七 懸念

 ガイア歴、二〇五九年、七月。

 オリオン渦状腕、ヘリオス星系、惑星ガイア、バンコク、地球国家連邦共和国科学省科学庁、学術研究局会議室会。



 一ヶ月後。

 地球国家連邦共和国科学省科学庁学術研究局の会議室から、各分野の分析者たちが退出した。会議室には八名が残った。

 ボリス・カイト評議委員長、

 生態分析責任者、生物学者のトーマス・ライトと海洋学者のマイケル・ジン、

 惑星担当分析責任者、地球物理学者オリバー・ニュートン、

 医学担当分析責任者、医学者エリック・ハイマー、

 宇宙船の設計図分析責任者、物理学者リチャード・バルマー、

 ケプラーと天文エンジニアのモリス・ミラーの計八名である。

 いや、そうではなかった。人格を有するAIのクラリスもいる。計九名だ。


「ジョージ。皆もありがとう。皆の、これまでの分析に感謝するよ。

 事実を把握せぬまま、現実に立ち向かうところだった・・・」

 ボリス・カイト評議委員長は分析責任者たちに礼を述べて、ケプラーに握手を求めた。


「我々は現実に謙虚であらねばならない。その結果がどのような結論に至ろうともだ」

 ケプラーはボリス・カイト評議委員長と握手した。

 科学者は、突きつけられた情報に対して何らかの結論を出さねばならないとしても、真実から目を背けてはならない。予想からかけ離れた結果であっても、一時的安堵な方向へ逃れるより、困難が待ち受ける過程を乗り越え、より良き方向へ進むベきである。

 それによって、科学者は、これまでにない経験と発見を通じて、自己に蓄積された知性と探究心から新たな進路へ向う意欲が、自身の中に彷彿するのを感じるだろう。それら無くして科学者とは言えない。これらは為政者にも言える。

 ケプラーは、退出せずに残った者たちが真の科学者であり、真の為政者であることを祈った。


「分析結果を総合すると、キトラ人のコメントと実態が違うように思える」

 とボリス・カイト評議委員長。

「私もそう思う」とケプラーが同意する。

「諸君に聞こう。

 キトラ人が、キトラ人の入植できない地球型惑星をテラフォーミングして、我々を入植させる理由は何だと思う?何が考えられる?」

 ボリス・カイト評議委員長は学者たち一人一人の目を見つめて答えを待った。


 生物学者トーマス・ライトが前回の討論と同じに懐疑的な表情のまま言う。

「入植前に惑星キトラの衛星軌道上で検疫する、と言っていた。

 人類は惑星キトラに入植するのではない。地球の病原菌をキトラへ持ちこむ可能性は皆無だ。キトラ人が検疫に現れることの方が、病原菌をキトラへ持ちこむ危険性を高めるだけだ。

 我々に入植して欲しいと話した二つの惑星は、我々のために用意された、と判断できる」

 海洋学者マイケル・ジンと地球物理学者オリバー・ニュートンも同意して頷いている。


「キトラ人に関する医学的資料は、人間に関する資料です」

 医学者エリック・ハイマーはクラリスの端末を起動し、最初に惑星キトラから送られたキトラ人の映像からクラリスが類推した彼らの骨格構造と、彼らの医学資料にある骨格構造を比較した。

 医学資料として送られた骨格は人類に酷似しているが、クラリスがキトラ人の映像から類推した頭部骨格構造は眼窩間が狭く顎骨が発達し、額の幅は狭いものだった。

「映像のキトラ人の頭部骨格は人間の骨格とは違います。

 この事は決定的証拠ではないので、キトラ人の映像からの類推と資料との違いを断定できません。

 しかし、私は、人類と異なる種が収斂進化した結果がキトラ人だと思います」


「キトラの生態系から考えて、キトラ人は哺乳類ではない。他の種が哺乳類を食糧にして収斂進化した。だから、惑星キトラに哺乳類が少ない。

 そして、彼らには動物を飼育する能力がない。そう考えるのが打倒だな・・・」

 とボリス・カイト評議委員長。


 ケプラーは何も言わなかった。皆がそう思っているが確実にそう言える証拠がない。あくま推測の域を出ていない・・・。


 ボリス・カイト評議委員長はさらに続ける。

「そのために、飼育用の惑星を用意して。家畜連れの、食糧となる家畜そのものを囲い込もうとしている。

 諸君の考えも、私と同じだろう?」

 地球国家連邦共和国の最高権威である共和国議会対策評議会評議委員長ボリス・カイトは、ケプラーたち科学者を見て、不敵な笑みを浮かべている。


「では、入植は中止だな?」

 ケプラーはモリス・ミラーとともに苦笑いした。


「さあ、どうだろう。決定するのは議会だ」

 ボリス・カイト評議委員長の顔から笑みが消えた。

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