六 デコイの0次元時空間

 ガイア歴、二八〇九年、七月。

 オリオン渦状腕外縁部、テレス星団フローラ星系、惑星ユング。

 ダルナ大陸、ダナル州、アシュロン、アシュロン商会本部。



 ダルナ大陸のダナル州にある、惑星ユングの首都アシュロンは碁盤の目のように整然とした街路の街だ。

 アシュロンの南北に走る大通りは南北五十一番街大通りを中心に、西は西一番街通りから西五十番街通りまで、東は中央の南北五十一番街大通りから百一番街通りまで合計百一本ある。東西に走る大通りは最北部の一番街通りから最南部の百一番通りである。


 アシュロンの中心を走る南北五十一番街大通りは、アシュロンの北端を東西に走る東西一番街大通りとTの字に交差している。

 この東西一番街大通りの北側に、白亜の石柱に支えられた白亜の建築物がある。

 建築物正面の石柱の上の梁には、巨大怪鳥カプルコンドラの巨大モニュメントがある。四つの惑星を鋭い爪の両足で鷲づかみする巨大怪鳥カプルコンドラは、惑星カプラム最強の猛禽類だ。カプルコンドラの上に、共通語テスランの母体となった古代テスローネ言語で『アシュロン商会本部』と書かれている。



 アントニオ監察官の検閲の三日後。

〈ドレッドJ〉は交易を終えて、惑星ユングのアシュロン商会本部地下五階の格納庫にある係留ドックに亜空間スキップした。


「ご苦労だった、ジョー!」

 アシュロン商会本部三階会議室で、アントニオがジョーたち〈ドレッドJ〉のクルーを迎えた。アントニオは惑星ユングのギルドを代表するアシュロン商会のCEOでもある。


「今、帰った。我々はどこに住めばいい?」

 ジョーは叔父を抱きしめて、クルーの居住地を訊いた。今、クルー二十五名は〈ドレッドJ〉の正式制服に身を固めて、ジョーの背後にいる。

 ビルバムのチャーリーは、スコット・ヤン機関長が着用した〈ドレッドJ〉の正式制服の内ポケットにいる。クルーは独身者だけではない。クルーの家族も〈ドレッドJ〉に乗艦している。〈ドレッドJ〉はクルー家族の居住区だ。


「この十二階を全てを使ってくれ。

 商会内は階段と球状エネルギーフィールドで移動できる。

 各階にスキップリングがある。直接、〈ドレッドJ〉と地階の格納庫へ行ける。

 移動制限はない。全員、居住区へ移動しよう」

 アントニオが、床に描かれた円内にジョーとクルーを集めた。

「クラリス。十二階へ運んでくれ」

「わかりました」

 ジョーの隣りにクラリスが現れた。


 アシュロン商会本部はこのビルの七階までを使っている。八階から十二階までがアシュロネーヤとその家族の居住区だ。地階一階から五階まで集荷施設と商業用宇宙艦の格納庫があり、地階六階から十階にかけてAIクラリスが管理する非重力場の特異点である、スキップリングを有する亜空間転移ターミナルがある。



 ジョーとアントニオとクルーを乗せたまま床が円形に分離して浮きあがった。

 全員が床ごと青白く発光した球状エネルギーフィールドに包まれて浮遊し、会議室の天井に開いた、球状エネルギーフィールドと同径の空間へ向って移動した。


「ここでの全てをクラリスが管理している。わからないことは彼女に訊くといい」

 アントニオがクラリスを見ている。

「クルーの家族が〈ドレッドJ〉にいる。彼らをここの居住区へ移すのか?」

 ジョーはアントニオに訊いた。

「すでに居住区を見てもらっている」

 床が十二階の会議室のフロアに停止した。目の前にクルーの家族がいた。

「居住区は一般のコンドミニアムと同じだ。

 キティー、部屋を割りふってくれ」

 アントニオがキティーに指示した。


「司令官、了解していいな?」

 アントニオはキティーの上司ではない。キティーがジョーに確認した。

「アントニオの指示に従ってくれ」

 ジョーは笑顔でキティーに答えた。

「了解した。みんな!部屋を決めよう。

 八階にマーケットがあるらしい」

 キティーは、背後にいるクルーと家族を連れて会議室から出ていった。



 キティーが出てゆくと、アントニオは会議テーブルのシートに座り、精神波で伝えた。

『半年以内に、皇后テレスが出産する。

 皇帝ホイヘウスは、軍警察と軍を強化して帝国の支配体制を強化している。

 すでに、皇帝ホイヘウスは皇后に皇位を譲渡した。他星系へ遠征する。

 テレス帝国に残るのは、皇帝テレスと皇女クリステナと産まれてくる子どもだ。

 早急に、我々の軍備を整えねばならない。

 我々の戦艦を、どこで建造する?』

 皇帝テレスを説明したアントニオは、宇宙戦艦を建造する意向を示した。


『アポロン艦隊で建造するのが安全だろう。デコイを放出して時空間を偽装すればいい』

 ジョーは、スペースコロニー・アポロン群に関する精神思考を伝えた。

『禁断のデコイか?』

 テレス帝国軍のデコイは惑星ガイアで開発されたアポロン艦隊の技術だ。

 テレス帝国は、ヒューマの国家だった旧テレス連邦共和国の再建を懸念して、一般市民にデコイの使用を禁じている。商業ギルドの一大組織であるアシュロン商会に対しても扱いは同じだ。


『大量のデコイで、静止軌道上に0次元時空間を構成して、ドックを造る。

 クラリス。デコイの量産は可能だろう?帝国軍の探査と攻撃を欺けるか?』

 ジョーは、クラリスに精神思考を伝えた。クラリスはジョーの隣りにいる。


『帝国軍の攻撃能力は分析ずみです。デコイで、フレアや輻射性能を試す必要はないわ』

 アポロン艦隊のデコイは電磁波と音波の全帯域に対応して、敵に対してパッシブにもアクティブにも反応する。攻撃をデコイに集中させるだけでなく、他勢力の能力を越える目標を設定し、疑似対象や疑似空間の設定が可能だ。それは、皇帝ホイヘウスが技術導入して整えたテレス帝国軍の攻撃能力を遥かに上まわっている。クラリスはそう分析している。

『各惑星のスペースコロニーで量産しましょう』

 クラリスはその場の空間へ両手を伸ばして、見えないコンソールを操作した。


『そんなことをしなくても、クラリスの素粒子信号で各惑星のスペースコロニーに指示できるだろう』アントニオ。

『クルーと同じ事をしてみたいのよ』

 アバターのクラリスも〈ドレッドJ〉の一員であることを示したいのだ。


『クラリスもクルーだよ』

 ジョーは、強く精神思考した。

『ありがとう、ジョー。さあ、これでいいわ。

 もうすぐ惑星ヨルハンと惑星ユングと惑星カプラムのスペースコロニーからデコイを放出する。デコイが自己複製して増えれば、私がスペースコロニーを越える大きさの0次元時空間を構成して、さらに増えれば、新たな0次元時空間を構成するわ。

 精神思考域に、4D映像を送るね』

 クラリスは空間へ指を走らせた。


 同時に、ジョーとアントニオの精神思考域に、三惑星の静止軌道上のスペースコロニーが多数の放出した、直径五十センチメートル、厚さ十センチメートルほどの黒い円盤状のデコイの4D映像現れた。

 デコイが起動してスペースコロニーから離れた。空間へ移動したデコイは背後空間の波動残渣を吸収して同一時空間の4D映像を構成し、周囲にその映像を放出して周囲の空間に溶け込んだように消えながら、つぎつぎに自己複製してその数を増やしている。


 起動中のデコイを、クラリスが赤くスクエア表示した。赤くスクエア表示されたデコイが、二個のスクエア表示になり、さらに四個、八個、十六個と増殖した。

 アントニオはかろうじてデコイを識別できた。ジョーはスクエア表示が無くても起動デコイを識別できた。一般ヒューマはスクエア表示があってもデコイの識別不可能だろうとジョーは思った。


『これで、攻撃用球体型宇宙戦艦を上まわる空間がデコイ内に構成されたわ』

 クラリスが示す空間に、スペースコロニーの空間を上まわる赤いスクエア表示が並んでいる。


 惑星ヨルハンと惑星ユングと惑星カプラムの各静止軌道上の、総計四十個のスペースコロニー近傍で、大量のデコイで構成された直径数キロメートルの0次元時空間が出現した。

 クラリスのコントロールにより、この四十個の0次元時空間で、搭乗員一万人の攻撃用球体型宇宙戦艦(直径一キロメートル)二十隻と、内部に食糧生産工場を持つ、搭乗員一万人の惑星移住計画用球体型宇宙戦艦(直径二キロメートル)二十隻の建造が始った。

 つまり、各惑星の各スペースコロニーで一隻ずつである。

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