七 クラリックの離脱

 地下格納庫が完成して、ディアナ内部に艦隊の格納が可能になった時、我々は、ディアナの周回軌道にいるへリオス艦隊の副艦三隻と搬送艦の一割に異常を感じた。


「ジェネラル・ヨーナ、精神エネルギーに偏りがあります!」

 カミーオが私に伝えた。

「どの艦だ?」

「編隊後部副艦〈フォークナ〉一隻。

 両翼副艦〈フォークナ〉二隻。

 艦隊後部搬送艦十六隻です。

 精神エネルギーレベルが異常に高い。

 ほとんどがクラリックパターンです!」


「ヨンミン、他のパターンはないか調べろ?」

「今、調べてます・・・。

 クラリックパターンだけです!」


「カミーオ、この〈ガヴィオン〉のクラリックはどうしてる?」

「アーク位とビショップ位、プリースト位がいない!

 代りに他の艦のポーン階級のシチズン位とコモン位がいる!

 クラリックは、レクスター系列とディーコン位がいるだけだ!」


「おちつけ、カミーオ。他の艦も調べてくれ」

「入れ代ってます!どうしますか?」

「あわてるな。彼らは第四惑星を気にしていた。

 これがその結果だよ・・・」


 予期した事だったが、選民意識を持ちつづけたクラリックが艦隊を離脱し、彼らの考える物質社会を得ようとするのは驚異だった。

 なぜなら、我々が精神エネルギー体になった時、我々に何が必要か、「存在」から教えられていたからだ。それは物質に対する執着でも、自己満足な思想でもなかった。


「こんなに早く実行すると思ってなかった・・・」

 カミーオが驚いている。

「ロシモントを離れる時から、彼らは我々と考えがちがっていた。

 その事をレクスターが良く知っている」


「どうします?このままクラリックを行かせますか?」

「君はどうしたい?」

「このまま行かせずに、プロミドンを使べきです」

 カミーオは、〈ガヴィオン〉のプロミドンで、クラリックの全艦艇を原子レベルにエネルギー転換しようと考えていた。


 プロミドンのエネルギー転換の意味は広い。

 ある種のエネルギーを、他のエネルギーに転換、あるいは他所へ移動できるばかりか、転換したエネルギーを元の物質に転換可能であり、本来の物質より低エネルギーの物質にも転換可能なのである。

 つまり、プロミドンは物質のエネルギー転換機であり、物質転送機であると同時に、分子破壊兵器である。


「私はこのまま行かせようと思う。キーヨはどう考える?」

 我々がロシモントからここまで移動を許されたように、彼らも彼らの意志による移動を許されるだろう。我々に可能なのは、ガイアの知的生物をガイアの管理者に育成し、我々と精神共棲することだ。


「彼らの行いはまちがってる。我々が手を下さなくても、いずれ裁きが下るはずだ。

 カミーオ、このまま彼らを行かせよう」

 キーヨが答えてカミーオにそう伝えた。すでにキーヨは彼らの輝きのない未来を予測している。


「わかりました。パイロットもレクスターとシンも、行かせる考えのようです。

 しかし、彼らは副艦三隻だけで、立体編隊を組まずに航行が可能ですか?」とカミーオ。

「可能だ・・・」とキーヨ。


 副艦三隻が造る平面内に他の艦を取りこめば、副艦三隻によるプロミドン平面編隊が完成する。他銀河への亜空間移動は不可能だが、恒星間移動や惑星アーズへの惑星間移動は可能だ。クラリックのアーク位のヨヒムが、どのようにそれを知ったか不明だが、副艦三隻の離脱は、編隊構成を充分に認識した行動だった。



 奪われた副艦三隻のプロミドンによって、他の艦のクラリックが奪われた艦へ移し換えられている。

 クラリックは単独で惑星アーズへ移動する能力を有しているにもかかわらず、副艦と搬送艦を奪ったのは、各艦のシステムコントローラーであるプロミドンと、プロミドン推進機を必要としているからである。副艦のプロミドンは、大司令艦〈ガヴィオン〉のプロミドン同様、強力な力がある。彼らがプロミドンを用いて、みずからを実体化しようとしていたのは明白だった。


 コントロールデッキの5D座標と4D映像は、このへリオス艦隊のプロミドン立体編隊と防御エネルギーフィールドが解ける状況を鮮明に映した。

 最初に最後部の副艦が編隊から離脱し、その後部に、艦隊の一割にあたる搬送艦百六十隻がデルタ編隊を組んでつづき、我々のプロミドン立体編隊上下の副艦二隻が、デルタ編隊最後部の両端に着いた。これで、副艦三隻が作る平面内に、搬送艦百六十隻が完全に平面配置し、副艦と各艦が防御エネルギーフィールドを張れば、プロミドン平面編隊は完了する。だが、大半の搬送艇が同一平面内に配置できずにいた。


 オフィサー階級のパイロットでさえ、プロミドン立体編隊を組むには高度な精神知的技術を要する。そう簡単に、クラリックがプロミドン平面編隊を組めるとは考えられなかった。艦艇が強固な防御エネルギーフィールド無しに、ディアナ付近を漂えば、飛来する小惑星に破壊される可能性は高い。パイロットでないクラリックの航行技術に関する精神エネルギーなど、小惑星の破壊エネルギーの前にひとたまりもない。



 飛来する小惑星の数は徐々に増えていた。

 私はヘリオス艦隊に、プロミドン立体編隊再構成を指示した。

 ヘリオス艦隊は、大司令艦〈ガヴィオン〉と三隻の副艦を頂点とした正四面体内に、全艦艇を移動させ、防御エネルギーフィールドを張った。


 我々が、新たなプロミドン立体編隊が組むと同時に、編隊を組めずにいるクラリックの搬送艦が小惑星の餌食になった。


 クラリックに起こった事故は偶然ではない。カミーオが考えた手段と異なるが、我々が手を下さなくても、キーヨの予想通り、「存在」が彼らに警告を下した野はまちがいなかった。彼らの処分を考えたカミーオさえ、時空間の流れに逆らう者たちに厳しい警告を与えた「存在」に、さらなる畏敬の念を抱いていた。



 飛来する小惑星の中で、クラリックの艦隊は防御エネルギーフィールドを張った。半数の搬送艦を失ったが、三隻の副艦は健在だった。

 クラリック艦隊の映像を見る我々に、思念波が伝わった。

『ジェネラル・ヨーナ・・・。

 私を認識できるか?

 ・・・私を認識できるか?』


「認識してる。

 ヨヒム、なぜ、艦隊を離脱した?」

 我々の艦隊の防御エネルギーフィールドを破り、さらに〈ガヴィオン〉のブリッジのコントロールデッキの防御エネルギーフィールドに侵入した意識は、クラリックのアーク・ヨヒムだった。パイロットたちは驚いているが、ヨヒムが何らかの手段を講ずる、と思っていた私は驚かなかった。


 ブリッジの温度が下がり、コントロールデッキの温度がさらに下がった。ブリッジのエネルギーフィールドが、コントロールデッキの空中に集まり、一定の形になった。ヨヒムの姿が現れている。

『我々は選ばれた階級だ。

 これは、我々の銀河が終焉を迎え、母なるロシモントを離れても、変らぬ事実だ。

 他の銀河が存続するように、我々は選ばれた階級として存続しつづける。

 我々は、我々にもおよばぬお前たちとは、共存しない』


 ヨヒムの態度は、身体を失う前と変りなかったが、ロシモントの階級社会の最上位に君臨した当時の余裕はなかった。引きつった印象を我々に与え、如実に精神エネルギーの偏りを示している。


「ヨヒム、これから、どこへ行く?」

『低級なお前に答える必要はない。

 私がこうして話すのは、これまでクラリックの我々を崇拝してやまなかったお前への、儀礼にすぎない・・・。

 今後も、我々は、お前たちのはるか上位に位置している。

 ガイアに降下するお前たちは、我々と対等に話す資格がないのを忘れるな。

 そして、思考を慎め。

 私はお前たちの上位に位置するアーク・ヨヒムだ。

 お前ごときに、呼び捨てにされる存在ではない。

 私の力はプロミドンより、はるかに優れている。

 防御エネルギーフィールドが有ろうと無かろうと、私の力に適うものではない。

 今後、私を妨害する者に、容赦はしない』


 ヨヒムの顔は一瞬に消えた。コントロールデッキの5D座標に、ディアナの周回軌道から急発進する輝点が現れた。輝点は第四惑星のアーズにむかっている。


「ヨーナ、追尾するか?」

 いらだてちを抑えきれず、キーヨはコントロールシステムに意識投射しようとした。

「必要ない」

「彼らが何を考えているか、確認しておく必要があるだろう?」

「ヨヒムの脅しに惑わされるな。

 我々がなすべき事はクラリックと無関係だ。

 彼らは裁かれる運命だ。

 その事は小惑星を避けられなかった艦の数で明らかだ」


「エネルギーフィールドを突破し、ここに物質化したんですよ!

 ヨヒムの能力が高まったんじゃないんですか?」

 日頃からクラリックを監視し、反感を抱いているカミーオは興奮している。


 私はパイロットたちに考えを伝えた。

「ヨヒム単独の力ではない。プロミドンを使ったのだ。

 彼に真の力があれば、小惑星から艦を守り、艦を使わずに移動するはずだ。

 だが、ヨヒムはここに現れ、我々を脅した。

 我々にクラリックの脅威を植えつけようとしたにすぎない。

 ヨヒムが何を考えても、現在のクラリックの能力では思い通りにならない。

 クラリックが艦艇を小惑星から守れなかった事を、ヨヒムは理解していない。

 つまり、「存在」の裁きが下ったのを理解できないのだ・・」


 キーヨは私の強い意識で平静を取りもどし、クラリックの未来が決して安定ではないことを理解した。しかし、若い意識のカミーオは興奮したまま冷静な思考できずにいた。



 クラリックは艦艇を奪って艦隊から離脱したが、我々に危害を加えなかった。

 彼らが艦艇を使うのは彼らの権利であり、我々アーマー階級は、彼らを拘束する立場になかった。なぜなら、今後進化してガイアの管理者となるべき地上の知的生物同様に、我々も我々の種の管理者であり、支配者ではないからだ。

 だが、クラリックのアークは、我々と同じニオブの種でありながら、自己の存在を特別な支配者と考えている。この相違が他に与える影響は測り知れない。


「ヨンミン。レクスターを呼んでくれ。シンといっしょだろう」

「了解しました」

 ヨンミンは第五エリアへ連絡した。すぐさま私は、レクスターとシンがデッキに移動するのを感じたが、ヨンミンの意識が私にむけられるのを待った。

「すぐ、ここに来ます」

「ありがとう」

 クラリック階級の上位三位、アーク、ビショップ、プリーストが離脱した艦隊で、残っている上部クラリックはプリースト位のレクスター系列だけになっていた。


 トトの種を精神的に進化させたケイト・レクスターの偉業は、レクスター系列の誇りであり、あらゆる種の進化過程に対して深い洞察力に基づいて成される判断と生命に対する畏敬の念は、レクスター系列のゆるぎない信念の一つである。

 レクスター系列の精神エネルギーマスとなったレクスターが、瞬間移動や物質化が不得手でも、彼らの精神には、過去のクラリックが持とうとしても持てなかった、洞察力の揺るぎない精神がある。現在のエネルギーマスを代表するケイト・レクスターは、まだ、その事実に気づいていないが、私には必要欠くべからざる存在である。


「クラリックの離脱がガイアの地上で起らなくてよかったわ。

 地上には、地上にふさわしい生命が生息すべきよ」

 コントロールデッキに現れたレクスターは状況を把握し、淡々としている。

 レクスターは、最初にガイアの生態系を乱すのはアークとビショップだ、と判断して警戒していた。その不安要因はすでになかった。

 しかし、正確には、不安要因がなかったのは、新ロシモント暦で一年間、ガイア時間で約十年間だけだったことが後に判明した。


「クラリックの離脱を、ディーコンはどう考えてる?

 彼らに影響はないか?」

 私はそうレクスターに尋ねた。


「彼らはクラリックの上位が考えているような者たちじゃない。

 シンが良く知ってるわ」

「レクスターの考えるとおりだよ、ヨーナ。

 我々トトをケイトとともに指導してくれたのはディーコンだ。

 彼らの業績がクラリックの記憶から消されたのは、アークとビショップが、我々トトの進化を認めない、と決定したからだ。

 クラリックの最下位のディーコンは、上位のクラリックから無能と考えられ、立場上、 我々の進化について語るのを許されなかっただけだ。

 彼らディーコンの信念は、レクスターに近いんだ」


「わかった。

 では、全員、アークとビショップの動きに注意してくれ。

 再度、ディアナをプロミドン立体編隊の中央に位置させ、ディアナの自転と軌道を修正する。

 その後、艦隊をディアナの格納庫へ移す。

 カミーオ。

 全艦に連絡してくれ!」

「了解しました」



 クラリックの離脱で艦艇数が減少したため、我々はディアナの自転と軌道を再修正した。そして、ディアナの地下に造られた格納庫に艦隊を移動させ、ガイアの地上を偵察できるよう、円盤型小型偵察艦六隻を、ガイアの周回軌道に配置した。


 六隻の円盤型小型偵察艦は、ディアナ内部に留まる大司令艦〈ガヴィオン〉に、勇壮なガイアの全貌を送ってきた。

 大気が織りなすガイアの衣は刻々変化し、形を持って生きる素晴しさをまざまざと我々に見せつけた。小天体が飛来してガイアに激突していたが、それらから免れて生息する動植物一つ一つが、ガイアの意識の現れであり、惑星ロシモントとは異なる未来を象徴していた。

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