二十二 鷹栖春江 震災復興審議官

 二〇二六年、四月十三日、月曜、ダブリン、九時。

 ダブリンの日本大使館一等書記官執務室で、ディスプレイの着信チャイムが鳴った。

 連絡は、東南アジア・オセアニア国家連邦(FRSEAON)日本政府震災復興省、震災復興庁、震災復興審議官執務室からだった。現在、帝都は十七時だ。

 岩崎一等書記官は、メガネ端末の録画機能を起動して、ディスプレイの映像通信回線を開いた。


「ロック。スザンナ・ヨークの日本公演を進めてください。緊急で、すみません。六月から七月にかけて、予定通り七公演と、その後、七月いっぱいテレビ出演を進めてほしいんです。

 契約にありませんでしたが、ギャラを五十パーセントアップしておきました。公演を延期した違約金だと説明してください。

 PR用に、トンク事務所とスザンナ・ヨークの、日本公演についてのコメントを撮ってください」

 ディスプレイの中年女は、年齢に不相応な薄ピンクフレームの眼鏡の奥で、一重を二重に見せた化粧の目を細めて、垂れた頬の肉をゆらすように、自信に満ちた表示でほほえんでいる。


「残留放射線の影響はないんですか?

 反政府勢力は、一掃されたんですか?

 鷹栖審議官!」

 鷹栖春江震災復興審議官の映像が隅へひいて、スケジュールと報酬明細、契約条項が現れた。

「どちらも心配ありません」


 昨年三月。

 浜岡原発爆発時に飛散した放射性物質は、季節風の影響で太平洋上へ飛散した。東海大震災の復興は進んでいるものの、浜岡原発事故後の処理と廃炉作業に手間どった内閣に代り、新政府が発足した。

 新政府は、旧政府に癒着して既得権益を持続させようとする経済界勢力を昨年十月に一掃している。



「公演開始まで一ヶ月半です。観客の動員は可能ですか?」

「可能です」

 審議官は自信に満ちた表情を崩さない。

「了解しました。問い合わせて連絡します」

 岩崎は通信を切った。


 世界的に有名な歌手でも、この時期に復興コンサートを急ぐ必要はないはずだ。公演利益の七十五パーセントを復興費に当てるというが、震災復興義援金を集めた方が確実だ。それにもまして、「東海大震災復興法」で震災復興は順調だ。

 昨年八月、鷹栖春江震災復興審議官がコンサートの話を持ちこんだ時から、何かがひっかかる・・・。

 岩崎はディスプレイにむかってバーチャルキーボードに触れ、映像通信を開いた。



 十時。

「話はわかったわ、ロック。もう一度、スケジュールと報酬明細と契約書を送ってほしい。日本公演のコメントは契約成立後に作成するわ・・・」

「わかりました・・・」

 ダブリンのホンキー・ターナー・トンク事務所のデスクで、ディスプレイの映像がディスプレイの隅へひいて書面が現れた。

「ありがとう」

 シルビア・キーンは、現れた映像に目を通し、映像をスケジュールフォルダにファイルした。

「会場もホテルも変更ないわね。日本公演のPR用のコメントは了解した・・・。

 報酬のアップ、ありがとう。ちょうど六月と七月ののスケジュールがあいてるの。

 不思議よね。今月と五月と八月以降は、すべてふさがったのに・・・。

 オーケーだと思うよ。もうすぐ、ボスが出勤するから、同意書を送る」

 岩崎に礼をいい、シルビアはいったん映像通信を閉じた。



 まもなく、コーヒー片手に、ホンキー・ターナー・トンクが出勤した。

「ホンキー。日本大使館を通して、日本政府震災復興省から講演依頼があったわ。

 緊急だけど、六月から週末に七公演、その後七月いっぱいテレビ出演。

 公演回数と公演の順番は一月の予定のまま。

 報酬は一月に提示した額の五十パーセントアップ。

 オーケーするよ。契約同意書にサインしてね」

 シルビアはデスクに用意した契約同意書を示した。


「ああ、もちろんだ。六月と七月は何もなかったから、いいよ・・・・」

 ホンキーは机にコーヒーを置き、契約同意書にサインし、

「送ってくれ・・・」

 うなだれるような姿勢で自室に入った。


 今日のホンキーは覇気がない。どこか具合が悪そうだ。あとで聞いてみよう・・・。

 そう思いながら、シルビアは同意書をスキャンし、ダブリンの日本大使館の岩崎宛てに、映像通信で送信した。

「ロック。オーケーだよ。タカナシ・ボスによろしく伝えてね」

「了解しました。それでは、コメントを待ってます」

「了解したわ、ロック」

「では、また・・・」


 シルビアとの映像通信を閉じると、岩崎は鷹栖審議官との映像通信を開いた。

「審議官。オーケーです。契約同意書を送ります。予定通り進行です」

「わかりました・・・。

 これなら、問題ありませんね。ご苦労様でした・・・」

 審議官は映像通信を閉じた。



 岩崎はメガネ端末の録画を停止し、今日の鷹栖震災復興審議官の身体放射波と、録画にある、スザンナ・ヨークの二月公演を正式に契約するよう依頼をしてきた昨年八月の鷹栖震災復興審議官の身体放射波と、それ以前の省庁名がない単なる鷹栖審議官の身体放射波を、比較クラリックスキャンした。


 映像に変化は・・・、あった。

 今日の鷹栖震災復興審議官のスキャン映像は青から紫へ発光し、以前より放射エネルギーがはるかに大きい。クラリックが乗り代ったネオロイドかレプリカンだ。すでに、彼女の両親は他界してる。ペルソナじゃない・・・。

 シルビア・キーンに異常ない・・・。


 ただちに岩崎はメガネ端末で、日本政府統括情報庁、国家議会対策評議会情報本局情報本局長・本間統括情報官との特設映像通信を開いた。

 四月の新人事で、本間は法務省検察警察特別行動捜査庁、検察警察特別行動捜査本局特捜本局長・法務特捜官を兼務している。


「岩崎です。震災復興審議官の身体放射波探査にクラリック反応がでました。昨年八月までは異常なしです。シルビア・キーンは異常なし。以上です」

 岩崎は身体放射波スキャン比較映像を送りながら説明した。


「審議官は、例の公演を指示したか?」

「はい、六月から七月まで、毎週土日の二公演が、埼玉、群馬、神奈川、静岡、愛知、帝都、千葉で、計七回開かれます。その後、七月いっぱいテレビ出演です」


「今後の審議官とスザンナ・ヨークの関係者、それら全員のスキャン映像を送ってくれ」

「わかりました。統括情報官」

「スザンナ・ヨークとホンキー・ターナー・トンクのスキャン映像は、必ず入手してくれ」

「日本公演についてのPR用コメントがまだですから、入手しだい送ります」

「連絡を待ってる」

「わかりました」

 岩崎はメガネ端末の特設映像通信を閉じた。



 鷹栖審議官が、スザンナ・ヨークの公演を急ぐのは、なぜだ・・・。

 映像は、スザンナ・ヨークとホンキー・ターナー・トンクだけでなく、事務所全員のものが必要だ・・・。

 スザンナ・ヨークが、BBCのコンテストでグランプリに輝いた時から、彼女と彼女の事務所関係者の映像は撮ってある。

 最近の映像は、スザンナ・ヨーク二月公演を正式契約した昨年九月のホンキー・ターナー・トンクとシルビア・キーンの映像と、今日のシルビア・キーンのものだけだ。

 あらためてホンキー・ターナー・トンク事務所関係者全員と、スザンナ・ヨークの映像を入手したい・・・。


 岩崎はメガネ端末の録画を起動し、ディスプレイ端末の映像通信を再開した。

「ミス・キーン。何度もすみません。契約書にあるように、日本公演のコメントは、あなたとミスター・トンクとミス・ヨーク全員のコメントにしてください。

 PR用ですから他のスタッフが入ってもかまいません。二人と話せますか?」


「ええ、いいわよ・・・」

 シルビアは映像通信を開いたまま、ホンキーの部屋にむかってにこやかに叫んだ。

「ホンキー!ロックが、あなたとスザンナと事務所全員から、日本公演のコメント映像をほしいそうよ!今、通信にでられる?スタジオでインタヴューの映像を撮れるでしょう?」


「すまない。体調が悪いんだ・・・」

 鼻をグスグスさせて、ホンキーが自室から現れた。

「アレルギーと風邪みたいなんだ・・・。

 やあ、ロック。再契約ありがとう。スザンナも休暇をとってるから、一週間以内に映像を撮れるようにする。後日、予定をロックに連絡するよ」

 シルビアのディスプレイにむかってそういった。


「わかりました。それではお大事に・・・・。

 では、ミス・キーン。また・・・」

 岩崎は、ディスプレイの映像通信を閉じた。メガネ端末の録画を停止し、過去に記録したホンキー・ターナー・トンクの身体放射波と、今日の彼を比較スキャンした・・・。


 比較映像に変化は・・・、あった!

 過去に比べ、現在のホンキー・ターナー・トンクは放射エネルギーが低下し、空気が抜けた風船みたいに、生体エネルギーが減少している。体調不良でも、ここまでエネルギー低下はない。生命に危険は無いが、休養が必要だ・・・。

 誰かにエネルギーを抜かれたか?バンパイアにでも会ったか?

 岩崎は自分の思いに苦笑し、ある人物を思いだした。


 田村先生は、瀬木の腰をヒーリングしながら、

「ヒーリングできるのだから、その逆も可能だよ」

 といった。生体エネルギーを直接奪うことは可能だ。バンパイアは存在する・・・。

 念のため、ホンキー・ターナー・トンクの録画を本間統括情報官へ送っておこう・・・。

 岩崎は特設映像通信を開き、本間統括情報官へコメント付きの録画を送った。

「ホンキー・ターナー・トンクの生体エネルギーが低下しているが、クラリック反応はない」

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