二十二 時空間転移特異点
亮の家をでて車が国道を走り始めると偵察艦が現れた。車の真上を低速で飛行している。
しばらく車を走らせて、駐車エリアに停車した。ブルーグレーの偵察艦も駐車エリアの真上に滞空している。低空飛行する旅客機の数倍の大きさだ。いつも見る高度より低空に滞空している。実際の大きさは病院を覆うくらいだから、これでも高高度に滞空しているはずだ。
省吾は偵察艦を見たまま、注意して理恵に電話した。
「うまくいったよ。理恵が考えた小型音響再生機はもう開発されてたよ。
予定通り、英語レッスン1のマスターメディア作成期限が十月末になった。その時に契約だ。
音楽や小説などは著作権交渉を終えて商品化が進んでる。亮が開発と商品化の責任者だ」
言葉とは別に精神空間思考で伝える。
『亮が、思考や感情を読みとる装置を携帯に内蔵する開発をしていた記憶があるといってた。政府が国民を盗聴する装置だ。
偵察艦が真上に滞空してる。俺を探ってるらしい』
理恵が言葉で伝えてくる。
「できあがったメディアを急いで著作権登録するね。他の外国語会話も含めて商標登録と特許登録する。十月末の上武電気の契約に問題がなければ他の外国語会話も英語と同様に進めるね」
そして精神空間思考で伝える。
『偵察艦の事は考えずに知らない振りしてね。
小田亮も時空間転移意識でネオロイドだよ。私たちは気づかれてない。あなたは特殊能力者と思われてるわ。開発してたのはプロミドンの何といったかな・・・・。
あっ、思考記憶探査だ!その機能を装置化する気だよ』
『偵察艦の事はわかった。意識思考記憶探査装置じゃないのか?』
『正式名称は、
【精神活動と頭脳活動によって発生した情報を探査する装置、あるいは、その逆の装置】、
通称は思考記憶探査装置とか意識記憶探査装置、精神記憶探査装置と呼ばれてるらしいよ』
「わかった。亮も同じ事を考えてると思う」
『プロミドンって、ニオブの装置か?』
「ネイティブな会話をする人を探すね」
『プロミドンは、精神生命体ニオブのアーマー階級と私たちが使ってた装置。クラリック階級は持ってないわ。
思考記憶探査機能は、読みとりだけじゃなくて、思考記憶を植えつけるのもできるよ。他にどんな機能があるか、私も記憶がはっきりしない』
「帰ってから話そう」
『もしもそんな機能を内蔵するなら、会話機器を作らせるわけにゆかないな』
「わかったわ。気をつけてね」
『中止したら、私たちの事を知られるわ』
「今、四時前だから、到着は五時頃になるね」
『帰ってから話そう。近道だから、S渓谷の旧国道を通って帰るよ』
「早く帰って、マーマレードしてね」
『あの吊り橋はだめ!S渓谷は時空間特異点だよ。クラリックの攻撃艦はあそこから現れたって入院する直前に説明したでしょう。
あそこを通して、クラリックの時空間からこっちの時空間がはっきり見えてるの。
私たちがこの時空間にいる事をクラリックに知られてはならないわ!バイパスを通ってきて!絶対だよ!約束してね!』
「わかった。イチゴジャムも、マシュマロもしてあげる」
『わかった。バイパスを帰るよ』
「ダメダメ、マシュマロはダメ、おっぱいがペッタンコになっちゃうよ~」
『絶対に吊り橋だめだよ!バイパスを通って帰ってね。約束だよ!』
「待っててね。電話、切るよ」
『わかった。約束するよ!』
「うん」
省吾は携帯を切って車を発進させた。
省吾は走行中の車内からフロントガラス越しに空を見あげた。偵察艦は高度を保ったまま、省吾の車を先導するように移動している。
理恵から、偵察艦の事は考えずに知らない振りをしろといわれたが、これではまともに走行できない・・・。
『理恵!・・・』
精神空間思考を送るが応答がない。
もうすぐRバイパスだ。偵察艦が低空飛行したら危険だぞ・・・。
省吾は隣の車線を走る車を見た。運転席の若い女と目が合った。手を振ってフロントグラス越しに上空の偵察艦を指さし、
「あれが見えるだろう」
という。走行中だ。窓を閉めてエアコンを使っている。声は聞こえない。
女は省吾にほほえみ、
「何もないわ」
仕草で示している。周囲のどの車も、偵察艦を気にしていないようだ。
省吾は、
「何か見まちがえたらしい」
といいながら、仕草で女に詫びて偵察艦を見た。
見えているのは俺だけか・・・。
バイパスに入った。周囲の車の速度が増した。省吾から離れてゆく。
平野部に盛り土されたバイパスの周辺は耕作地だ。構造物はない。
偵察艦が省吾の左前方へ移動して高度を下げた。バイパスの横を流れる耕作地の百メートル四方ほどで、太陽が陰っている。
巨大だ・・・。誰もこれが見えないのか・・・。
省吾は車の前後を確認した。周囲に他の車はいない。
偵察艦が降下した。省吾の車の左側にゆっくり接近した。気流の変化で車が偵察艦に吸い寄せられて、車体が偵察艦の側面下部に触れた。
くそっ、何をする!車ごと捕獲する気か・・・。外壁が開くぞ・・・。
一瞬、視界が閉ざされて、すぐさま開けた。
周囲に樹木が現れている。車はR市S渓谷の吊り橋を走っている。何が起こった?
フロントグラス越しの視界が暗くなった。ドアガラスを降ろして空を見あげた。吊り橋の真上に滞空する偵察艦が見える。省吾は橋の中央に車を停止した。
まだ四時前だ。俺を時空間転移したんだ!何のために移動した?ここに来てはいけないはずじゃないのか・・・。
偵察艦が消えた。渓谷に霧がたちこめている。
周囲に鈍い大きな音が響いた。車のエンジンが停止した。
吊り橋が小刻みに振動し、ケーブルから伸びた多数のハンガー端末部がバシバシ音を立てて弾け飛び、吊り橋が音を立てて垂れ下がってゆく。
霧が立ちこめる渓谷に、茫漠とした平面空間が現れた。その中央が波打って、波紋とともに、巨大な立体アステロイド型宇宙船が現れた。
〈フォークナ〉級突撃攻撃艦だ!思いだしたぞ!クラリックの宇宙艦だ。俺たちはこいつに攻撃されたんだ!
省吾は車を発進させようとした。だが、エンジンが動かない。
吊り橋のハンガー端末部が全て破壊した。吊り橋は垂れ下がり、トラスで支えられているだけだ。
省吾はあわてて車からでようとした。
吊り橋下部から、トラス固定部が弾け飛んだ。片岸から吊り橋が傾いた。反対の岸からも吊り橋が傾いている。
片側のトラスが外れた。橋が大きく傾いた。
省吾は車から放りだされて、霧がたちこめる渓谷の茫漠とした平面空間へ落下した。
省吾を追って、攻撃艦から青緑色のビームが伸びた。
その瞬間、省吾は見えない大きな何かに捕まれたまま、茫漠とした平面空間へ落下した。
攻撃艦が、落下してゆく省吾と車にあったモーザのノートパソコンに、青緑色ビームを放った。一瞬に、省吾とモーザが、白紫色の球状に閃光に包まれた。
「くそっ!」
『よく見なさい。モーザのレプリカと、レプリカンのショウゴがクラリックの攻撃を受けているのです。省吾が攻撃されているのではありません』
若い思考が頭に響いた。
『攻撃艦が省吾をビーム補足する寸前に、省吾とモーザを、レプリカンとレプリカに入れ換えました。
省吾は我々の艦がホールドしている防御エネルギーフィールド内から、攻撃されるショウゴの映像を見ています』
「何だって?」
『クラリックのターゲットはあなたです』
「なぜだ?」
『あなたはアーク・ルキエフに気づかれました。
高田浩介と小田亮はクラリックのネオロイドです。彼らは、あなたから読みとった記憶と他時空間にいるクラリックの記憶を辻褄が合うよう編集して、高田浩介と小田亮の他時空間の記憶として話しました。
京子と由美子は彼らを監視するため派遣した我々のエージェントです。二人は理惠とともに、他人に時空間転移を語らぬよう、あなたを制止したはずです・・・。
もう一度、時空間転移します』
「理恵と耀子も転移するのか?」
『あなたたち三人と関係者の精神と意識を、同時に同時空間へ移します。妻と娘だけに、時空間転移を語ることを許可します』
「母たちは何者だ?」
『孫の誕生を願う母です。プロミドンが母たちの意識と思考と記憶を管理しました・・・。
この渓谷は地球の時空間転移特異点です。クラリックの亜空間転移ターミナルと同じです。
亜空間が出現すると同時に、クラリックの攻撃艦が時空間転移しました。
あなたたちを、もう一度、時空間転移します。
他時空間でモーザを使って地上を民主化してください』
「わかった。今度は記憶を失わないようにしてほしい」
『全ての記憶を用意しましょう』
「攻撃艦をどうする?」
『あなたたちを転移する前に破壊します』
攻撃艦は、渓谷に浮遊するショウゴの防御エネルギーフィールドに青緑色のビームを放った。攻撃を受けてショウゴの防御エネルギーフィールドは白紫に輝いた。
攻撃艦の斜め上方空間から、赤色のビームが走った。攻撃艦の防御シールドが赤色に浮きあがり、ビームを受けた部分が暗赤色に変化してエネルギー不足を示した。
攻撃艦が、赤色ビームの発射源へ青緑色のビームを放った。
白紫色に防御シールドが輝き、偵察艦が現れた。偵察艦は、エネルギーが不足している攻撃艦の防御シールド弱体部に、電磁パルス魚雷を集中攻撃した。
攻撃艦が防御シールド内に広角で多数のビームを放った。防御シールドを抜けるパルス魚雷を攻撃するビームネットだ。
偵察艦がたてつづけにパルス魚雷が放った。防御シールドを抜けるパルス魚雷を攻撃艦の青緑のビームが攻撃するが、次々に到来するパルス魚雷を防ぎきれない。多数のパルス魚雷を受けてビームネットも破壊され、攻撃艦本体が魚雷を被弾し、防御シールドが消えた。
渓谷上空に、蝙蝠が翼を拡げたような、立体アステロイド型の攻撃艦の全貌が浮きあがった。同時に、アステロイド型の輪郭だけになって、破壊消滅した。
省吾は全てを思いだした。
あれは、二〇二七年、十一月十九日、金曜の十六時半すぎだった。
遅い紅葉を見るため、大隅悟郎教授の家にいたいという宏治を大隅悟郎夫妻に預かってもらい、省吾と理惠と耀子はR市のS渓谷へでかけた。
S渓谷の吊り橋へ移動中、クラリックのアーク・ヨヒムの攻撃を察知した偵察艦によって、省吾の白いSUVは省吾と理惠と耀子を乗せたまま保護され、黒のSUVに乗ったショウゴとリエとヨウコが入れ代った。
保護された省吾と理惠と耀子は、現在、省吾がいる時空間へ時空間転移された。
防御エネルギーフィールドに包まれた省吾は、二〇二七年、十一月十九日、金曜、十六時半すぎの出来事を全て思いだした。やはり、俺の意識は時空間転移したんだ・・・。
「全て理解した。宏治を頼んだぞ。今度は記憶を無くさないでくれ」
『わかりました。転移します』
「ああ、頼むよ」
省吾を包む防御エネルギーフィールドが消えた。省吾は霧が立ちこめる渓谷へ落下した。落下も、二度目になれば余裕がでるが、空気抵抗を除けば、落下は無重力状態といえる、気分の良いものではない。
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