三十一 先生!後ろ!
二〇二六年、六月十六日、日曜。
最近、省吾の胃腸の調子が良くない。遺伝的にそうなのだと理恵(マリオン)はいう。直接、マリオンが消化器官に作用して整腸すればただちに回復するのだが、自然の摂理に反するといい、マリオンは省吾に何もしない。省吾が狙撃されて重体になった時、省吾を瞬時に治癒したのはなぜだったのかと問うと、クラリックが摂理を乱したから修正したと理惠は説明した。
胃腸の症状は病院へ行くほどではないが不快なので、省吾は警護員で医師でもある三島幸子特別警護班指揮官に診てもらった。
三島は、遺伝子による消化酵素のバランス変化、つまり、体質だといい、省吾の身体にあう市販の整腸剤を教えてくれた。
午後。
省吾と理恵は、N市H街道にあるショッピングモールへ買い物に行った。
省吾と理恵は、三島たち警護員に守られ、ドラッグストアに入った。
「先生。薬を買ってね。私はメモした物をミーシャと探す。歯ブラシか化粧品か、その辺りのコーナーにいるね」
理恵が省吾にほほえんでいる。
白のトートバッグを肩にかけた栗色の長い髪。白のブラウスに淡いピンクの綿のカーディガンと生成りのフレアスカート。足を冷やさぬようニーソックスを履いた細く長い脛が白のミュールに伸びている。色白の肌が妊娠による変化で健康な色艶を増し、今日の理恵はさらに魅力的だと省吾は思った。
「わかった。三島さん。理恵の警護を頼むよ」
「了解した・・・」
三島はかつての理恵のように、スリムなジーンズにポロシャツ、綿のカーディガンを羽織っている。カーディガンの下に小型の分子破壊銃と防御シールド発生器が隠れている。
だが、俺と理恵にそんな物は必要ない。俺たち自体がモーザだ。俺たちをビーム攻撃から守るよう、常時、プロミドンが俺たちの周囲に防御エネルギーフィールドを張ってシールドしてる。それに、プロミドンがクラリックの亜空間を閉じてる。クラリックは思念波攻撃できない・・・。そう考える省吾に、
「先生、早く来てね」
理恵は小さく手をふって三島たち医療警護員四人に守られ、店内へ移動した。
省吾は警護員四人に守られて家庭薬のコーナーへ行き、三島に教えられた整腸剤と止瀉薬を薬剤師に指定して薬を受けとった。
省吾が日用雑貨コーナーの通路を見ると、長い髪の理恵がいる。鼻筋が通った細面の頬が少し上気したように赤く、眼のまわりにうっすらとそばかすが見える。ほほえんでいるように口角があがっている。手にした商品を見ているため、目の表情はわからない。
理恵が省吾の視線を感じて顔をあげた。手をふってほほえんでいる。
省吾も手をふり、理恵にむかって通路を歩いた。理恵も省吾に手をふっている。
周囲に警護員がいるのに、まるで恋人同士みたいだと省吾が思っていると、理恵のほほえみが驚きに変った。
「先生!後ろ!」
省吾の後方を指さした。
省吾はふりかえった。一瞬、分子破壊銃に似た小型の銃を握っている警護員の手が見えて、何かが変った・・・。
ショウゴとリエは、警護員とともにドラッグストアからでた。
ふたりはモール内のスーパーで食料品を買い、ショウゴとリエはSUV、警護員はヴィークルに分乗した。前後二台の警護ヴィークルはSUVを警護してポートをでた。H街道をW区の田村家方向へ走り去った。
しばらくして、理惠と省吾が乗った黒の大型ワゴンヴィークルがポートをでた。離陸用ポートへ走り、離陸ポジションに停止して、機体からウィングとローターをだして離陸態勢になった。市内での一般ヴィークルの飛行は禁止だ。W区の省吾の自宅にも離着陸ポートがある。緊急時を除き、省吾は離着陸としてポートを使っていない。駐車専用に使っているだけだ。
これからこの大型ワゴンヴィークルがむかう先は、我が家ではない・・・。
省吾は理惠の手を握ってそう思った。理惠が省吾を見つめてほほえんでいる。
『S市K町の政府専用病院へ行く・・・。
これまで同様、スザンナ・ヨークのコンサートはテレビで見てはならない・・・。
ルキエフは映像信号に存在する亜空間を使い、亜空間転移伝播する・・・。
映像通信を通じて移動した事を忘れないでくれ・・・』
三島は理惠と省吾にそう精神空間思考で伝えてきた。
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