六 マルタ騎士団国独立
二〇二五年、帝都、十月三十一日、金曜、十九時。
ローマ、十月三十一日、金曜、十一時。
マルタ騎士団国マルタ神大学の講義室正面に現れた巨大ディスプレイで、マルタ騎士団国国営放送のニュースキャスターが「東南アジア・オセアニア国家連邦」と、「北コロンビア国家連邦」と「南コロンビア国家連邦」の成立と、それらに対する国際連合の緊急放送を伝えている。
《世界最大最強の「地球防衛軍」を有する「東南アジア・オセアニア国家連邦」の成立により、ただちに、EUは東南アジア・オセアニア諸国に有している自治領と自治区の独立を承認しました。
国連総会は、世界の自治領と自治区の民族独立について速やかに協議し、自治区と自治領の民族独立を認め、自治区と自治領を独立国家の国土として正式承認する、と述べました。
これにより、パレスチナとマルタ騎士団国(正式名称、ロードス及びマルタにおけるエルサレムの聖ヨハネ病院独立騎士修道会)を独立国家と認めました。
国連総会は、マルタ騎士団国が領土として主張するロードス島(ギリシャ共和国)とマルタ島(マルタ共和国)を国土として承認するが、現在、両地区はマルタ騎士団国の自治区ではないため、領土保有権と、居住するギリシャ、マルタ両国民の居住権について、国際裁判所にて裁定する、と発表しました。
さらに、国連総会は、安保理制度を廃止して国連を廃止し、安保理常任理事国を除く、かつてのすべての国連加盟国によって、「国家統合会議」を発足させた、と発表しました・・・》
講義室内に歓声があふれた。国家独立が承認された喜びに沸きかえっている。
教壇右下の執務机にある端末ディスプレイに事務官の映像が現れた。
「ジッタ教授、ロードス総長がお呼びです!緊急招集です。
その前に総長から、学生に課題を与える、とのことです・・・。お急ぎください」
事務官の映像がディスプレイの隅へひき、書面が現れた。
アントニオ・ジッタ教授はディスプレイに目をとおし、了承した旨を事務官に伝えた。
アントニオ・ジッタ教授は、教授専用タブレット端末を持って壇上に立った。
「諸君!私は、我が国家の独立承認について、ロードス総長から緊急招集されたので行かねばならない。
諸君は、国家統合会議が、我が国家を完全独立国と承認したことについて、総長からの課題、
『かつて国際連合は、我国を国連のオブザーバーとしか認めなかった。
この場におよんで、なぜ、独立国家として認めたか、また、今後どうなるか』
を考え、レポートを提出してくれたまえ。詳細は、各自、端末で確認すること。
これで、本日の政治の講義は終る。
なお、本日、午後の講義と明日の午前の講義は、すべて休講になった。諸君はレポートに専念し、明日、正午までに提出してくれたまえ。総長が内容を判断して、各自に、国家独立に関する特殊課題を与える。以上だ」
ジッタ教授は壇上から降りて、講義室から出ていった。
「これで、マルタ騎士団国は正式な国家だ!次は領土だ!」
講義室の学生は、マルタ島やロードス島での生活を夢見て大騒ぎしている。
「やったぞ!国家だ!」
フランク・アンゲロスが叫んだ。
ニュースキャスターは、真実をコメントしていない・・・。
講義室の喧噪の中で、オイラー・ホイヘンスは単純に喜んではいなかった。タブレットの課題を読みかえし、思いついた内容を書きとめた。
『東南アジア・オセアニア国家連邦、北コロンビア国家連邦、南コロンビア国家連邦の成立で、東南アジア・オセアニア経済圏協定が拡大するのは、TPPが東南アジア・オセアニア経済圏協定と名を変えたにすぎない。
EUが、東南アジア・オセアニア諸国の自治領や自治区の独立を認め、国連総会が、世界各国の民族独立と自治区自治領の独立を認めて、安保理と国連を廃止し、国家統合会議を発足させたのは、表向きは、地球防衛軍の強大な軍事力を恐れたように見えるが、実際はそうではない。
強大国家が存在すれば、周辺国はその強大国の意向に従う。合衆国さえ、東南アジア・オセアニア国家連邦の意向に従って、北コロンビア連邦と南コロンビア国家連邦連邦を成立させた。東南アジア・オセアニア経済圏協定の拡大を容認し、環太平洋安全保障条約を提唱した・・・。事実上、TPPが経済圏協定に加入されたといえる・・・。
東南アジア・オセアニア国家連邦の地球防衛軍につづき、南北両コロンビア国家連邦も、環太平洋安全保障条約を主体に、合衆国主導で強大な軍事力を持つはずだ・・・。
いや、国家連邦それぞれが軍隊を持つんじゃない。おそらく、すべての国家をいくつかの国家連邦にまとめ、それら国家連邦を一つにまとめた統合国家を創る気だ。そして、統合国家は巨大な軍事力を持つ・・・。そうでなければ、合衆国が国家連邦構想に賛同するはずがない・・・。
人類を支配するものに宗教や思想があるが、それらは軍事力に抑圧されてきた。
世界各国が民主化された国家連邦を構成し、それらによる統合国家が成立すれば、民主化された強大な軍事力下で政治が一つにまとまると考えられるが、そのようになった場合、人類を支配するのは軍事力ではない。
根本的に人類が恐れるものが、人類を支配する・・・。
軍事力や思想ではないものといえば・・・』
「オイラー、何してる?」
フランクは、怪訝な顔でオイラーを見た。
「もうレポートを書いてるのか?うれしくないのか?我々が正式に国家として認められたんだぞ!」
オイラーはディスプレイから顔をあげた。
「まだ国土がない。国土がなければ、国家じゃない・・・」
「これから国土を得ればいい。我々の国土にいる民を我々の国民にすればいい。我々の国が世界から認められたんだ!」
「ロードス島はギリシャ共和国が実効支配してる。ロードスの住民をギリシャへ移住できるが、マルタ島は島自体がマルタ共和国だ。
我々がマルタを支配すれば、現在の住人はどうなる?マルタ共和国がこれまでの我々と同じになるんだぞ・・・。
国際裁判がどう裁定するかわからないから、単純に喜べない・・・。
それより、気になることがあるんだ。あとでミケーレも含めて話そう。時間をとれるか?」
「僕はいいが、ミケーレは国家統合会議に行くだろう。
そのあとは国家成立に関係する議会と儀式と国際裁判がつづく。無理だろうな・・・」
「数分くらいは時間をとれるだろう?フランクからも話してくれないか?」
フランクは、ミケーレ・ロードス総長に気にいられている。
マルタ騎士団修道会総長ミケーレ・ロードス大公はローマ教会枢機卿であり、本部ビルに隣接した別館第一ビルのマルタ騎士団国マルタ神大学と神学校の学長でもある。マルタ騎士団修道会史と宗教史を担当している。
「わかった。何とか話してみる・・」
だが、ミケーレ・ロードス総長は、政局面で多忙になり、タブレットを通じて学生からレポートを受けとった後、学生のレポートをタブレットに一般公開したまま、マルタ騎士団修道会史と宗教史の担当教授を後任の教授に代った。
オイラーとフランクがミケーレ・ロードス総長に会う機会はなかった。
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