四 カプラムのニュカム、ジョー
グリーゼ歴、二八一五年、十一月十六日、朝。
オリオン渦状腕外縁部、テレス星団フローラ星系、惑星ユング。
ダルナ大陸、ダナル州、アシュロン、ドレッド商会。
マリーはバトルアーマーのAI・PDの機能を使い、再建されたドレッド商会本部ビルから五百メートルほど離れた、ビルとビルの間へ時空間スキップした。
「PeJ、通話に割りこんでくれ」
今日のマリーは昨日と違い、コンバットのフル装備だ。ヘルメットは背に装着している。
「ああ、はい、いいよ」
PeJがマリーの肩の上で震えている。
「緊張してるんか?ちびるなよ」
マリーは肩にいるPeJに手を触れて緊張をほぐした。
マリーとジョーの通話を除く他の通話全てを遮断させて、バトルアーマーの装備から、4D映像通信を商会本部ビルの回線に割りこませた。
ジョーのサングラス端末に着信信号が入った。バトルスーツとバトルアーマーで身を固めたマリーの4D映像が執務室に現れた。
白いスーツに身を包んだジョーはソファーに深々と座って、惑星テスロン産の疑似シガー・ガルバンを燻らせて、重い息づかいで言った。
「何か用か?」
「一夜にして、商会のシマを手に入れたな」
マリーはスカウター端末に現れたジョーの4D映像にそう言った。
「アシュロン商会本部が『ドレッド商会』になっただけだ。
おまけにオレはアシュロン商会から目をつけられてる。
俺がアシュロン商会を潰すというアンタの思惑は外れだ」
「飛行重機をどこから手に入れた?その事を聞きたい。
そっちへ行っていいか?」
私が精神共棲していないマリー単独なら、こんな危険な交渉はしない。チーム全員で商会を包囲して交渉する。だが、それは宣戦布告と同じだ。
今はボス交渉が必要だ・・・。
マリーはバトルアーマーのシールドを起動させた。
「ああ、来てくれ。アンタには借りがある。歓迎するぜ。
これから朝飯だ。付き合ってくれ。
シールドを解除しないと飯は食えないぜ」
ジョーは不敵な笑みを浮かべてサングラスを取った。昨日の碧眼のジョーと違う。虹彩が金色だ。
「今日はカプラムのニュカムか。忙しいな」
マリーはドレッド商会のビルへ歩いた。
「ああ、昨日は偽装していた。
それと、オレがニュカムになったのは簡易再生培養装備や、あのAIマシンによる記憶スキップのせいじゃない。
オレの先祖は、惑星ガイアからテレス星団フローラ星系惑星ユングと惑星ヨルハン、カプラム星系惑星カプラムに入植して、先住ネイティブの獣脚類のヒューマノイドを壊滅した。先住ネイティブの獣脚類のヒューマノイドはディノスとラプトとイグアノンだ。我々の先祖を入植させて食糧にする計画だった・・・」
ジョーは自分のルーツが惑星ガイアにある事を示した。ジョーがルーツを語るのはマリーへの信頼の証だ。そして、慣れ親しんだ戦友を迎えるように言った。
「このビルのシールドも入口のロックも解除した。手下は警戒を解いてる。安心しろ」
「了解した」
マリーはドレッド商会ビル入口で、バトルアーマーのシールドを解除した。
『ボク、心配だよ』
PeJがマリーの肩でトルクンに変身した。ドレッド商会入口の石柱を見あげて震えている。石柱の上の梁にあるのは、四つの惑星を鋭い爪の両足で鷲づかみにしているカプルコンドラだ。その巨大怪鳥の上にある古代テスローネ言語の刻印は『ドレッド商会』と真新しくなっている。
『トルクンのまま胸のポケットに入ってろ。オッパイをかまうんじゃないぞ』
PeJはオッパイが大好きだ。忠告しなければさらに小さくなってバトルスーツの内部に入り、胸の間に忍びこむ。どうしてこのトルクンのような習性を身につけたか不明だ。
おそらくPDの知識ファイルを開いて、有袋類トルクンの習性を知ったのだろう。
『うん、わかったよ』
PeJは小さなトルクンに変身して、バトルアーマー内のポケットに入った。
ドレッド商会の防弾ガラスのドアが左右にスライドした。マリーは内部へ入った。
フロアにいるジョーの手下たちが危険な目つきでマリーを睨んだ。
そのなかのドレッドヘアーの二人が二階への階段を顎で示している。
「ありがとうよ!おかげで身体が新しくなったぜ!」
二人は廃墟ビルでマリーが殺戮した男たちのレプリカンだ。
「まともな遺伝子が残っててよかったな。
新品になっても、能力は今まで以上にならない。
この意味がわかるか?」
マリーは二階へ階段を上りながら、ちょっと大きい方のドレッドヘアーにそう言った。
「いや、わからねえ」
「お前の体組織を使って再生したなら、お前と同じ歳相応の新品だろうよ」
マリーはありのままを教えてやった。
「なんてこった・・・」
大きい方のドレッドが俯いた。
「てこたあ、くたびれてネエだけで、歳に見あった新品かい?
こらあ、たまげたぜ!」
小さい方のドレッドが階段から天井へ視線を移して、目をまわすように驚いている。
「ジョーは三階か?」
マリーは上の階を顎で示した。
「ああ、そうだ。アンタの分も朝飯を運ぶぜ。
カフェインたっぷりのドレッドスタイルだぜ。ビビルんじゃねえぞ!」
下から大きめのドレッドが喚いている。
「アホッ。ヒューマはオレたちと違うんだ。
クラッシュの方が効果的だぞ!」と小さめのドレッド。
「トーストにたっぷり盛るか?」
「イッヒヒヒヒッ!」
二人のドレッドがふざけている。
「バカを言ってんじゃない!
紅茶とトーストでいい。ハムエッグも持ってこい。そう伝えろ!
飯を食いながら話そう。
早く上がってこい」
ジョーに言われて、マリーは階段を二階から三階へ上がった。
「オレがアンタに助けられたころ、アンタの妹と事務官の娘は死んでた。
それを知らせようと思ってな。
アンタにゃ借りがある」
ジョーは執務室の奥の会議室にマリーを招いた。
そこに大きな長方形のテーブルがあり、長手方向の両側に椅子が置かれていた。
「テーブルクロスの陰から銃で撃たれるより、クロスの煩わしいのが嫌いでね。
座ってくれ」
ジョーは部屋の奥の椅子に座って、マリーに入口側の椅子に座るよう促した。
マリーは背中のヘルメットをテーブルに置いて、椅子に座った。
左奥の扉が開いた。若い女たちが朝食をテーブルに並べ部屋から出ていった。
ジョーの前のテーブルに、数枚のトーストとマーマレードの壷が載った皿と、ダックのタマゴとパンタナのハムを調理したハムエッグの大皿が並んでいる。
同じ物がマリーの前のテーブルにも並んでいる。
マリーはジョーに訊いた。
「飛行重機を何処から手に入れた?」
「ヤボを言うな。メシを食え」
ジョーはカップをとって紅茶を一口飲んでテーブルに置いた。カップは一般用の二倍の大きさで、ジョーの体躯に合わせた特注品らしかった。
「紅茶もブレッドもタマゴもテスロン産だ。
余所じゃ手に入らねえ。何もかもそうだ」
ジョーはスプーンで壷からマーマレードを取って、こんがりキツネ色に焼かれたトーストに載せて口へ運んだ。
テレス星団の拠点は、テレス星系惑星テスロンだ。
食糧から嗜好品、果ては武器から戦闘機や宇宙戦艦、不動産に至るまで、あらゆる物資がテレス星系の惑星で生産されて、惑星テスロンを拠点に売買される。
「飛行重機もテスロン産か?」
マリーはカップを取った。これは一般ヒューマに合わせた標準タイプだ。カップを鼻先へ寄せると芳しい香りが鼻孔いっぱいに拡がった。マリーは惑星ガイアで過ごしたJの幼少期を想いだした。
『J、郷愁はダメだよ!意識を切り換えないといけないよ!』
マリーの記憶にJの過去が蘇るの感じ、トルクンのPeJが胸のポケットで、モゾモゾ動いた。
『そう言われても懐かしいんだ・・・。
初めてのスキップは、ダンゴを食ってる時だったな・・・』
マリーはJの初めての時空間スキップ時を鮮明に記憶している。
『話を聞くんだよ、J』
『わかってる』
「飛行重機もテスロン産だ。
最近の政府内部を知ってるか?」
ジョーは紅茶を飲んでハムエッグを食って、金色の光彩の目でマリーを見た。
「いや、知らない」
マリーもハムエッグとトーストを食った。
「政府内に皇帝派と皇女派の二勢力がある・・・」
女たちが現れた。お代りを訊いている。
ジョーは紅茶とハムエッグをお代りした。
マリーが、いらないと言うと、女たちは静かに部屋を出ていった。
「政府を探査して教えてくれ。アンタが全通信回線を遮断したから頼めるんだ」
ジョーは低い声でそう言った。
クラリスの4D映像探査は、ニオブのAI・PDを介した4D映像探査と同じだ。俺には帝国内の探査は可能だ。マリーはどう反応する?
「政府内分裂をさらに調べろと言うのか?」
マリーはトーストを食って紅茶を飲んだ。
「皇帝派の帝国軍が、俺に飛行重機と武器と兵器を与えた」
実態はオラールの計画の一部だ・・・。オラールはアシュロン商会の経済支配を足がかりに、帝国政府が惑星ユングを支配するように見せかけているだけだ・・・。
女たちが現われた。紅茶とハムエッグをジョーの前に置いて出ていった。
ジョーはハムエッグを食いながら真顔で言う。
「アンタはウイッチか?」
「どういう意味だ?」
そう言って、マリーは残りのトーストを食って紅茶を飲んだ。カップをそのまま両手で支えた。
「サイキック、それもホワイトの」
「なら、アンタはウィザードかい。ブラックの?」
「確かにオレはカプラムのニュカムだ。グリーンブラウンだがな・・・」
カプラムのニュカムの身体能力は、カプラムはおろか、ヒューマやユンガを超えている。
薬物耐性だけでなく簡易再生培養装備のような短時間の再生はできないが、体組織の再生能力が優れている。精神思考する者が多く、ニオブに似て非なるヒューマノイドだ。
ジョーは紅茶を飲みながらそう説明した。
「軍があるのに、なぜジョーのウィザード軍団が必要だ?」
マリーはジョーがニオブと言った事が気になった。
私の実態を知っているのだろうか?
「軍警察は帝国政府の忠実な犬か?」
朝食を食い終えて、ジョーはカップと皿を横へ押してテーブルに肘をついた。
マリー。ニオブの精神波では、俺の独自な精神思考を探査はできない・・・。
ジョーは金色の虹彩の目でじっとマリーを見つめた。
マリーは頭部を鷲掴みにされるような不快な感覚に陥った。
「私の頭ん中を探るんじゃないよ。
カプラムの精神思考能力は知ってるさ」
マリーは両肘をついて両手に支えたカップを口へ運んだ。
「カプラムの精神思考に気づくのは、コンバットのサイキックとカプラムだけだ。
アンタは帝国政府のヒューマノイドがディノスだと知ってるだろう?
ディノスを駆逐する気はないか?」
ジョーはニオブのニューロイドが精神共棲しているマリーの目的を知っているが、あえて問いただした。
ニオブの目的は他宙域から侵略したディノスの駆除だ。帝国軍警察はヒュームを通じて皇女指揮下だ。このままヒュームの指揮下にいれば、マリーはディノスを駆逐できない・・・。
「私は上からの指示に従うだけだ」
コンバットはニオブの隠れ蓑だ。私はニオブの信念に従うだけだ。
ニオブを口にしたジョーは、私たちの存在に気づいてる。ジョーはどこから情報を得た?
「どんな指示だ?」とジョー。
「クラッシュの排除だ。
アシュロン商会本部は壊滅した。アシュロン商会支部も壊滅する」
マリーは紅茶を一口飲んだ。
このドレッド商会ビルを再建したのは帝国軍だ。ジョーはオラールと繋がっている。
「軍警察はクラッシュ撲滅と称してアシュロン商会を壊滅している。
帝国軍はアシュロン商会をバックアップして、クラッシュを使って惑星ユングを経済支配しようとしている・・・」とジョー。
「わかった。内部探査しよう」
ジョーは、帝国政府の役割をアシュロン商会が肩代わりしていると言いたいのだ。そして、その後、アシュロン商会を始末をするのが帝国軍アーマーであり軍警察コンバットだと・・・。
「探査結果がわかったら、また、朝飯に付き合ってくれ。
今日は、ゆっくりしていけ。そこのビルバムに出てくるように言ってやれ。
俺を警戒しなくていい」
ジョーは隣室へ移動するようマリーを促した。
ビルバムは飛行可能な小型の哺乳類だ。惑星ガイアにいるムササビに似ている。
トルクンのPeJがバトルアーマー内側のポケットから這いでた。バトルアーマーの襟から顔を出して、マリーの肩に乗ってジョーに挨拶した。
「ボク、トルクンだよ。キカイなんだ。よろしくね。
ビルバムにも似てるよ。だけど、トルクンのほうがいいや」
「アッハッハッハッ。コイツはたまげた!
探査マシーンがビルバムのマシンモデルとは、コンバットもやるじゃないか!」
ジョーはトルクンのPeJを見たまま大笑いした。
「トルクン。オレはマリーと組むことになった。
トルクンもオレと組むと言うことだ。
ヨロシクな!」
ジョーはPeJに笑顔を見せている。
「ジョーは案外いいヤツなんだね。
ナイスガイなの?」
マリーの肩の上でPeJがお世辞を言っている。PeJには珍しい行動だ。
「まあな。オレを探査したか?」
「うん、したよ」
PeJも心得ている。思考記憶探査と言わない。
トルクンの4D映像探査はジョーの精神思考では探れない、とマリーは精神思考している。そう思っているのはマリーとトルクンだけだ・・・・。
ジョーは独自な精神思考域で思考した。
朝食がすんだジョーとマリーは、執務室に移動した。
マリーはジョーに訊いた。
「帝国軍は辺境の星系へ侵攻するのか?」
「そうらしい」
「ジョーは皇帝の犬のままか?」
「カプラムには葉巻は麻薬だ。俺は、カプラム星系のカプラムをヤクチュウにはしない」
ジョーはマリーの質問そう答えて立場を示し、葉巻を勧めた。
マリーは蠅を払うように手をふった。
ジョーも葉巻を吸わなかった。吸うのはテスロン産の疑似シガー・ガルバンだ。
「この惑星ユングで何をサバくんだ?」とマリー。
「嗜好品さ・・・」
「嗜好品だけじゃないだろう?いずれ、アシュロン商会と対立するぞ」
ジョーがアシュロン商会と対立しないはずはない・・・。
「なんでもサバけば、オレとアシュロン商会は対立し、軍警察のアシュロン商会掃討を、オレが代行することになる。そうなればオレの勢力が減る」
アシュロン商会は嗜好品から武器や宇宙艦、惑星不動産まで扱っている。クラッシュをさばいているのはアシュロン商会の下部組織にすぎない。
「帝国軍にまでクラッシュが蔓延したらどうなる?」とマリー。
「麻薬撲滅できなかった皇女は、惑星ユング統治政策失敗を追及され、皇帝がのさばる」
マリーは何を考えてるんだ?
ジョーの瞳孔が開いて内部の漆黒が深みを増した。マリーの精神思考域を探っている。
「それなら帝国軍に麻薬をサバけ。帝国軍と皇女が消滅する」とマリー。
「マリーは何をする?」
ジョーはマリーの思考を理解した。マリーは帝国のディノスを壊滅する気だ。
「今さら訊くな。私の考えを読んだだろう。
私は与えられた任務を行うさ」
「オラールは、クラッシュによる経済支配をアシュロン商会に実行させた。
計画が進んだ現在、ドレッド商会を壊滅して惑星ユングを支配する気だ。
オラールにそんな事はさせない」とジョー。
「私とジョーは同胞というわけか?」
マリーがそう言うと、PeJがマリーの肩で小躍りして、プルプル震えている。
変なヤツだ。
『だって、とりあえずの目的が同じなんだよ。
ナイスガイといっしょに行動するんだよ』
『別行動だ。こっちの手の内を見せるわけにはゆかないんだ』
『あれ?別行動なの?ザンネンだな』
トルクンが左右にゆっくり首を振って残念がっている。
「そろそろ、引きあげるとしよう。
朝飯、うまかったぞ。また、誘ってくれ」
「ああ、またな」
ジョーは立ちあがって手を差しだした。
マリーも立ちあがってジョーと握手し、階段へ歩いた。
くそっ、なんて馬鹿力なんだ!
階段を下りながらマリーは手を見た。くっきりとジョーの手の跡がマリーの手の甲に残ってる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます