五章 猟奇殺人 その二

一 皮剥ぎ

 グリーゼ歴、二八一六年、九月二十四日、一三〇〇時過ぎ。 

 オリオン渦状腕外縁部、テレス星団フローラ星系、惑星ユング。 

 ユング共和国、ダナル大陸、ダナル州、メガロポリス・アシュロン郊外、ノースイースト地区。



 ミカ・ロンドはノースイースト地区一五〇N八三の自宅に居た。

 ドアチャイムが鳴った。モニターで確認すると赤い髪、高身長の白人の男が映っている。医師のロック・コンロンだった。

「一言、お悔やみを言いたくて来ました」

 モニターのロック・コンロンは丁寧だった。


 ミカ・ロンドはドアロックを解除し、ロック・コンロンを家に入れた。

 リビングーには兄の妻の妹(ミカ・ロンドの義妹)のアリー・ラドリックと、兄たちの親しい知人が居て、兄バリー・ロンドとその妻ミッシェル・ロンドを偲んで、皆、エルドラを飲んでいた。

 エルドラは惑星テスロンのヒューマ・テスランが愛飲する黄金色のビールだ。

 ミカはロック・コンロンにソファーを勧め、ロック・コンロンにグラスを用意してエルドラを満たした。


「二十一日の夜に会った時は元気でした。とても残念です」

 ロック・コンロンは勧められたエルドラを一口飲んでお悔みを言った。ロック・コンロンがミカ・ロンドの兄バリーと妻ミッシェルに会いに来たのは二人が亡くなる二日前の九月二十一日だった。

「私はバリーとミッシェルの身内を案じています。と言うのも・・・」

 ロック・コンロンは持っている書類バッグから書類を取りだしてソファーテーブルに拡げた。ロック・コンロンはミカの兄と義姉に精神疾患があるらしき事を朗々と語り、兄バリーの妹であるミカと、義姉ミッシェルの妹アリー・ラドリックにも同様の精神疾患がありそうだとほのめかした。


 ミカはロック・コンロンの言葉を疑った。

 二十三日に兄夫婦が亡くなった。その二日前と、亡くなった一日後に現れてこんな事を言うのは、コンバットのマリー・ゴールド大佐が気にしたように、何か理由があると思えた。ミカはロック・コンロンに話を合せた。


 ロック・コンロンはグラスのビールを飲み干した。ミカはロック・コンロンのグラスにエルドラを注いで、ロック・コンロンの話を聞いた。義妹アリー・ラドリックも知人のトム・ワトキンスとマイク・ソニアンも、ロック・コンロンの話を聞いている。



 ロック・コンロンはミカの兄夫婦について、言葉巧みに依存性を話し、いつしか兄夫婦が依存症であるかのように話しはじめた。皆、エルドラを飲んでいた。故人を偲んでかなり飲んでおり、皆、かなり酔っていた。


「二人の依存症を緩和するために、私は二人に、テレス帝国軍と戦ったテレス連邦共和国の兵士の傷と心を癒した薬を処方しました」

 ロック・コンロンは書類鞄から青い液体が詰められた圧入式のペン型カプセルを取りだして、ソファーテーブルに置いた。


「二人に適量を処方しました。あなたたちも依存性が現れたら、この薬を勧めます。コップ一杯のエルドラに、こうしてこの薬を一目盛り入れるだけだ・・・」

 ロック・コンロンはミカに、エルドラをコップに満たすよう促した。ミカはロック・コンロンのグラスにビールを注いだ。


 ロック・コンロンは注がれたエルドラに、圧入式のペン型カプセルから青い液体を一目盛り入れた。黄金色のエルドラが青色に変った。


 ミカはエルドランを思いだした。

エルドラはアルコール十パーセントのターキスブルー、惑星カプラムのヒューマ・カプラムが好むビールだ。惑星カプラム産のビール・エルドランのターキスブルー色素は、惑星カプラムのネイティブヒューマ・カプラムを除き、テレス連邦共和国のヒューマにとっては禁断症状を引き起す麻薬・クラッシュとして作用する。一口飲めば、定期的に飲まざるを得なくなる代物で、テレス連邦共和国政府は、カプラムを除くテレス連邦共和国の全てのヒューマに飲用を厳禁じている。


 ロック・コンロンはエルドラに薬を入れてエルドランにした・・・。

 ミカ・ロンドはそう思いながら訊いた。

「兄たちも、エルドラにこの薬を入れてたんですか?」

「二人は処方した薬を利用しなかったらしい。そのため、二人は互いの性的欲求に依存性が・・・」

 ミカは遠くにロック・コンロンの声を聞いているように感じた。


 気がつけば、義妹アリー・ラドリックも知人のトム・ワトスンとマイク・ソニアンも、飲んでいるグラスのエルドラが青く変っている。

 いつしか、ロック・コンロンの言葉に従うように、ミカは、ソファーテーブルに置いた圧入式のペン型カプセルから青い液体をグラスに一目盛り入れていた。


 ミカは青く変ったエルドラを一口飲んだ。気持ちが落ち着き、兄夫婦を亡くした悲しみが消えた。もう一口エルドラを飲んだ。暖かく心地良い陽だまりにいるような安堵と幸福感に包まれた。



 目の前のソファーに座っているロック・コンロンが右手で左肩に触れた。すると左の二の腕にいくつかのボタンが付いた装置が現れた。

「それはなんですか・・・」

 ミカと義妹アリー・ラドリックも知人のトム・ワトスンとマイク・ソニアンも、ロック・コンロンの二の腕にある装置に見とれた。


「これは皆さんをリラックスさせる装置です。

 こうしてボタンを押すと・・・」

 ロック・コンロンは装置を四人に向けてボタンを押した。

 四人を抱くようにエネルギーフィールドが現れた。四人の安堵と幸福感はさらに増している。

「リラックス感が高まり・・・、高貴な使命を果たすことになる・・・」

 ロック・コンロンがさらに、ボタンを押した。

 その瞬間、四人を包むエネルギーフィールドが身体へ染みこんで、四人の皮膚が内部から青白い光を放って皮膚と衣類がソファーに落ちた。身体は消えていた。

 同時に、ロック・コンロンの身体と、彼が触れた指紋などの物、全てがエネルギーフィールドに包まれて青白い光を放って消えた。

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