二十三 プロモーション映像

 二〇二六年、四月十七日、金曜、九時。

 ダブリンの日本大使館一等書記官執務室で、ディスプレイ端末の着信チャイムが鳴った。

 岩崎はメガネ端末の録画を起動し、ディスプレイ端末の映像通信を開いた。


「おはよう、ロック。そちらの都合もあるだろうから、この時間に連絡したよ・・・」

 あいさつをすませ、ホンキー・ターナー・トンクは本題に入った。

「・・・僕とスザンナ・ヨークとシルビア・キーンのプロモーション映像を送る。所々に、他のスタッフも混じってるよ。インタビューしてるように編集した。

 インタビューの内容は字幕で表示されている。これでいいかな・・・」


 ホンキー・ターナー・トンクがディスプレイの隅へひき、表示されたプロモーション映像を説明する。鷹栖審議官の書面で、公演のライブ映像を世界各国へ配信する、と示されたせいか、ホンキー・ターナー・トンクの熱の入れようは尋常ではない。


「すばらしい!よくできてる・・・。

 日本のファンだけでなく、世界中の人たちが感動するよ!」

 お世辞ぬきで映像はよくできていた。スザンナ・ヨークのプロモーション映像は、震災で被害をうけた人々を気づかう優しさと励ましが随所で語られ、講演を通じて、世界各国の人々が震災復興に尽力を尽くすよう、願いがこめられていた。思わず目頭が熱くなるような代物だった。


「ただちにボスへ送るよ。ありがとう。ミスター・トンク」

「よせよ。ホンキーでいい。僕たちだって、ロックって呼んでるんだ・・・」

「そうよ、あたしはシルビアかシルビーでいい。

 この子はスザンナかスーザン。ねっ、スーザン」

 ディスプレイの隅の、ホンキーの映像に、シルビア・キーンとスザンナ・ヨークが現れた。

「はーい、ロック、よろしくね」

 スザンナ・ヨークが、魅惑的な笑みで手をふり、あいさつしている。


「こちらこそ、よろしく、スザンナ。

 映像をありがとう。早速、ボスに送る。ホンキー、シルビアありがとう。

 日本へ行くときは、僕も同行するよ。また連絡する。それではまた・・・」

 岩崎は礼をいって映像通信を閉じた。


 岩崎は、ふたたびディスプレイ端末の映像通信を開き、鷹栖審議官へ、スザンナ・ヨークの日本公演に関するインタビュー映像を送った。

「よくできてるわ!助かるわ。あなたなら、これくらいのことをすると思ってた。早速、使わせてもらうわね。お礼は、いずれ、させてもらうわ」

 審議官は映像通信を閉じた。


 岩崎はメガネ端末の録画を停止し、スザンナ・ヨークとホンキー・ターナー・トンクの身体放射波をスキャンした。

 結果は、何もなかった。ホンキー・ターナー・トンクの生体エネルギーも回復している。やはり、単なる風邪だったか・・・。


 つづいてプロモーション映像をスキャンする。

 変化は・・・、あった・・・。

 岩崎はメガネ端末の特設映像通信で、今日までの全録画と、ホンキー・ターナー・トンクが送ってきたプロモーション映像と、それらの全身体放射波スキャン映像を、本間統括情報官へ送った。



 帝都。十七時。

 FRSEAON日本政府、統括情報庁国家議会対策評議会情報本局、情報本局長、統括情報官執務室で、本間統括情報官は岩崎からの特設映像通信を受けた。


「本間統括情報官、こちらのスキャンで、変化があったのは審議官と、プロモーション映像の事務所スタッフ一人だけでした。くわしく分析してください。スタッフは早急に調べ、連絡します」

「わかった。それでは、また」

 本間は、タブレットパソコンの特設映像通信を閉じて、送られた映像の身体放射波をスキャンし、岩崎がスキャンした映像を確認した。


 鷹栖春江震災復興審議官の身体放射波は、四日前に岩崎が送ってきた映像にくらべ、さらに強く青紫色に輝いている。

 プロモーション映像の事務所スタッフの男の身体放射波は、白紫色や青や紫、緑へ陽炎のように、ゆらめいて変化している。


 やはり、鷹栖はネオロイドだ。人事院は何をしてる。ひょっとして、人事院にもクラリックがいるのか・・・。

 プロモーション映像の男は何だ?なぜ、こんなに身体放射が変る・・・?

 これは・・・、もしそうなら・・・、プロモーション映像を押収しよう!


 映像分析後、本間はタブレットパソコンの特設映像通信を開いた。

「佐伯君、こっちに来てくれ」

 佐伯情報官(統括情報庁、国家議会対策評議会情報本局の法務省公安検警局、本局長)を呼んだ。

 佐伯は特捜官で、法務省、検警特捜庁、検警特捜本局の、国内検警特捜局、本局長と、検警特捜本局、特務部、本部長を兼務している。四月からの新人事の結果だ。


「了解しました・・・」

 ディスプレイ端末でなく、タブレットパソコンの特設回線による本間の連絡で、佐伯は緊急事態を察した。統括情報庁十五階の国家議会対策評議会情報本局と、法務省公安検警局本局長を兼務する情報官執務室から、十八階の国家議会対策評議会情報本局、情報本局長、本間統括情報官執務室へ駆けつけた。



「これを見てくれ・・・」

 本間は、岩崎が撮った録画と、ホンキー・ターナー・トンクが送ってきたプロモーション映像に登場する人物の、身体放射波スキャン映像をタブレットパソコンに表示し、鷹栖審議官とホンキー・ターナー・トンク事務所スタッフの一人の男を再スキャンした。結果はCL2(クラリックレベル2)だ。


 メガネの奥で佐伯の眼が光った。佐伯は検警特捜本局特務部本部長の立場でいう。

「灯台下暗しですな・・・。

『特務コマンド』を出動させていいですか?」


 地球防衛軍特務コマンドは、地球防衛軍関東師団宇宙防衛隊コマンドと検警特捜庁検警特捜本局特務部コマンドの混成部隊で、佐伯がいう特務コマンドは検警特捜庁検警特捜本局特務部コマンドのことである。


「許可する。審議官は二十時まで執務室にいるはずだ。

 震災復興コンサートのプロモーション映像も押収しろ」

 本間統括情報官は、法務省検警特捜庁検警特捜本局、特捜本局長、法務特捜官を兼務している。

 現在十七時五十六分だ。

「この事務所スタッフは、岩崎が調べている」


「了解しました。では・・・」

 佐伯はメガネ端末から特設複数同時映像通信で検警特捜本局特務部コマンド指揮官に指令した。

「幸田指揮官!

 CL2だ!特務コマンドを出動しろ!

 捕獲対象は、震災復興審議官と、震災復興コンサートのプロモーション映像だ。

 必ずプロモーション映像を押収しろ。

 捕獲後は身柄と映像を宇宙防衛隊入間基地時空間管理部へ移送しろ。

 シールドとスキャンレベルを最強にし、第一級厳戒態勢をとれ。

 庁内から生物を逃がすな」

 

「了解!」

 幸田指揮官は答えた。

 個別クラリックの捕獲は、可能なかぎり内密に行う。任務は検警特捜本局特務部コマンドに一任されているが、特務コマンドの行動は特設複数同時映像通信で常に検警特捜本局特務部本部長の佐伯の元に連絡されている。



 ダブリンの岩崎から、特設映像通信を通じて本間に連絡が入った。

「事務所スタッフの男の名はルイス・ サイファー。

 身体放射波スキャンにクラリック反応はありませんが、現在、生体エネルギーが低下してます。

 四月十三日に、本間統括情報官へ、生体エネルギーが低下したホンキー・ターナー・トンクの録画を送った時と似ています。

 現在、トンクは正常です」


 プロモーション映像の男は、高いエネルギーレベルにあったが、現実の男は低下している。それも異常な低下だ。、ホンキー・ターナー・トンクと同じとすれば、数日で正常に回復する・・・。何か妙だ・・・。

「わかった。トンクとサイファーを監視してくれ」

「わかりました」

 本間は気にしながら特設映像通信を閉じた。


 ルイス・サイファー、ルイサイファー、ルシファー・・・、ルキフェー、ルキフェル、・・・ルキエフだ!

 本間は香住司令官(FRSEAON日本地球防衛軍関東師団司令官、宇宙防衛隊入間基地宇宙防衛隊司令官)との特設映像通信を開いて 手早く説明した。

「香住司令官、身体放射波探査で確認した。おそらくアーク・ルキエフはプロモーション映像で亜空間転移する気だ。

 すでに、鷹栖審議官の捕獲にこっちの特務コマンドを出動させた。鷹栖審議官を捕獲後、時空間管理部へ連行する。装置を稼働して目的を訊きだし、消去してくれ。

 アーク・ルキエフの捕獲に、そちらの防衛隊コマンドも出動させてくれ」

 特捜本局長(法務特捜官)、情報本局長(統括情報官)の本間は、香住司令官と同格だ。

 本間がいう時空間管理部は、FRSEAON日本地球防衛軍関東師団、宇宙防衛隊入間基地、時空間管理部だ。

「了解しました。本間司令官」

「よろしく頼む」

 本間は香住司令官との特設映像通信を閉じた。

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