五 未来のあるべき世界 文章追加

「理恵、この文章が消えないけど、どうしてだと思う?」

「どの文章?」

 バーチャル3Dディスプレイを見ていた理恵は、メガネ端末を外して、タブレットパソコン・モーザのディスプレイをのぞきこんだ。


「以前、理恵が見て、完璧な製品は臓器だ、と説明した文章だ・・・。

【未来のあるべき世界】の前へ、かってに移動してた・・・」

 省吾は

『どのように法律を整備しても、例外を認めてしまうのが人間だ。社会の裏で蠢く者が現れ、財界にも新たな経済理念を求める者たちか、【連邦統合政府】の認める完璧な製品を見つけて、それらを創りだそうとするだろう・・・。』

までを示した。


「ああ、これは、生物学やクローン技術を研究してるプリーストのことだよ。

 以前、説明したように、クラリックのプリーストはネオロイドになって、有機組織や有機体を培養してバイオロイドを作ってきたの。クラリックは、ネオロイドやペルソナやレプリカンになって社会にまぎれこんでるんだよ」


 マリオンたちニオブのアーマー階級とちがい、クラリック階級は変身能力をなくした。

 そのため、ネオテニー社会にまぎれこむため、ネオテニーに意識内侵入してネオロイドになるか、ネオロイドの子孫をセルにして新たなネオロイドになる。

 あるいは、配偶子から作ったバイオロイド(有機高分子ロボット)をセルにして乗り移りペルソナになるか、クローンのバイオロイドをセルにしてレプリカンになる。

 以前、省吾を思念波攻撃した鳶はクラリックの有機高分子ロボット、つまり、内部に乗り移ったクラリックが操るクローンのバイオロイドで、鳶のレプリカンだった。



「それはクラリックのためだろう?」

「今度は、人間支配のために有機組織を培養する・・・」

 理恵はディスプレイを見たままだ。 

「臓器を商品化するのか?」

「臓器だけじゃないよ。クラリックのクローン技術で、あらゆる移植組織を培養して、クラリックの要望と交換条件で、人間に移植するの」


「政府要人に?」

「直接そんなことしないよ。公的機関や企業にまぎれこんだクラリックのネオロイドやペルソナが、政治家や政府高官の患者の体細胞を使って移植組織を培養して、それを患者に移植するの。

 移植と交換条件で少しずつ政治に圧力をかけて、人間に気づかれないように政治や社会に介入してゆく・・・」


「大変だぞ!」

「大丈夫だよ。移植される組織は、患者の体細胞から作られた組織で、クラリックの精神や意識を入れてない・・・。政治介入して、人間社会の精神をクラリックに近づけるのが目的だから・・・」


「方針を変えたのか?」

「人間の精神が、自然発生的にクラリック精神へ偏向するよう、人間の強者が弱者を支配する考えへ、転換したんだよ」


『マリオンたちの思想を学んだな』

 と省吾は精神空間思考した。すると理惠がマリオンとともに答える。

「それはちがう。私たちの目的は人間との精神共棲だ。ガイアの管理と時空間の管理だ。支配じゃない。私たちは人間とともにある。

 クラリックの目的は、意識内侵入による肉体支配とガイアの支配だ。この太陽系と他の星系、時空間の支配だ」


省吾は理恵を抱きよせた。

『すまない。地球だけを考えてた。クラリックが時空間を支配しようとしていたのを忘れてた・・・』

 理恵は省吾の耳元でいう。

「社会は高齢化してるから、移植臓器の生産は、社会的に阻止できないよ」


『日記に、クラリックの消滅を書こうか・・・』

「それは不可能だ!

 モーザは、ニオブの階級名と位名の全てを、ニオブとして認識する。

 ケイト・レクスター系列とディーコン位を除き、クラリックの時空間追放を日記に書いても、私たちニオブのアーマー階級も、省吾が会ってない市民のポーン階級(シチズン位とコモン位)も、全ニオブがこの時空間から消滅する・・・。

 ネオロイドとペルソナとレプリカンの名や個人名を書いても、消滅する。

 捕獲して直接消滅させるしかないんだ!」


 クラリック階級には、アーク・ヨヒムが支配していたアーク位、そしてビショップ位、生物学者のケイト・レクスター系列が属していたプリースト位、アーマー階級に帰属したディーコン位がある。


『了解した。むやみに、個人名を書けないな・・・』

 理恵とマリオンが省吾の精神空間思考を気にしていう。

「私と理恵は一体化した。できるだけ理恵として対応する。区別しなくていいよ」

 二人の雰囲気が重なって感じられるが、それらはかぎりなく一体化している。


「わかった・・・。

 中国はTPPにも、東南アジア・オセアニア経済圏協定にも加盟しなかった。自治区と隣国の国土を実効支配し、自国中心に世界支配を考えている。領土拡大をねらって朝鮮に何かさせる気だ。ロシアも海洋進出を目的に隣国へ侵攻して領土拡大をねらってる」

「朝鮮が過去のように、ミサイルを発射して、脅してくるかもしれないね。防空体制をとらせた方がいいよ」

「わかった。【未来のあるべき世界】の前に、ミサイル攻撃に備えて防空体制を布くように書くよ。

 そして、クラリックが遺伝子情報の特許を独占させないよう、【未来のあるべき世界】に書くよ」

「うん、お願いね」



 省吾は、修正した【未来のあるべき世界】の文章の前に、次の文章を書き加えた。


『日本をモデルにした【東南アジア・オセアニア国家連邦】が成立して【東南アジア・オセアニア国家連邦 地球防衛軍】が発足した。そして、【北コロンビア国家連邦】と【南コロンビア国家連邦成立】が仮調印され、事実上、両国家連邦が成立した。

 第二次大戦の戦勝国が世界を支配する時代ではないとの考えから、国連加盟国が安保理常任理事国を罷免排斥して安保理を廃止し、国際連合を廃止して、【国家統合会議】を発足させた。

 これにより、かつての安保理常任理事国であった中国が、環太平洋経済協定にも東南アジア・オセアニア経済圏協定にも加盟していない立場上、対立するであろう東南アジア・オセアニア国家連邦を、朝鮮を使って脅してくる可能性がある。

 あるいはイスラムゲリラに武器支援して、イスラム諸国に経済支援している東南アジア・オセアニア国家連邦諸国や南北両コロンビア国家連邦、EU諸国を攻撃する可能性もある。

 東南アジア・オセアニア国家連邦諸国は、朝鮮からのミサイル攻撃に備え、防空体制を布かねばならない。

 さらに、民主国家である東南アジア・オセアニア国家連邦、南北両コロンビア国家連邦とEU諸国は、イスラムゲリラからの攻撃に備えた防衛体制を布かねばならない』


 多くのイスラム国家は、イスラム教徒の少数派が国家権力を掌握し、多数派の国民を支配している。支配層は旧王族や世襲された独裁政権が多く、政治のみならず、油田など経済も支配している。これに国民が反発するのは当然だ。

 イスラム社会自体が民主主義とは相容れない部分があるのに、イスラム圏の資源欲しさに欧米が自国中心にイスラム社会の支配層と手を結んで利権を得てきた結果が、欧米諸国とイスラム圏の対立の発端だ・・・。イスラム圏の民主化は大変だ・・・。

 そして、クラリックに遺伝子情報を独占させてはならない・・・。


 省吾は【未来のあるべき世界】の文章の最後に次の文章も書きくわえた。


『二十一世紀初頭、ヒトゲノムDNAが解読され、公表された。

 ヒトゲノム遺伝子の解読は、民間企業に委ねられた。その結果、企業は遺伝子を解読して特許申請し、遺伝子情報を特許として独占しようとした。


 連邦統合政府は、全人類がヒトゲノム遺伝子の解読結果を共有するため、

【保健省 保健庁】に

【優性保護局】

 を設立して、ヒトゲノムの遺伝子完全解読計画を実行する。

 優性保護局はゲノム遺伝子解読を専門におこなう機関として、

【優性保護財団】

 を設立し、ゲノム遺伝子解読を開始する。


 連邦統合政府は、民主主義の理念に基づき、ヒトゲノムDNA解読結果とヒトゲノム遺伝子情報は全人類のものであるとし、遺伝子情報によるあらゆる技術を、全人類共通の資産としてあつかい、次の法律を定める。

【DNA解読結果公開法】

 ヒトゲノムDNA解読結果を公開し、独占を禁止する。

【遺伝子情報公開法】

 ヒトゲノム遺伝子解読結果を完全公開し、独占を禁止する。

 全人類がヒトゲノム遺伝子解読情報を共有する。

 ヒトゲノム遺伝子解読結果による病理特許独占を禁止する。

【遺伝子情報保護法】

 ヒトゲノム遺伝子解読結果による個人遺伝情報を保護する。

 ヒトゲノム遺伝子解読結果による個人遺伝情報の非個人所有を禁止する。

 ヒトゲノム遺伝子解読結果による個人遺伝情報の企業所有を禁止する。

 ヒトゲノム遺伝子解読結果による個人遺伝情報の組織所有を禁止する。

 ヒトゲノム遺伝子解読結果による個人遺伝情報の団体所有を禁止する。

【遺伝情報保護法】

 情報保護法に基づいて、個人の所有する遺伝情報によって、個人が侵害されるのを防ぐ。

【有機組織移植法】

 移植臓器組織の培養と移植を規制する。


 これらを定め、優性保護局を通じて、民間企業と法人の遺伝子に関する特許権をすべて剥奪し、新たな特許申請を全面却下する』



「書けたね」

 理恵はディスプレイを見ている。

「韓国も自国を中心に世界が動いていると思って、第二次大戦の戦後保障と領土問題をしつこく何度も主張し、東南アジア・オセアニア経済圏協定と東南アジア・オセアニア国家連邦には加盟しない。

 北方領土を実効支配して、隣国へ軍事侵攻しているロシアも加盟しない・・・。

 韓国がTPPに加盟したのは、合衆国の庇護下で、中国と朝鮮を牽制して、太平洋沿岸へ領土と経済圏を拡大するためなの。

 ロシアのTPP加盟は、日本の経済支援を得て太平洋へ経済圏を拡大使用とするフェイクだよ・・・」


 省吾は驚いて理恵を見た。

「対立するのは、中国と朝鮮だけじゃないのか?」

「南下政策と領土拡大政策は中国だけじゃないよ。韓国とロシアの思想に国家連邦の共同意識はないわ。あるのは自国中心に他国侵略だけだよ。

 韓国はいつの時代も他国の支配下だった。他国の介入を嫌ってる・・・」


「朝鮮がミサイルを発射したら、ロシアのシベリアから東を東南アジア・オセアニア国家連邦に加入させて、西側をEUに加入させ、朝鮮と中国を国際社会から孤立させ、いっきに民主化するのは?」

「ミサイルが発射されなくても有効だよ」


「わかった。日記にそう書くよ」

 省吾は日記につけ加えた。

『中国、朝鮮、韓国、そして、隣国へ軍事侵攻しているロシア、いまだ、紛争がつづくイスラム諸国を、速やかに民主化しなければならない・・・』

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