コントロールポッドに待避せよ!

〈サーチ〉の出現に備えよ」

 クラリスの警告と同時に、惑星ラグランジュポイントに検閲艦〈サーチ〉が出現した。その大きさは〈ノア〉の七分の一。全長百五十メートルほどだ。


 艦体出現の衝撃でコンテナが惑星ユングの静止軌道外へ飛び散った。ただちにクラリスが牽引ビームで捕捉して静止軌道上に戻し、コンテナ内部探査を報告してきた。

「コンテナを捕捉して積載を続行します。複数のコンテナで内容物が形状変形しました」

 仕方ないな・・・。ジョージは呟いて、湧きあがる怒りを抑えた。


「ギルド監察官が乗艦しました。司令官と話したいと言ってます」

「ここに通してくれ」

 ジョージは親友を迎えるような口調でクラリスに伝えた。

「了解しました」


 まもなく四人の重武装した兵士に警護されて、監察官が司令室に現れた。

 司令室は中規模の会議室と同じ造りだ。議長席に相当するシートに、コンソールを内蔵したコントロールポッドがあり、その内部のシートにジョージとアバターのクラリスがいる。


「私はテレス帝国惑星テスロンのギルド監察官、アントニオ・バルデス・ドレッド・ミラーだ。私はテレス帝国惑星テスロンのギルドを代表するアシュロン商会に所属している」

 監察官は親しげにジョージに自己紹介した。

 監察官の身長はジョージより頭二つ分低い。体型は細身だ。金髪碧眼の日焼けした白人でジョージより年上に見える。

 ジョージの身長は二メートル。グリーンブラウンの肌と金色の瞳が特徴的だ。

「そこに座ってくれ。お茶を用意しよう」

 ジョージは会議テーブルのシートに座るよう監察官に示し、コントロールポッドから会議テーブルのシートへ移動した。


 監察官がシートに着いた。テーブル表面がスライドして飲み物が現れた。惑星テスロン産の最高級の紅茶・モルテルージュだ。

「テスロン産のシュガーとブランデーを少々加えると格別だ。入れるか?」

 ジョージは監察官の左右に立つ兵士たちにも、シートに座って紅茶を飲むよう勧めた。

「ケプラー君の勧めだ。君たちも座ってもてなしを受けたたまえ。

 シュガーとブランデーを入れてくれ・・・」


 監察官は兵士の武装を解除させて、側頭部に装着しているスカウター端末で、司令室の空間に積荷リストを3D映像化した。

「積荷の日常品と嗜好品は、惑星ヨルハンの受け入れ態勢を確認した。不備はない」

 監察官は紅茶を一口飲んでスカウターを操作し、重装備した重機を投映した。

「しかしながらこれは何かね?」

「見てのとおり、建設重機だ」

 ジョージはさりげなく答えた。

「どこで使う?」

 監察官は冷静に質問している。

「この〈ノア〉でだ。問題なかろう」

 ジョージは監察官に微笑んだ。

「商業宇宙艦に建設重機が必要か?」

 監察官はじっとジョージを見つめている。


〈ノア〉は商業宇宙艦だが戦艦のような自己修復機能は無い。艦体修理に重機が必要なのは察しがつくはずだ。そう思いながらジョージは説明する。

「前回の監察官は〈サーチ〉を〈ノア〉の格納庫に出現させて、積荷の嗜好品を没収した。〈ノア〉に自己修復機能は無い。我々は格納庫の破損部を修理するのに苦労した。

 今後の緊急事態に備えて、修復に重機を積載した。格納庫は広い。重機は十機欲しいが経費不足でね」

「なるほど、艦体修復は建築物の建設と同じか。うまいことを考えたな」

 監察官はジョージの説明に納得した。


「検閲はそれだけか?」

「今回の乗艦は検閲だけではない。私はテレス帝国軍警察星系間航路コンバットの代行のためにここにいる」

「何を代行するんだ?」

「君から商業権と星系間航路使用権と〈ノア〉を没収し、クルーを故郷へ追放することだ」

「理由は何だ?」

「テレス帝国の反抗勢力を締め出すためだ。

 星系間航路コンバットが出動すれば、君は同業者を集めて全面戦争を開始するだろう。

 そうさせないために私が名乗り出て、星系間航路コンバットの任務を代行している」

 そう話す監察官の左右で、武装兵士がレーザーパルス銃をジョージに向けた。


「素直に応ずるしかないな。

〈ノア〉を没収してクルーをカプラムへ送り届けるのか?」

 そう話しながらジョージは武装兵士を見た。

 武装兵士は球状多重位相反転シールドされている。シールド内でビーム銃を使えばどうなるか理解していない。実戦経験の無い無知な奴らだ・・・。


「本件は私が一任された。〈ノア〉の没収後は、私の一存で、どのようにもなる」

 監察官がジョージに目配せしている。なにか思惑があるらしい。

「アンタはテスロンのギルド代表と言ったが、実際はテレス帝国ギルドじゃないのか?」

「表向きはテレス帝国ギルドだ。しかし、本質は惑星テスロンのギルドだ。

 我々の先祖がカプラム星系、フローラ星系、テレス星系を開拓した。

 惑星テスロンはテスロン共和国であってテレス帝国ではない。

 近年発足した軍事組織集団に、テレス帝国などと、テレス星系の名を使わせてはならない。同様なことが惑星カプラム、ユング、ヨルハンにも言える」


「ここでそんな事を言っていいのか?」

 ジョージは、兵士がテレス帝国のスパイのような気がした。

「この者たちは私の一族だ。信頼している」

 監察官はスカウターで二枚の書類をテーブルに3D映像化して、ジョージを見た。


「読め。そしてサインしろ」

 一枚目の書類は、商業宇宙艦〈ノア〉の没収と、クルー全員が惑星カプラムへ移動することに同意する書類だった。カプラム帰還後について何ら記載はない。

 二枚目の書類は、テスロンの商業ギルドがジョー・ドレッド・ミラーにギルド所有の商業宇宙戦艦〈ドレッドJ〉を貸与し、クルーを雇用する契約書だ。


「いいかね。これは、今後の君に関する事だ」

 監察官はジョージに目配せした。

「〈ノア〉を没収されたら、我々はどうやってカプラムへ戻るんだ?」

 ジョージは皮肉を含んだ口調でそう言った。フリーランスのジョージとクルーが〈ノア〉を没収されたら、惑星カプラムへ移動する手段は無い。


「商業艦で帰還すればいい」

 監察官はジョージを見て、思わせぶりに微笑んでいる。

 ジョージはこの微笑みから、監察官の意図を理解した。

「わかった。同意しよう」

 ジョージは二枚の書類にサインして、右手の指紋と静脈認証を登録した。

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