四 長官

 コンラッドシティはドラゴ渓谷にそった街道ぞいにある、テーブルマウンテンの岩窟都市だ。コンラッドシティ監視監督本部は、ドラゴ渓谷下流側のテーブルマウンテンの高台にある。

 トニオ・バルデス監視隊長は一級監視官でコンラッドシティ監視監督本部の本部長である。二つの職務を兼務するこの本部長執務室からドラゴ渓谷がよく見える。

 ドラゴ渓谷の上流に平野になった地域があり、そこにネイティブ居留区がある。市街地のバスコ・コンラッドの自宅からネイティブ居留区までは、ここコンラッドシティ監視監督本部からより近い。


「隊長!」

 執務室に情報収集室のフリオ・ラミロス情報官の3D映像が現れた。

「どこからの攻撃か判明したか?」

「探査不可能です。信号形態が電磁波ではありません」

「素粒子(ヒッグス粒子)か?」

「はい」

「物質だけでなく、攻撃エネルギーもスキップ(時空間移動)させたのか?」

「そう判断するしかありません」

「監督官に報告したか」

「これからです」

「説明できるか?」

「できます。納得するかどうかはわかりません」

 フリオ・ラミロス情報官は笑っている。

「では、説明してやってくれ」

「はい」

「フリオ。監督官が納得しなかったら、私が話したいと伝えろ。

 感性だけで判断されてはかなわん・・・」

「わかりました」

 フリオ・ラミロス情報官の笑う3D映像が消えた。


 まもなく、バルデス監視隊長の前に、憤慨したメサイア・ゴメス監督官の3D映像が現れ、持っている指揮棒をデスクに叩きつけた。

「監督官。情報官から攻撃について報告がゆきましたか?」

 バルデス監視隊長は慇懃にそう言った。

「どこからの攻撃か、なぜ判断できぬ!情報官はまともに仕事をしてるのか!」

 監督官はなおも指揮棒でデスクを叩いている。

 この監督官は思い通りにならなくていきりたっている。本当にアホウだ。情報官の説明を理解できぬこんなアホウが、なぜ、監督官になれたのかふしぎだ・・・。

 そう思いながらバルデス監視隊長は言う。

「情報官からどのような報告があった?」

「敵の時空間転移伝播技術が素粒子レベルなので、我々の電磁波亜空間転移伝播レベルでは識別不可能と聞いた。素粒子レベルとわかるなら、攻撃経路もわかるだろう。なぜ調べない?」


 バルデス監視隊長は笑いを隠して言う。

「監督官の目で細菌が見えるか?ウィルスが見えるか?」

 物理学の素養もないアホウには、たとえ話をするしかない・・・。

「見えるわけがなかろう!」

「なぜだ?」

「わかりきったことを訊くな!」

「説明できないのか?」

「わかっている・・・」

 説明しないのだから、わかるはずがない・・・。困ったものだ。・・・。

 そう思いながらバルデス監視隊長は話を続ける。

「我々の電磁波レベルの探査技術を我々の目とすれば、素粒子(ヒッグス粒子)信号による転移伝播技術は細菌やウィルスの移動のようなものだ。

 これは伝播信号のサイズを説明しているだけで、実際に移動する物体やエネルギーは素粒子信号によるもののほうがはるかに膨大だ。

 あの岩壁を破壊したエネルギーを思えば理解可能と思う・・・」

 これまで権力だけで事実をねじ曲げてのし上がったこのアホウに、こんな話を理解できるはずはない・・・。


「私をバカにするのか?何様のつもりでいる?」

「無理しなくていい。監督官が権力で事実を変えてきたようなことではない。

 電磁波による信号で素粒子(ヒッグス粒子)による信号を探査しろという不可能なことを指示されても、現在の我々の技術では探査不可能だ」

「何だと!私を誰だと思っている?」

 3D映像の監督官が指揮棒をデスクに叩つけて激怒した。

「ニューコンラッドシティからコンラッドシティに左遷された監督官。

 他に何と呼んだらいいのかな?」

 バルデス監視隊長は、あえて左遷された監督官と呼んだ。

「何だと?私の力で、お前ごときは一介の隊員に格下げできるんだぞ!」

「ではこれを見るがいい。

 長官。いかがいたしましょう?」

 バルデス監視隊長はデスクのコンソールを操作し、バックグラウンドでコンラッドシティ監視監督本部をモニターしている3D監視映像を室内に表示した。その片隅にニューコンラッドシティのコンラッド州監視監督総本部のフランツ・ゴメス長官が現れた。

 長官を見て、一瞬にメサイア・ゴメス監督官の顔が青ざめた。


「メサイア・ゴメス監督官。

 お前がなぜそこへ左遷されたか、わかっていないようだな。

 私の前で誓約したことは虚偽だったと判断する」

 フランツ・ゴメス長官の3D映像が等身大になった。メサイア・ゴメス監督官の3D映像に立ちふさがっている。

 監督官の態度が変った。踵を合せて正規の姿勢で直立して低姿勢になっている。

「いえ、長官。決してそのような事はありません。他時空間からの攻撃に対し、探査が遅れていたため、注意していただけです」

「あれほど、事実を見極めて行動するようにトニオ・バルデス一級監視官の元へ配属したのだ。

 メサイア!お前がすることは何だ?」

 長官は監督官をにらんでいる。

 監督官は踵を合せて正規姿勢で直立したまま、視線は長官の頭上の虚空だ。

「はっ、監督業務です」

 長官があきれた顔で監督官を見かえした。

「何を監督する?」

「監視隊を・・・」

「馬鹿め!監視隊は一級監視官であるトニオ・バルデス監視隊長が指揮している。お前は監視隊の部外者にすぎん。

 お前の任務は市民の監督だ。お前に部下はいない。お前が単独で監督せねばならない。

 そうなったのは、監督官のお前が、ニューコンラッドシティの事実を権力で隠蔽した結果だ。そのお前が、また同じことをくりかえしている」

 長官は監督官をにらみつけた。


「決してそのような事は・・・」

 そう言う監督官は長官の頭上を見つめたままだ。

「報告捏造は大罪だ。その責任をとってもらう」

「報告はしていません」

「では、トニオ・バルデス監視隊長とのやりとりは何かね?

 この私、フランツ・ゴメスの娘だと権力をちらつかせ、結果を無理強いさせる気か?」

 長官は監督官をにらんだ。

「決してそのような・・・」

「文官が武官や技術官を脅して任務を強制することは規定違反だ。

 お前は、ニューコンラッドシティでおこなった過ちを、ふたたびくりかえした。

 監督官を解任し、監視隊員に格下げする。

 いいかメサイア。お前は無階級の単なる監視隊員だ。いっさいの権限はない。

 トニオ・バルデス監視隊長の指揮下に配属する。

 同じまちがいをしたら、つぎは最下級市民として強制労働してもらう。

 わかったか!」

「わかりました長官!」


「トニオ・バルデス監視隊長をはじめ、お前の上官に対する態度は常に監視している。他の隊員に対する態度もだ。そのつもりで行動しろ」

「・・・」

「わかったか?返事をしないならただちに格下げだ!」

「わかりました。長官」

「下がっていいぞ」

 メサイア・ゴメス監視隊員の3D映像が直立不動のまま消えた。


 長官がデスクのバルデス監視隊長を見た。バルデス監視隊長は椅子から立ちあがろうとした。

「監視隊長。立たなくていい。メサイアをよろしく頼む」

「わかりました。長官」

 バルデス監視隊長は椅子に座ったままそう答えた。

「ところで、監視隊長。攻撃は他の時空間からか?」

「そう判断せざるを得ません。

 ステルス艦なら、我々の電磁探査波で何らかの飛行跡が判明するはずですが、そのような航跡はいっさいありません。

 PVはシールドが破られて翼が破壊され、異星体らしき四人が居た岩壁から七百レルグ離れた地上に降下し、その直後、四人がいた岩壁が半径五百レルグの球状に消滅しました。

 いずれの攻撃も、攻撃エネルギーが、突然、空間に出現しています・・・」

 室内に、PVが自動記録した3D映像が現れた。岩陰に四人の死体がある岸壁と、PVの翼と岩壁が攻撃されている。


「たしかにエネルギーだけが出現している。スキップしたか・・・」

「そう判断するしかありません」

「攻撃エネルギーをスキップできるのは・・・」

「素粒子信号時空間転移伝播だけです・・・」

「お手上げだな。四人の映像をどう判断する?」

「一人が三人と戦って全員死亡したと考えられます。

 あるいは五人目がいて、四人死亡を偽装したとも考えられます」

「前者の場合、何が考えられる?」

「皮剥事件は昨日から今日にかけて二件つづきました。仲間割れが考えられるが、それはないでしょう」

「四人が皮剥事件の容疑者だと思うか?」

「充分考えられます。四人が女を襲って返り討ちにあったことが考えられます」

「五人目がいたと考えるその根拠は何だ?」

「バスコ・コンラッドです。彼の家に妻のマリーがいました。バスコは、マリーがネイティブ居留区にいるバスコの遠縁だと言ってます」

 ネイティブ居留区のヒューマはID認証を持っていない。ネイティブにとってヒューマはネイティブの土地に侵略した部外者だ。部外者の指示に従う必要はないとの考えで、ネイティブは監督官の指示を拒否している。

 これも、メサイアが監督業務を怠っていたからだと長官は思っていた。


「バスコの自宅の監視映像はどうなってる?」

「朝食後、寝室にこもったまま、まったく動きがありません」

「物音もせんのか?」

「新婚ですから、それなりの声は聞えます」

「新婚なら、ありうることだ」

「ところで、長官。我々に、不審者逮捕を命令した根拠は何だったのですか?

 この四人が現れた情報をどこから得ました?」

「レッドバルシティ監視監督本部からの不審人物逮捕要請だ」

 不審人物逮捕要請は、レッドバルシティ監視監督本部からコンラッドシティ監視監督本部と、ニューコンラッドシティのコンラッド州監視監督総本部へ直接出ていた。

 バルデス監視隊長は妙だと思った。

「逮捕対象はこの四人だったのですか?それとも他のヒューマですか?」

「不審者とのことだけだ。この四人の記録映像を見て、レッドバルシティの監視監督本部は何を判断するかだ・・・」

「長官はこの四人をヒューマと呼びますか?」

「さあ、わからんよ。とにかく、レッドバルシティの監視監督本部へ四人の映像と攻撃映像を送る。

 バスコを監視してマリーの素性を確認してくれ。バスコに監視装置を置く許可を得ていない。監視装置が見つかっても無視しろ」

「わかりました。レッドバルシティ監視監督本部が映像を判断したら教えてください」

「了解した。あちらさんはこの四人の映像を見て、四人はサイボーグだとごまかすだろう。では、メサイアを頼む」

 フランツ・ゴメス長官の3D映像が消えた。


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