十九 マイケル・エンゲル・モーム
二〇二六年、一月十三日、火曜。
一月十日、土曜に、シルビアがモスクワから連絡した際、ダブリンの日本大使館員の岩崎一等書記官は、
「スザンナたち一行がダブリンに着いたら、もう一度連絡してほしい」
と伝えてきた。
スザンナ・ヨークたちは、モスクワからスイス経由で三日かかってダブリンに着いて、一月十三日、火曜日、十三時すぎ、ダブリンのホンキー・ターナー・トンク事務所にいた。
事務所からの再連絡に、岩崎は、
「各国空港で混乱や暴動が起こって、国家間の移動ができずに危険だ。空港は閉鎖されて、いつ再開されるか不明だ。公演の予定がたたなくなった」
と連絡してきた。
シルビア・キーンは怒りを抑えて、岩崎との映像通信を切った。
「日本公演は、無期延期だわ・・・」
岩崎が悪いわけではない。怒りをむける相手がちがう・・・。
「モスクワ公演の再開は?」
スザンナはシルビアを見ずに、紅茶を一口飲みんでカップをテーブルに置いた。
モスクワを脱出して、スイス経由でダブリンまで三日もかかれば無理はない。世界各地で反政府勢力と各国政府軍との紛争がつづいてる。腹だたしいのは、シルビア、あんただけじゃないんだ・・・。
「紛争が鎮まり、安全になれば公演してほしいといってる。
日取りは未定だ。中止と同じだ・・・」
公演は中止ではないから、ロシア政府にもスイスの保険会社にも、公演中止の賠償請求ができない。モスクワの旅費と滞在費で今月は完全に赤字だ。
過去、無期延期になって再開された公演は一つもない。せめてもの慰めは、ロシア公演の楽団がロシア政府の楽団で、費用がロシア政府持ちだったことだ。
「EUの三公演も延期になった。今月は何もない・・・。どれも中止じゃないから、違約金も、賠償金も無しだ・・・」
シルビアはディスプレイのスケジュールをにらみつけた。完全に今月の収入が断たれた。公演延期の補償が無い、こんなばかげた契約をしたのはホンキーだ・・・。
シルビアは、ホンキー・ターナー・トンクの自室へ行って蝶ネクタイをつかみ、本人をねじ伏せたくなったが、必死にこらえた。
「国内と英国は?」
スザンナは訊いた。
「来月、二公演だけ・・・」
月に二公演ならなんとか収入が得られる。それまでの辛抱ね・・・。
スザンナが、シルビアをなぐさめようと考えた瞬間、
『時期を待つのです。四月に世界情勢が安定します。それまで国内公演と英国公演を用意しましょう・・・』
マイケル・エンゲル・モームの声が聞こえた。
「待って!ロンドンのエージェントから、講演依頼だ・・・。
なるほど代替公演ね。私たちが国外へ行けないなら、国外のアーチストも国内に来れない訳ね・・・。
スザンナ。ほら、他のエージェントからも依頼よ・・・。
また、もう一件・・・。
国内と英国内で今月中に代換公演が四公演。忙しくなるわよ!
ホンキー!契約同意書にサインして!」
シルビアはデスクを立った。隣室へ行き、ソファーで居眠りしているホンキー・ターナー・トンクを叩き起こした。
マイケルの力なのね?
『そうですよ。何も心配しなくていいのです・・・』
そう伝えるとマイケルの声は聞えなくなった
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