三十二 狙撃㈡

 九時過ぎ。

 S通りからに北へ入った、N市Y地区の日報新聞N支社社宅の居間で、テレビニュースを聞きながら、松浪がテーブルのバーチャルキーボードに指を走らせた瞬間、窓ガラスの一点が輝いてタブレットパソコンに穴が開き、破壊した。

「うっ!」

 反射的に松浪は壁際へ転がった。本棚とサイドボードの間に身を隠し、サイドボートから手鏡を取った。窓ガラスの輝点と破壊前のタブレットパソコンの穴が、松波の視界に残像で残っている。それら二つを結んだ直線上に、五百メートルほど離れた、S通りの廃ビルがある。


「健ちゃん!どうしたのっ!」

 慌てた足音が二階から降りてくる。

「危ないから来るなっ!レーザー攻撃だっ!」

 松浪は本棚の陰から、鏡を持った腕を伸ばした。廃ビル屋上で銃を持つ人影が鏡に映った。すぐさま松浪は鏡をひっこめた。


「何があったの!」

 バカ!危険だと言ってるだろう!松浪は苛立ちを押さえた。

「降りてくるな!壁に身を隠せ!タブレットをレーザーで狙撃された!」

 階段の柱の横から理沙が顔を見せた。タブレットパソコンが砕け散っているのに気づき、慌てている。


「なんで撃たれたの!」

「そこに隠れてろ!」

 俺にわかるはずないだろう!バカめ!状況判断できないのか!

「ビルの屋上から狙撃された。五百メートル以上ある。まだ人がいる」

 松浪は廃ビルを示した。


「銃声はしなかったよ!」

「レーザーだ!」

 クソッ!なんてカなんだ!状況判断しろっ!

 松浪は苛立ちながら鏡に廃ビルを映した。

 屋上の人影は消えている。だが油断できない。松浪は慎重にテーブルのタブレット端末へ手を伸ばした。



 佐伯のメガネ端末に松浪から通信が入った。佐伯は複数同時通信のまま通信に出た。

「佐伯さん!救援を頼む!

 家でタブレットパソコンをレーザーで狙撃された!

 狙撃手はS通りの廃ビルの屋上だ!

 今のところ我々は無事だ!」


「わかりました。特務班を急行させます!」

 佐伯は松浪との通信を切り、複数同時通信で指示した。

「特務班!Y区の松浪宅と、W区の田村宅に急行し警護しろ!

 田村も狙撃される可能性がある。田村のポートは離着陸可能だ!

 有沢支社長に、松波たちが狙撃されたが無事だ、と伝えろ!」

「了解!」

 過去の隠蔽体質の警察組織とは違う。有沢への事実連絡は早い方がいい。ヴィークルなら、松浪の家はこのドーム競技場から十分とかからない。松浪を狙撃した者と局長を狙撃した者は別人だろう・・・。

 W区の田村家は松浪の家からヴィークルで五分ほどだ。すでに他の狙撃手が田村を狙撃しているかも知れない・・・。佐枝はそう思った。


「佐伯くん、本間だ。ここの警護班は私が指揮する!

 君は至急、田村に連絡してくれ!

 君が田村の家に着くまで、特務班と田村を警護してる警護班は、私が指揮する!」

「わかりました!田村へ通信」

 佐伯はメガネ端末に田村への通信を指示し、競技場の離着ポートのパトロールヴィークルへ走った。


「本間から全員へ命ずる!

 特務部全員に銃器使用を許可する!

 警護ヴィークルの警護班は田村家の周囲、特に田村の仕事場がある北西を警戒警護しろ!

 特務班は松浪と田村の家へ急げ!

 直接、加害者に触れるな!

 競技場警護班は現場検証が済むまで、現場を警備監視してくれ!」

 指示は複数同時通信で全員に伝わった。

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